さあ、決着の時だ

 言うなり男が動く。が、先ほどと比べて明らかに動きが鈍い。ご神体である蛇を傷つけて力が落ちたのだ。代替わりは、命がけなのである。己が生きるか死ぬか、否生き残れるか。


 ふざけた奴だ、どいつもこいつも。


 たたかう、戦う。全力で蛇と、男と。窮地に立てばたつほど頭が冴えて来る。


「とりあえずなあ!」


 嶺が叫ぶと思い切り踵落としを男の頭にぶつけようとする。それを男は小太刀で防いだ。嶺の足に深く突き刺さるも、刀が小さいため足を切り落とすまでにはならない。


「父上の脇差返してもらうぞ!」

「お前、タキタの倅か!」


 父の名を言われた瞬間に男の右腕を殴りつけた。手首の骨を殴られて反射的に手を開いてしまう。その隙に、脇差を奪うと一気に距離をとる。


「母上の、小太刀も、返してもらう」

「……」


 肩で息をしながらも、凄まじい気迫。両親を殺したのは間違いなくこの男だ。仇だが、憎しみはない。憐みもない。父の名を知っていたのなら、お互い名乗りあったのだ。そこにはきっと会話があった、ただ無残に殺されたのではない。


 うおおおおおおおおおおおおおおん!


 蛇の叫びが響いた。辺りが明るくなり始める。日の出だ、同時に炎がボッと音を立てて大きく燃え上がる。植物は燃えず、幻想的な光景が広がった。朝焼けと真っ青な山。


「待ってろ、俺は強くなる。必ずお前を殺してやる」

「両親の敵討ちか」

「違う」


 ぎゅっと脇差を握り締めた。


「お前を救う」

「!」

「待ってろ、大馬鹿野郎のご先祖様! お前を殺すか、蛇を殺して俺が代替わりするかは考えておく!」


 そう言って一気に崖をくだる。上からは「待て!」と焦った声が聞こえたが、戦う音が聞こえたので怒った蛇に邪魔されているらしい。


「俺は嶺だ、覚えておけ先祖!」

「やかましいわ! 俺はかさだよクソが! 上等だ、殺されに来い!」

「強くなるっつってんだろ!」

「ああ!? っていうか邪魔なんだよニョロニョロと! お前のせいで逃がしちまっただろうがあ!」


 どがあ、と物凄い音がした。おそらく木を数本きり倒したのだろう。


「おお、コワ」


 ふっと口元に笑みを浮かべる。足は激痛だが、刀を取れば失血死してしまう。それにうまく外せば斬られた肉がきれいにつくかもしれない。

 自分が無事に戻ったら、間違いなく村は荒れる。口封じに殺されるだろう。しばらく身を潜めて、体を癒して、強くなって。そして……。


「必ず殺してやる」




 あれから八年経った。自分は死んだと思っていた村人の、見知った大人を全員ぶん殴って勝手に村の空き家に泊まった。真実を知った他の者によって、風習を隠してきた者達は捕えられている。


 自分の手や足がまるで凍ってしまったかのように冷たい、を通り越してもはや痛い。はぁーっと息を吹きかけて手を擦ってみるものの、全く暖かくならない。

 冬となり、山は見事な殺風景となっている。木はすべての葉を落としてじっと寒さに耐えている。草も全て枯れて、まるで命の気配が感じられない。

 寒すぎて鳥も虫も動物の一匹もいない。命の気配がしないのも物悲しいが、何よりも暖かさが恋しい。


「霜柱」


 今日はずいぶんと高く生えている。霜柱が大きければ大きいほど寒い気がした。嶺は自嘲気味に空を見上げる。冬至の今日は最も日が短い。そして今日を境に明日からどんどん日が長くなっていく。まだ夜明け前だが、夏ならとっくに辺りが明るくなっている頃だ。


「さて、いよいよ今日か」


 周囲の家の茅葺屋根からは靄のようなものが出てきている。厨に火がともったのだろう。


「待ちわびた、今日を」


 誰を殺すのか。それとも殺さず新たな結界をはるか。いろいろな選択肢があったが、嶺の答えは。


「今行く、嵩」




 一段と身を切る寒さ。眺めの良い場所まで来て山の下を見下ろすと、村からはいくつもの煙のようなものが立ち上がっている。それぞれの家が朝餉の支度を始めたのだ。囲炉裏や竈門に火を起こして、食事の支度をしつつもきっと手を温めているに違いない。

 嵩は、自嘲気味に空を見上げた。冬至の今日は最も日が短い。そして今日を境に明日からどんどん日が長くなっていく。

 まだ夜明け前だが、夏ならとっくにあたりが明るくなっている頃だ。


「早く……」


 早く、なんだろうか。早く終われ、だろうか、それとも早く殺してくれ? くすっと笑うと嵩は声に出す。


「早く来い、嶺。お前の答えを示せ」


 寒い寒い、決意の朝。これが最後のお天道様となるのか、それとも明日絶望の朝を迎えるのか。答えは、戦いの中で――。


 嶺と嵩は己の刀をぎゅっと握りしめた。

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冬至夜を越えて aqri @rala37564

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