ボクは猫である

いずいし

第1話

 ボクはクリ。


 今はエドワードって名前で呼ばれてる。


 『クリ』って名前は、ママがつけてくれた名前だ。『エドワード』は今の父上がつけた名前。正直、あまり馴染めないから、呼ばれても返事が出来ないときがある。


 ボクは知らないうちにママと同じ『人』になっていた。でも、ここにはママがいなくて、代わりに『父上』と『母上』がいた。


 でも『父上』も『母上』も全然ボクに構ってくれない。ボクの側には、ばあやしか居なかった。


 ママも居なくなる時があったけど、夜になると戻ってきて、ボクをたくさん撫でてくれたし、長い黒い毛を優しくブラシで梳かしてくれた。


 ボクはママのお腹の上で眠るのが大好きだった。ゴロゴロ喉を鳴らせば、顎の先っちょを指でこしょこしょと掻いて、大きな手で頭をゆっくりと包み込む。そうされちゃうと、ボクはもう目を開けていられなくて、そのまま眠ってしまうのが日課。


 そんな大好きなママとずっと一緒に居たかったけど、ボクの方が先におじいちゃんになっちゃったんだ。


 ボクが起き上がれなくなっても、何度もママが名前を呼んで撫でてくれた。その時ポタポタと温かい水が沢山落ちて来た。


 今になって、それがママの涙だったんだってわかった。だってボクも『エドワード』になってから、ママを思い出して涙が止まらなくなったから。


 

 ママより先に死んじゃった。ごめんなさい。


 またママに会いたいよ。 



 ボクがまたママに会いたいって、ばあやに言ったら『たくさんお勉強をして、会う機会を頂きましょうね』って言った。だから、ボクは毎日頑張ってたんだ。


 それなのに、会えたのは『母上』の方だった。それもほんの少しだけ。


 遊びたいのも我慢して頑張ったのに、会えたのがママじゃなかったから、ボクはあからさまにがっかりした。それを見て『母上』は怒って部屋から出て行った。



 ………ま、いいか。

 ボクも『母上』には用が無かったし。



 そうして毎日頑張っていたある日、ボクの所へ『母上』が急にやって来て『お茶会』をやるっていったんだ。


 『お茶会』かぁ……。


 お茶飲んでお菓子を食べてお話して……あれって、何が楽しいか意味が分からなかったから、ばあやに聞いたんだよね。


 でも聞いてびっくりしたよ!


 お茶会って、ボクと『お嫁さん候補が会う会』なんだって!何人もの女の子が代わる代わるボクのテーブルに来て、一生懸命に話をするのはどうしてなのかな〜って、ずーっと不思議に思ってたから。


 でもボクは、番う相手は自分で決めたいな。それに今まで会った女の子達は、みんな全然『ビビっ』と来なかったからダメだと思う。


 そんな意味の無いお茶会やどんどん多くなる勉強や作法や剣術の時間。


 ボクの大好きなお昼寝や虫取りをする時間は全く無かった。


 その上、ばあやまで居なくなった!


 代わりに来たメイドは、ボクにベタベタ触るから気持ち悪くて大嫌いだ。


 それを家令のおじいちゃんに言ったら、物凄く驚いて何処かへ駆けて行ってしまった。どうせなら気持ち悪いメイドも連れて行って欲しかったな。


 だけど、次の日起きたらあのメイドが居なくなって違うメイドに代わってた。今回のメイドは変な人じゃ無いみたいで安心した。本当は、ばあやに戻って来て欲しかったけどさ。



 そうしてママにも会えず、つまらない日々を過ごしていたら、避暑を兼ねて『お祖父様』と『お祖母様』に顔を見せに行きなさいと、馬車に乗せられた。護衛の兵士もいっぱい引き連れて、3日もかけて移動したからとても疲れたよ。



 初めてお会いした『お祖父様』と『お祖母様』は、勉強はどこまでやってるのかとか、婚約者の目星は付けたのかとか、そんな話しかしない人たちだった。


 確かに今まで居た場所よりは涼しいけど、外に出られないんじゃ何処でも同じだなぁ…。


 こんなに自然が一杯の場所に連れて来られたから、ボクの中に残ってる猫としての本能が、『今直ぐ狩りがしたい!』って叫んでるんだよ!


 なのに、次の日には『お祖母様』のお友達が集まるお茶会へ出席が決まってた。



 …………またお茶会。



 …ミ……ミギャーーーーーーーー!!

 ボクは!!狩りが、し・た・い・の!!!!

 お茶会じゃなーーーーーーい!!


 だけど、ボクは『お祖母様』の選んだヒラヒラの服を着させられ、『お祖母様』と同じ年代の女の人達に囲まれてのお茶会に強制参加となった。



 お茶会当日は、広いお庭にあるガゼボって所で集まるんだって。


 面倒臭い〜。お茶会なんて出席せずに、ボクはお庭で遊びたい!枝が横に広く伸びたあの木とか、登ったらすっごく楽しそう!


 そんな風にお庭を見ていたら、チラホラと参加者が集まって来たのが見えた。


 口元を扇子で隠して『オホホホホ〜〜〜!』ってみんなで笑いながら話をしてる。いったい何が楽しいんだろう?



 だけど、その輪に入っていない人がいた。


 あれ?


 『お祖母様』と同じ位の年だけど……。


 あれ………あの人……………あ……ああ!!




「ニャアー!!(ママー!!)」




 ママだぁ!やっと会えたよ!!


 ボクはママを見つけた瞬間、元の猫の姿に戻って駆け出した。


 ママ!会いたかった!!

 ママ!抱っこして!!



「あらまあ……。エレナ、この子は貴女の飼い猫ですの?」


「いいえ、違うわよ。嫌だわ〜どこから紛れ込んだのかしら?それより、孫のエドワードを紹介………エドワード?おかしいわね……さっきまで私のあとに付いて来ておりましたのに…。トムソン、エドワードを探して直ぐ連れて来なさい」


「畏まりました奥様」



 『お祖母様』がボクを探しに行かせたけど、ボクはここだもんね〜!


 それよりママ!ボク、クリだよ!!



「まあ、可愛いわ。よしよし……ずいぶん人懐こいのね?お胸の白い毛がワンポイント入っていて素敵よ」

 

「ニャウ〜ニャァ~(でしょ〜!ねえママ!お膝に乗せて!)」



 ママは椅子に掛けて、ボクを抱っこして撫でてくれた!ああ……優しいママの手だ。


 ボクがママに無てられてる間も、『お祖母様』がボクを探して騒いでいた。そして暫くすると、急遽お茶会を中止にする事になって、集まった人達はそれぞれ帰路について行った。


 ママは抱っこして、ボクを一緒に連れて帰ってくれた。良かった!!これからずーっと一緒だよね!


 本当はね、ママとおしゃべりをしたかったんだ。だけど、人になった後で猫に戻ると、そのまま猫でいるしかないって、長い白髭を生やしたおじいちゃんに言われたんだ。でもね、それでもボクはママと会った時の姿だったら、ママもボクだって気づいてくれると思ったんだ。


 ママはボクのこと分かったかな?

 会うまで時間が掛かったから、ボクだって分からなくなっちゃったかな?


 でも、もうどちらでもいいや。ママはやっぱり優しいままで、ボクの大好きなママに変わりないから。


 それからママが連れて行ってくれた場所は、木々やお花がいっぱいある所で、虫もたくさんいた!


 早速、匂いを覚えて木で爪研ぎをした。庭で虫取りをしてママにも見せたんだ!


 寝る時も一緒で、温かくってとっても幸せ。


 良かった……またママと会えて。




 それから、寒い時と暑い時をママと一緒になんども過ごして、またボクはおじいちゃんになった。

 

 眠る時間が増えて、良かった目も耳も遠くなってきた。


 でも最近は、ママも寝ていることが多いから、いつも一緒に眠ってる。


 ママもボクと一緒で、おばあちゃんになったんだね。


 それにしても…静かにして欲しいのに、ここの所お医者さんとかママの親戚とかが来てちょっと煩い。


 一度、お医者さんが、ママの枕元で寝ていたボクを退けようとしたけど、ママがちゃんと止めてくれた。


 ボクはママといつも一緒なんだよーだ!




 ……でもね………そろそろかも………。


 前に死んだ時の感じが、またボクの側まで近付いていた。


 今度はママが泣かない様に、ママより長生きしようって思ってたのにな。


 明日、起きれる………かな……?





 次の日、目を覚ますと、ママがもう起きてボクの頭をゆっくりと撫でていた。


 気持ちいい……ママ大好き。



「………クリちゃん?」


「ニャァァ!(そうだよ!)」



 ママ、ボクだって分かったんだね!

 ボクは嬉しくて、ママの指にグリグリと額を何度も押し当てた。もっと撫でて!



「……ありがとうね」



 ボクを撫でていたママの手から、静かに力が抜け落ちていった。



 ママ、ボク頑張ったよ。


 今度は迷わないよ。

 すぐに追いつくから、そこで待っててね。


 


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