エピローグ 『群青のキャンバスと、終わらない約束』

​ 数日後。

 僕は、あの海にいた。

​ 空は突き抜けるような青。海は深い群青色。

 かつては灰色にしか見えなかったその景色を、今の僕は、ありのままの色で感じることができる。

​ 砂浜にイーゼルを立てる。

 隣には、もう誰もいない。

 けれど、波の音に混じって、彼女の笑い声が聞こえる気がした。

​「……へたくそ」

​ 空耳だろうか。

 僕は苦笑して、パレットに青色の絵の具を出した。

​「うるさいな。……まだ下書きだろ」

​ 風が吹く。

 麦わら帽子が飛んでいきそうな、夏の終わりの風。

​ 僕は筆を走らせる。

 もう、左手で誰かを探す必要はない。

 僕の右手には、彼女がくれた全ての色が宿っているから。

​ いつか、約束の場所へ行くその日まで。

 僕は描き続ける。

 この世界が、君が愛してくれた色で溢れていることを証明するために。

​ 空を見上げると、白い雲の切れ間に、淡い虹がかかっていた。

 七色。

 いや、僕にはもっとたくさんの色が見える。

​「……ありがとう、真白」

​ 僕は虹に向かって筆を掲げた。

 それは、空にいる彼女への、静かな口付けの代わりだった。

​ 波音が、優しく僕たちの物語を包み込んでいった。

​ (完)

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『君の涙だけが、僕の世界に色をつけた』 さんたな @Konnithiha

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