先生からの手紙

 書かなければならないことは多々あるものの、一年前の手紙の返事でも申し上げましたが私には結婚して四年になる妻がおります。子どもも年明けには二歳になります。

 もう一度はっきりと書きますが、あなたが手紙に綴っていたことは事実ではありません。私があの山林の家に家庭教師として呼ばれたの確かですが、寝泊まりは近くの宿泊施設で、通勤はお母様が知人から借りてくださった軽自動車で通っていたはずです。

 夏が進むにつれ、あなたが段々と心を開いてくれはじめていたことには私も気がついていました。しかし私があの家を去った夜に起きた事実は、今でもはっきりと私の右腕に刻まれているのです。包帯の巻き方も知らない二十歳そこそこの男には余りある衝撃だったこと。どう話したらあなたに伝わるのか、もう私には検討もつきません。ただあなたのお母様が治療費にとくれた封筒の厚みだけが妙に現実めいていました。

 また、あの夏以降のあなた方母娘のことも人づてに聞いておりますが、あなたはかろうじて高校は卒業したものの、大学には進学しなかったと伺っています。むろん就職も叶わず、数年家に籠もった末に突然お母様が倒れられたそうですね。

 同情する気持ちがないわけではありませんが、あなたの人生と、そして私の人生を同一にされては、私も切り捨てるような言い方をするほかありません。


 あなたからの手紙を手にしたまま年を越すことに耐えられそうにありませんでしたので返事を書きましたが、どうかもうこれっきりにしてください。


 お母様には随分良くして頂きましたので、慎んでお悔やみ申し上げます。

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あなたが先生だったこと @kei_aohata

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