テールとメル

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テールとメル


 最近、よく夢をみる。魚たちと遊ぶ夢。小さくなって砂浜で作ったお城を探検する夢。空でイルカと泳ぐ夢。

 全部楽しくて、夢をみた日は、一日が幸せな気分で始まる。

 夢だからこそできること。夢じゃないとできないこと。

 本当だったら良いのにって、いつも思う。



始まり。



「ラッキー! アイス当たり」

 テールは当たりの文字が印刷されたアイス棒を空に掲げた。太陽が眩しくて目を細める。八月下旬の海の町は、夏を存分に感じられて好きだ。でも、海から吹く生ぬるい風は全然気持ちよくない。雲一つなく青で埋め尽くされた空にはカモメが数羽飛んでいた。

「あれ?」

 制服を着た少女が砂浜を歩いていた。テールの町では見ない制服だ。

「可愛い子発見! 白いワンピースとか似合いそうだなぁ。あの子もアイス持ってる。何味だろう……あ」

 当たり棒交換してもらわなければ。全力ダッシュでお店に駆け込んだテールは、レジに身を乗り出し声を上げた。

「ねー! これとアイス交換!」

「あらぁ、テールまた来たのかい。当たり棒だったんだね、頂戴な」

「チョコね」

 棒を渡すとおばちゃんは優しく頷き、交換用のアイスを取りに奥へ入って行った。

 テールはレジに誰も居ないことを確認してから深呼吸をして息を整える。さて。他にお菓子でも買おうかな、なんて思いながら店内を振り返ると、真後ろにさっきの少女が居た。

「ぎゃ⁉」

「どうも。私はメル。貴女は?」

 ずいっと顔が近づいてきて、テールは思わず仰け反った。

「はあ。初めまして」

「初めまして」

 なぜかもう一度顔が近づく。今度は鼻と鼻が触れる程の距離になる。

「で、貴女の名前は?」

 ……怖い。初対面の人間が真顔で名前を聞いてくる。そして近い。もうちょっと離れてほしいと思った。

「ねえ、名前。教えて?」

 抑揚のない声で問われて、内心恐怖で震えつつ目を反らしてテールは答えた。

「テールでひゅ」

 そして噛んだ。

「そう。テールでひゅさん、よろしく」

 違う。そうじゃない。

「て、テール……って名前。でひゅは、要らないわ」

「そう。て、テールさん、よろしく」

 だから違うって。

「テール!」

「うん分かってた。よろしく、テールさん」

 なんだコイツ。

 表情筋が死んでいるのだろうか。それともつまらない人生を送っているのだろうか。とにかく笑わない少女は、テールとそう変わらない背丈だった。

「ねえ、テール」

 さん付けから呼び捨てになった。ちょっといきなりすぎないか。変わった子だ。さっきから表情一つ変わらない。それに、テールが彼女を砂浜で見た時からそんなに時間は経っていない。なのに、息を乱さずにテールの後ろに平気な顔で立っているなんて、どういうことだろう。少なくともテールは全力で走ってお店に入ったのだから、メルも走っている筈だが。

「店員さんは居ないのかな。アイスの当たり棒を交換したいのだけれど」

「ああ、おばちゃんなら今奥に入って行ったわよ」

「あら残念。でも、どうして?」

「私の当たり棒とアイスの交換に……」

「へえ」

「……」

「……」

「……」

「……」

 静寂。静寂。静寂。沈黙に耐え兼ねたテールは話題を変えてみることにした。

「あの、その制服どこの? 高校? この町のじゃないわよね」

「そう。高校。最近引っ越してきたの」

「へえ。お引越しね、珍しい。こんな田舎の町に。両親の仕事関係とか?」

 テールが問うとメルは「うーん」と考える素振りをして言った。

「半分は正解。祖母がこの町に居るんだけど体調を崩して。自営業をしてる親戚の手伝いも兼ねて、来ないかって言われて。お母さんと私でね」

「へえ。お父さんは?」

「流石に仕事は辞められないって。残ったの」

 母の作った美味しいご飯を食べて、困った時にはとりあえず父を頼って。両親と離れて生活したことがないテールには、メルの生活は想像し難いものだった。

「大変ね」

 想像し難い故にこんな言葉しか出てこなかった。

「そうでもないかも」

 しかしメルはそんなこと気にも留めず笑みを浮かべた。ようやく動いた表情に、へえ、この子笑うんだ、なんて思っていたら、

「貴女に会えたもの」

 なんて言われたものだから。

「んえ?」

 と変な声を漏らしてしまった。

「貴女、面白い夢をみるのね」

 突然、また訳が分からないことを言いだした。

「夢? 何、話が見えないのだけれど」

「貴女の夢よ。この町に来てからずっと入ってるんだけど、今まで入ったどれよりも面白いわ」

「はあ?」

「お城の夢も、イルカの夢も。貴女、すっごくユーモアがあるのね。素敵だったわ」

 相変わらず抑揚を抑えた声で話す。しかし、とても楽しそうだ。

まあ、テールはそれどころではなかったが。

彼女は今何と言った。ずっと入ってる? 何に? 話の流れからして恐らくは夢にだ。

「え、ちょっっっと待って。何て言ったの、夢に入る?」

 テールは混乱していた。無理もない。荒唐無稽な話だ。

 だが、メルは年相応に成長した胸を張って、その落ち着いた声で自慢げに言う。

「ええ。私、人の夢の中に入れるの」



+++



 おばちゃんにアイスを交換してもらった二人は砂浜を散歩していた。アイスはとっくに食べてしまった。

「夢ってどうやって入るの」

「さあ。普通に寝て、目を開けたらいつの間にか他人の夢の中よ」

「何それ。貴女の意志でどうこうできるワケじゃないのね」

 メルが他人の夢に入れるようになったのは中学生の時らしい。なぜそうなったのかは本人にも分からないと言っていた。

 なんだか魔法みたいだ。

「でも入っちゃえばこっちのモノよ」

「どういうこと?」

 ふふっ、と。風に吹かれた前髪を整えてメルは抑揚のない声で言う。

「こういうこと」

 彼女が右手を海へ向けた。すると。

「え」

 大人しかった波が立ち始め、膨れ上がる。

 人差し指で波を指すと波の真ん中に線ができる。

 指をすいっと上へあげると、それが中心になって波が真っ二つに割れた。

「……凄い。海が、海が割れたわ!」

 目の前には道ができている。

「行ってみましょう」

 メルが手を指し伸ばす。好奇心に瞳を輝かすテールは迷いなくその手を取って、二人は海の道へと走り出した。

「わあ! 見て、クラゲよ。大群!」

「綺麗ね」

「刺されたらたまったモンじゃないけれど。こんなに沢山居たのね、アブナイわ」

「刺されたことがあるの?」

「モチロンよ。海の町の人間よ? 皆あるわ」

 海の断面には薄い膜が張られている。どうやら、向こう側からテールたちの方へは来られないらしい。逆に、テールたちからは海側へ入れるようだ。指先で強めにつつくと、トプンという音と共に断面がプルプル震えて水の感触がした。指を抜いた後は何事も無かったかのように元に戻っている。不思議なものだ。

「見て、テール」

 先の方に行っていたメルから呼ばれて振り返る。

「イルカよ」

 道の行き止まりで二頭のイルカがメルを見つめていた。

「ホントだ。近くで見ると大きいのね」

「そうね……ねえ、テール。私やってみたいことがあるの」

「何?」



+++



「「きゃー!」」

 二人はそれぞれイルカの背に乗っていた。イルカは空を泳いでいる。

「高い! メル、ここ凄く高いわよ」

「ええ! そうね!」

 メルが、出会ってから一番の声量でテールに応える。

 落ちたら一溜まりもない。ベルトもシートもあるワケではない。そんな中でイルカの背の上に乗って空を泳ぐなんて、足がすくむ。しかし風を切り、無限に広がる青い空を行くことのワクワクに比べたら全く気にならない。

 恐怖は段々と興奮に変わった。

「私たち、空を泳いでる!」

 雲一つない晴天に、二頭のイルカに跨る二人の声が木霊した。



+++



「はあ。楽しかったあ」

 砂浜に戻ったテールが伸びをしてイルカたちに手を振った。

 海はいつのまにか元に戻っている。

「ありがとう」

 隣に並ぶメルの顔は夕焼けに染まっていた。

「何が、ありがとう? 私の方こそこんな楽しいことさせてもらって……」

 ─────あれ?

「私も、一度で良いから楽しい夢をみたかったの。夢で、遊んでみたかったの」

 そう言えば、どうして。

「でも、私には、人の夢の中に入ることしかできないから。自分で夢をみることなんて、もう何年もないの」

 どうして?

「貴女は夢の中に私を受け入れてくれた。私という存在を受け入れてくれた」

 海が割れた。

「すっごく楽しかったわ。貴女の夢を、ずっと見てて、良いなって。私もこんな風にって。勝手に入ったのにね、憧れていたの」

 イルカに乗って空を飛んだ。

「本当にありがとう。良い夢だったわ」

 どうしてこんなことができた? どうして今まで疑問に思わなかった?

 テールは困惑した。でも、それ以上に。

「勝手に、ごめんなさいね」

 楽しかったから、私もありがとうって伝えたかった。

「そろそろ時間じゃないかしら。学校、遅れるわよ。………また、会いましょうね」

 だが叶わなかった。

「待っ、て……」

 メルに手を伸ばす。届かない。視界が揺らいでくる。意識が朦朧とし、足の踏ん張りがきかず、そのままテールは目を閉じた。



+++



「テール! 起きなさい!」

 身体を叩かれた。シャーっと何か音がしたと思ったら光が瞼を貫通して急に世界が明るくなる。

「今日は学校でしょう、遅刻するよ」

 遅刻するよ。さっきも誰かに言われた気がする。

 もう一度、今度はお尻に痛みが走った。ベシンという音と共に。

「痛い……もう、お母さん叩かないで」

「早く起きて、支度しなさい」

 テールは寝起きに怒鳴られるのは勘弁してほしいと頭を抱える。折角素敵な夢をみていたのに。

「アンタ、最近寝坊多いわね」

「良い夢みてるの」

「今日も?」

 母の問にコクリと頷く。

「どんな夢よ。お母さんね、最近忙しいせいかしら。全然夢みないの。みたとしても怖い夢ね」

「へえ。私はねー」


 えっと。

 あー。

 ん? あれー?


「……なんだっけ」



  +++



「ねえテール、聞いた? 今日転校生が来るみたい」

「転校生?」

 登校すると、後ろの席の友人が身を乗り出して話しかけてきた。

「そう。珍しいよね」

「そうね」

 テキトウに相槌を打ちながら考える。この会話、なんだろう、……似たようなことを誰かと話した気がする。

 テールは記憶を探ってみる。見つからない。

「皆さん席に着いてください。転校生の紹介をします」

 どうぞ、と担任の先生が扉に向かって呼びかけた。

 入って来たのは違う学校の制服の子だった。テールの町では見ない制服だ。女の子。可愛い子だ。

「白いワンピースとか似合いそうだなぁ」

 言ってから気づいた。これ、前にも言ったことある。

「初めまして。最近引っ越してきました」

 抑揚のない声。さっきからずっと変わらない表情。テールと同じくらいの背丈。

「メル………?」

「よろしくね。テール」



終わり。

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