掟の真相
口を開けば大人三人を一気に丸のみできそうなくらい大きい。いつの間にか嶺たちをぐるっと囲んでいた。己は蛇のとぐろの中にいたのだ。
(いつの間に!?)
蛇は新たに追加された篝火の結界が煩わしかったらしく、しゅっと暗闇の中へと引っ込んでしまった。
「俺の結界で動きが鈍い方なんだよ、あれでも」
「あれで……」
「頂上の結界ではもう抑えられんようになってきたな。やれやれだ」
普通の蛇よりも早かった。あの巨体をあれだけの速さで動かすとは。
「あれは山の主。ただし、大昔に馬鹿が生贄を捧げたせいで人の味を覚えた邪神だ」
「その馬鹿がこの村の。俺達の先祖か」
「俺の兄でもあるな」
は、と鼻で笑う。嶺には何の力もないが、村の中には確かにあやかしが見える者もいる。昔はそういった呪術的な能力が高かったようだ。
「生贄を与えたら繁栄をくれた。だがどんどん生贄の要求が多くなっていった。そうして閉じ込めることにしたわけだ。当時の俺はお前ほど頭が良く無くてな。まんまと不老の方法を使い、あれを封じ込めるお役目を買ってでちまった」
ははは。乾いた笑いが響く。きっと村人を食う邪神だとでも言われたのだろう。やったのは自分達なのに、そのしりぬぐいを他者に押し付けたのだ。
「それ以来、年に一度。俺の結界が弱まる時に生贄を捧げ続けてきてるわけだ」
男の目に絶望と憎しみが灯る。一気に嶺が緊張した。ブン、と巨大な刀を嶺につきつける。あれは、おそらく蛇と戦うための刀なのだ。
「蛇が生贄を食えば村は繁栄する。が、俺がそいつを殺しちまえばヘビは何の力も貸さない。のこのこ山登りにくる憐れな奴を――」
男が、地面を蹴った。
「どちらが先に狩るかってだけだ!」
同時に蛇も動く。一年ぶりの食事。いや、もし男が生贄を殺していたらその分空腹なはずだ。
男は蛇を牽制しつつ村の者を殺す。
ヘビは飯を食おうとするし男とも戦う。
嶺は。蛇を退けつつ、男と戦わなければいけない。
「あっはははなんだそれ!? 強くなるのはお前に負けず、食われるためか! なんなんだよ馬鹿じゃないのか!?」
「本当にな!」
空々しい二人の笑いが響く。木を薙ぎ倒す音、刀の音、岩を投げる音。様々な音が、風が渦巻きめちゃくちゃだ。
(一つの決着は、夜明けだ!)
冬至が終わる明け六つ。そこまで乗り切れば。
(あいつは蛇を殺そうとしてない。殺せないんだ。じゃあ俺にも無理だ!)
山の主。山の神ということだ。
神殺しは、一体何が起きるかわからない。まだ自分が死ぬだけならいいが、天変地異が起きたら? 何の罪もない周囲の者達を皆殺しにしてまで、成し遂げなければいけないことなのか?
(だからって、こいつは自分の子孫を延々殺さなきゃいけないのか!)
悔しい。もう何もかも。
(早く夜明けになれ、早く!)
逃げるのにも限界がある。体力は絶対に蛇と男の方が上だ。百年以上も生きているのなら格段に強いはず。
己を囲むように炎が現れた。今度は白い炎だ、先ほどとは違う。振り払おうとしたが、じゅっと音がして激痛が走った。
(こっちは燃えるのか! だが、今までこいつを出さなかったってことは)
ちらりと振り返ると案の定、男は肩で息をしている。とてつもない体力を使うのだ。まさに奥の手、といったところか。それに男は今もなお蛇封じの結界を張っている。実際は嶺よりも辛いはずなのだ。
それでも互角以上にわたりあうのは、それだけ思いが強い。「子孫をあんな蛇の糧にさせてなるものか」と。
頭に血がのぼった。一体何十回、子孫の血を浴びて夜明けを迎えたのか。たった一人で。
「他の誰よりも、優しいだけじゃないかお前は! どうやったら終わる!」
目の前に現れた蛇に、思いっきり切りかかる。
「よせ!」
ブオ! と轟音をたてて男が刀を投げる。それは嶺を狙ったのではない。刀を弾かれたが体勢を立て直してすぐに刀を拾う。見れば、あの刀は蛇の右目をかすめていた。
しゅああああああああああ!
蛇が雄叫びをあげた。それと同時に男が膝をつく。右目からは、血が溢れていた。
「まさか。不老の方法は!」
「ああ。あいつの尻尾を抉って食った」
ばさ、と袖をめくった。そこにはびっしりと鱗が生えている。そして、炎に照らされた男の顔はさきほどまでなかった鱗が……右目の周囲にびっしりとついていた。
血を流している右目は、もう人の目ではない。瞳孔の細い蛇の目そのものだ。
「あれを殺せば次の山の長に代替わりだ。だからアレは必死に俺を殺そうとする、神の座を奪われるからな」
男が腰から脇差と小太刀を取り出した。
「さて、真実を知って満足か小僧。納得したならさっさと死ね」
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