第3話 連れション
長いこと劇場に勤めていると、いろいろな事がございます。
私が、開演前の一通りのチェックを終え、楽屋口のトイレで、小をしている時のことでございました。
そのトイレは、スタッフと、役者が共用で使うトイレなのですが、私の後から、今回の演目に出演される俳優さんが入っていらっしゃいました。
ああ、ついにこの日が来たかあ。と思いました。
というのも、私は、この俳優さんには特別な思いを抱いていたからです。
もちろん、我々の仕事は俳優さんと仲良くすることでは決してありません。
集中している俳優さんに、気軽に声をかけるなんてことは、あってはならないことです。
しかし、この状況は、憧れの人との連れション……。
ああ、私もついにここまで来たなあ。などと感慨に浸っていると……
相手の方も本番前で緊張しているのでしょうね。突然私に話しかけてきたんです。
「寒いよね!?」
「え!! ……そうですね」
突然のことに、汚いですがこう……放水が妙なところに飛び散ってしまいそうでした。
ここで、私のタガが完全に外れました。
本来はやっちゃいけないことです。仕事の領分を超えてます。
ところで、私の排出活動はとっくに終わっておりました。
隣の彼は音的にまだ勢いがありそうです。
役者は繊細なもの。ここは邪魔をしないように立ち去るべきである。第一、私の『用事』は終わったのだから。……わかっているのです。
わかっているのだけど……だけどどうしても言わざるを得なかったのです。
「僕……実は、デビューシングルから持ってます」
勇気を出して私が言うと、『出したまま』のその人は
「ええ!?」
とこっちを振り向いて。
「そうなの!? なんだよもっと早く言ってよー!!」
そう言って我々は、小便をしながらも肩を叩き合いました。
私が、初めて職場の禁忌を犯した瞬間でした。
とっくに出し終わっている私は、意味なく小便器の前に立っていましたが、
この瞬間が何より幸せでした。
袖触れ合うも他生の縁。とはこのことでしょうかね。
……本当は、もっと別のところで別のことをしながら、袖触れ合いたかったわけですけれども。
次の更新予定
2025年12月11日 06:00
バックステージ 五景 SB亭moya @SBTmoya
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