第9話 名探偵・ちかげ その2


千景は国道の裏道を見えない同乗者を乗せて自転車で走っていた。



「ちっちっちちち、ちからのかぎり~、ちっちっちちち、ちかげのおかげ~」


「おい、何の歌だ?」


 やたら軽快な歌が鶴ヶ島の田舎道に響く。


「ちかげの歌」


「・・・そうか」


 オロチは考えるのをやめた。


自転車は颯爽と市役所へと向かう。



――本日は閉庁いたしました。



「――だよな。土曜だし。」


オロチは立てかけられた千景の自転車のペダルを漕ぎながら、庁舎入り口で呆然と立ち尽くす千景の後ろ姿を眺めた。


千景は膝から崩れ落ち、手をついてうなだれる。


「そ、そんなバカな……、まさか私は悪夢を見ているんじゃなかろうか」


「いや、がっつり現実だ」


「おお、神よ、主よ、これは私に対する試練なのでありますか!」


「いや、単にお前の事前調査不足だ。

それと縁もゆかりもない西洋の神様を巻き込もうとするのやめろ、名探偵。」


「だいたいなー、スマホ持ってんだから、それくらいは――」


 オロチがそう言いかけていた所に、休日窓口の守衛のおじいさんが近づいてきた。


「おや、お嬢さん、市役所に用事だったのかい?」


「はいー、鶴ヶ島の湿地帯とか溜め池の歴史を調べたくてぇ……」


 その言葉に守衛さんが、少し反応した。


「ほう、お嬢さん、それならワシ、訳あって少し詳しいぞ。相談に乗ってやろうか?」


その言葉に千景センサーが反応し、ガバッと立ち上がった。


「マジかっ!もしや、神っ!!」


「いや、守衛だ」


 オロチが自転車にまたがったまま、ツッコむ。



 建物正面右奥に休日窓口の入口があり、千景とオロチは、守衛さんの後をついて行った。


「おい、メガネっ娘。」


「なに?」


「さっきのじいさんの発言、ネットで見る『どしたん、話聞こか?」と同じだったな。」


「やめろっ」


 ボスッッ!


 千景はオロチの脇腹にワンパンいれた。

 悶絶して、のたうち回るオロチを置いて、千景は守衛のおじいさんの後をついていった。


――守衛室



「ワシは鳥と風景の写真を撮るのが好きでねぇ」


 そういうと守衛さんはタブレットに撮り溜めた画像を見せてくれた。


「鳥は水辺や森にたくさん現れるから、鶴ヶ島のあちこちに出向いては撮影してるんだよ。


――で、お嬢さんが知りたいのは、鶴ヶ島に今も残っとる湿地や、ため池のことで良かったんかい?」


「……その前に、守衛さん。」


 タブレットを真剣な目つきで見ていた、千景は右手を突き出した。


「この繊細な構図…、滲み出る被写体に対しての愛情……、私には分かります。

 守衛さんは……、元・プロカメラマンですねっ!!」



「……あ、いや、すぐそこの工場勤務、定年まで……」


「……。」


「……おい、『私、カメラ知ってます感』出すの、やめろって。」


「あ、ああ、プロになりたいとは思ってたから、褒めてくれて嬉しいよ」


「ほぅらぁ、おじいさん、察してフォローしちゃってんじゃんかよ。」


「……。」


「そういうとこやぞ、おまえ」


「……。」


市役所を照らす午後の陽射しが、千景には痛いほど優しかった。


 ☆彡 ☆彡 ☆彡


「――ほう、埋め立てられた、今はない湿地帯や溜め池をさがしてるのか」


「はい、図書館で調べたら、大昔の鶴ヶ島は湿地が多く、溜め池も多く作られたと書かれてましたのでー」


「しかし、お嬢さんみたいな子が、そんなものに興味持つなんて珍しいね、なんでだい?」


「あ、えー、それは……」


 さすがに『人柱となったのに、人間の扱いが悪く、祟り神になりかけてる女の子を救う為です』とは言えなかった。

 返答に困った千景がチラッとオロチを見ると、ニヤニヤしながらそっぽ向いていた。


「あー、それは…、あー、あれです、あれです! ・・・埋蔵金?徳川的な?」


 オロチもさすがに吹いて、ひゃひゃひゃっと笑っていた。


「そうかい、そうかい、そりゃ夢があっていいねぇ」


 守衛さんは本当にいい人だ。と千景は思った。



――そうさなぁ。

 そう言って、守衛さんはバッグから鶴ヶ島市の地図を出してきた。


「ワシがカメラやり始めたのは40年位前からなんだがね。今はもう埋められて、消えてしまったもので覚えてるのは『まんざいろく』と、……ここだな。」


守衛さんが言うには、常に地下水が湧き出る場所があり、遠い昔から『まんざいろく』と呼ばれてきたらしい。


干ばつで他の水源が枯れても『まんざいろく』だけは豊富な水を湛えていて、当時の農民にとって農業用としても、飲用水としても、非常に貴重な水源の一つであったが、現在は整備事業の一環で埋め立てられてしまったらしい。


「おい、メガネっ娘」


オロチが頬杖つきながら千景を呼んだ。


「さやの居場所は『まんざいろく』じゃねえな。」


「なんで分かるの?」


「そこ埋め立てるときの祀りごと、俺が行ったから」


「マジかぁ・・・」



――あとはここだね。

 守衛さんが地図を指差した。

 そこは関越と圏央道が交差するあたりだった。



「このあたりにバードゴルフを楽しめる広場があるんだけど、その裏手に昔、湿地帯と溜め池があったんだ。

 今も湿地帯は高速道路に囲まれる形で残っているんだがね、その隣にあった溜め池は圏央道の工事の際に埋められてしまったんだよ。」


「――緑豊かで、鳥たちも多くいた、とてもいい環境だったんだけどねぇ」



「……多分、そこだ。」


 オロチの瞳孔が絞られ、鋭い蛇眼となった。


「っ!ここか!」


 千景も声が出た。


「ははは、お嬢さんの探してた場所はここかい?

 残念だなぁ、埋蔵金は高速道路の下かもしれないね」


 千景は出してもらっていたお茶を一気に飲み干し、立ち上がった。


「守衛さん、本当にありがとう!これで鶴ヶ島を救えるかもしれない!」


 そういうと、千景はおじぎをして守衛室をあとにする。


「あ、ああ。見つかるといいね、埋蔵金。」


 その言葉に千景は手を振って、市役所を後にした。


「鶴ヶ島を救うって、埋蔵金見つけて全額寄付するのかな?」


 守衛さんは頭を掻きながら、千景の後ろ姿を見送った。


  ◆


 重大なヒントを得た二人は夕凪に会うために光徳神社に向かった。



「オロチ、あそこで間違いなさそう?」


「ああ、あそこの埋め立ての事は俺も知らねえ。」


「本家様が行ったとかは?」


「ねえな。そもそも、そういうのは分家の俺の仕事なんだよ、社畜だからよ」


「神様界のブラック労働、お疲れっす!パねっす。」


 自転車の荷物置きにあぐらをかいて乗るオロチは空を眺めた。


「……マジで、サヤの祠ぶっ壊して、光徳も動かさず、紙っぺらで終わらしたのかもな」


「……」 


千景は少しの間、言葉が出なかった。


「……人の為になるならって想いが届かなくなったサヤちゃんの気持ち考えたら、切ない。

 多分、彼女は祟る気持ちより、寄り添ってほしいと思う気持ちが強いと思う」


「・・・なんで?」


 オロチは空を見上げたまま、千景に問う。


「……私だったらそう思うから」


「なるほどな。人間らしい答えでいいんじゃねえか?」




 そんな会話をしているうちに、光徳神社に戻ってきた。


「乗せてくれて、ありがとな」


「てか、神様なんだから、普通ビューンじゃないの?」


「ああ、あれダルいのよ、力使うし」


「……神様がいうことじゃないよね、マジで」



二人横並びで社務所へと向かう。


「あー、一応言っとくけどな」


 オロチは立ち止まり、千景に声を掛けた。


「ん?なに?」


「いくら、光徳のソコ、坂道だからって、立ち漕ぎすんなよ。

 おもっきしパンツ見えたぞ」


 

ズバフッッ!


千景はオロチの脇腹にワンパンいれた。


「この、エロ神めっ」


悶絶して、のたうち回るオロチを置いて、千景は拝殿前にいた夕凪の元へと駆けていった。

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鶴ヶ島崇神譚 ―祓い士 夕凪の覚醒― G・L・Field @George_L_Field

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