命の輝き ~帰れぬ世界で、誰かのために戦う~
eternalsnow
第1話
僕には、何もなくなった。
僕のすべては、もはや友のためだけにあった。
魔王を討ち果たし、全身を青い血で染めた。
だが、僕には戻る力は、もう残されてはいなかった。
でも、もうそれでもいいと思えた。
「はは、これで終われる」
もう、力は入らなかった。
滅びた僕の母国、アーディン聖王国は、魔王によって滅びた。
僕が、他国への対応に行っている間に。
……見るも無残な地獄となった。
私怨の復讐は終わった。
ようやく眠れると思った矢先だった。
「じゃあ、死んじゃえばいいんじゃない?」
少女の目は心配そうで、でもどこか勝気だった。
そして――僕には初めての、奇妙な感覚でもあった。
異世界に転移した?
いったい、どれほどの魔力を持っていれば、こんなことができる?
意味が、わからなかった。
「は? 聞いてるの? 私は……」
彼女はいつも怒っていた。全身から不機嫌オーラが漂う。
なのに、僕を見つめる視線は、ただの苛立ちではなかった。
まったく、言葉が通じなかった。
国が違うだけでも言葉が違うのに、異世界ともなれば、それは当然だった。
「あんた、強いじゃない。ありがとう、助けてくれて」
あの日、報酬としてもらったパンの味は、今も忘れられない。
その小さな優しさだけが、今の僕のすべてだった。
「ごめんね。事故だったの……本当なの。謝るし、絶対何とかするから。
もう少しだけここに居てちょうだい」
やめてくれ。泣かしたかったわけじゃない。
左腕ぐらいなくても、困ったりはしない。
なんで、そんな悲しい顔をする?
どうして、苦しい表情をする?
僕が、弱いからか?
「……いいわ。私は残るから。
片腕になったあんたじゃ、無理よ」
キミは、覚悟を決めていた。
何度も僕の左腕を見て、悲しい顔をし続けていただけだったのに。
「あんたは逃げなさい、命令よ」
……どうして、言葉が通じない。
だけど、身振り手振りで分かる。
キミは逃げろと、僕に言っているのか?
逃げれるわけないじゃないか。
――言葉は通じず、世界も理解できない。
――それでもあのボロボロの僕を守ろうとしたのは、キミだけだったんだ。
不機嫌そうな顔の奥で、
ときどき、キミは僕の左袖を見ていた。
その視線が、痛かった。
……でも、僕には、戦いしかできないから。
亡き母国で、姫様に認められた勇者である僕には。
眼下に広がる、戦場。
数は……想像もつかない。
眼下一面、果てを知らない炎の帯が波打っていた。
その奥には、灯が増え、次々と合流していく。
あれが全て敵だと思うだけで、膝の奥がじくりと震えた。
数は、見える範囲だけでも1万以上。
増える敵や奥の敵を考えれば、10万に届くかもしれない。
夜明けと共に、戦争が始まるのは目に見えていた。
この時間が唯一の猶予だ。
それなのに、キミは、たった一人でこの軍勢に挑もうとする。
見た目、10代の少女。
小柄で小さいキミが、たった一人で。
戦場の恐怖も知らず、
捕まった少女がどうされるのか、キミは想像もしていないのだろう。
怒っているキミを残った右手で殴り、気絶させた。
「がっ……どう、して、ア、ルス」
手を伸ばしながら、倒れたキミを担いだ。
僕の左袖は、風になびくだけだった。
……軽い。軽すぎるぐらいだ。
どうして、こんな子が一人で殿を務めなくてはならない。
僕が、行く。
キミの立場が、悪くならないよう。
僕が、殿を務めよう。
たとえ、この身が滅びようとも。
この国を僕の国のような状況には決してさせない。
意識の失ったキミをそのキミの親友であるフィーさんに預けた。
彼女の名前はよくわかっていない。
キミが彼女に向って、フィーとよく言っていた。
だから、フィーさんと呼ばせてもらっている。
あとは、王冠を被っているから、フィーさんは王族なのかもしれない。
異世界すぎて、価値観が違うかもしれないが、
僕の価値観からすれば、キミは王族に仕える騎士や貴族の類だと想像は難くない。
「!! あなた、リアを返し……え」
キミを守るため、僕は命を賭ける。
死ぬつもりは毛頭ないが、難しい。
ここは死地だ。
死のにおいと、気配がこだまする。
……どうせ、元の世界には戻れない。
……姫様との約束は、もう果たせそうにない。
なら、この命はキミのためにある。
「あの、生きて、帰ってきなさい。
リアも、私もそう望みます。
あなたは、救われなければなりません」
何かを言っていても、言葉が分からない。
ギィードゥ? ドル? リア、フィー?
全く理解できそうにない。
だが、そのカーテシーと呼ばれるスカートを広げて一礼する姿は流麗で、覚悟の秘めた目が印象的だった。
「待て、なんで一人で行こうとする!?
どうして、一人で背負い込もうとする!?
……俺には、背負えないからか?」
右目に大きな古傷のある金の鎧の男が、僕の前に立った。
一度、決闘まがいのことをして、ガルとよく言っていたから、
ガルと勝手に呼んでいる。
右目の古傷を、勲章とでもいうように指さし笑っていたことを強く覚えている。
必死な表情で両手を広げて、これ以上行くなと言っているのだろう。
「王国には、君を受け入れる準備がある。
俺が、ガルバディア将軍としてとりなせば、陛下は動いてくれる!
皇国なんかに仕える理由はないはずだ!
皇国の奴隷たちのように、君を使い捨てるような真似は決してしない!
こんな死地に、君が赴く理由はない!!」
首を横に振って叫んでいる。
分かっている。
ずっと、突っかかってきていても、
ガルは優しいやつだ。
手を無視して肩を叩き、通り過ぎた。
「ありがとう、お元気で」
するりと刀を抜いた。
きらめいた銀色の刀身を高らかと掲げる。
「っ……バカだよ、君は!!」
もう追ってはこない。
軍勢の足音が強く響く。
一斉に駆ける音、重厚な蹄の音が駆け抜ける。
逃げてくれた。
もう、憂いはない。
ほとんど同じだ、いつもと同じ。
違うとするなら、相手が人間ってこと、それと……。
姫様のためじゃなく、キミのために戦うってことぐらいだ。
「言葉は通じないだろうが、礼儀だからな、名乗らせてもらおう。
僕は、帝国騎士団、第四師団、師団長。勇者アルス!
参る!!」
刀身を横溜めに構え、駆ける。
一斉の矢を斬りはらい、前に付き進む。
狙うは、叫ぶ奴。
指揮をしているモノだ。
何時間、経った?
さすがに、息が切れる。
……もう、キミは逃げきれたのだろうか?
血のりがこびりついた刃を払う。いくらか鈍ったが、まだ光る刀身に余裕はもうない。
もとより、刀は消耗品ではあった。
ぐっと力を込めて、袈裟懸けに切り落とすのに、強い抵抗が生まれている。
「隊列を崩すな! 囲め!!」
襲う兵をいなし、弾き飛ばして、声を上げた指揮官の首を刎ねた。
振り下ろされる刃を受けることはできず、なんとかよけ続けてはいるが、かすり傷でも血を失う。
当たるわけにはいかなかった。
「斉射!!」
一斉の火炎魔法、数は10。
できる限り、避け、無理なら刃で切り裂く。
足の感覚が薄れてきた。
だが、まだ膝を折るわけにもいかない。
地面にある人の残骸に足を取られぬよう、念入りに地面を踏みしめる。
「ここから先には、行かせぬ!
ここを通りたくば、僕を倒していくがいい!!」
僕の後ろを進もうとする兵を優先して斬り捨てる。
逃げるキミを追わせるわけにはいかない。
「囲め、十重二十重に囲んで攻撃を加えるのだ!」
「駄目です!いくら囲んでも、力づくに突破されていきます!」
「まだ半数近く居る! 数万以上もの大軍がいるのだぞ!
ましてや、王国のガルバディア将軍が相手ならまだしも、
それを何故たった一人の無名の兵に、我が軍が壊滅する!?
どうして、進撃を止めることすらままならぬ!!」
見つけた。指揮官と参謀だ。
明らかな言い争い、そして、豪華な服装。
金をあしらう軍服に向かい、一直線に斬り進む。
だが、足が思ったより重い。
鉛のような重さで、走りだせない。
「な…まさか?」
「狙いは、士気か。
これだけの鬼神。十分に成功されている。
皇国の戦闘奴隷か? だが、それにしては首輪がない……。
皇国の切り札と見ていいな。
このままでは、我が軍は見るも無残に惨敗するのでしょう」
「なら、俺が行こう」
斉射される矢や魔法が多い。
足が重い今では、余裕をもった回避は難しい密度。
軍馬のような突撃も、馬の脚を裂き、乗った兵士ごと逆袈裟に斬り捨てる。
血で濡れた柄が滑りやすく、斬る抵抗が大きい。
……握力が弱くなったか。
切り返した瞬間、刀身が悲鳴をあげて砕けた。
「姫様から頂いた……刃が……」
反射的に顔をひねった瞬間、頬に鋭い衝撃が走る。
矢か? いや、槍だ。
「俺はフィディオン魔国、ドール将軍だ。
貴君との一騎打ちを申し込む」
絢爛な金の鎧。先ほどの指揮官だ。
槍の石突を地面に強くたたく。
挑発?
いや、これは一騎打ちだ。
その証拠に、敵の槍だけが、戦場の喧騒と切り離されたように静かだった。
見守るように兵士たちが囲っている。
「……参る!」
言葉いらない。
折れた刀の代わりに地面に落ちた剣を拾い、
刃を振る。……この剣は、重心が刃先にあるな。
重さで切るしかない、か。
相手の手から伸びるように扱う槍は、予備動作が少なく見づらいが、それだけだった。
鋭い直線的な動きを剣でいなし、返す刃で首を跳ね飛ばした。
衝突の際に、右腕が強い悲鳴を上げた。
斬鉄と魔物の皮膚では、こうも負荷が違うのか……。
恐れて離れていく兵士を尻目に、僕は刃を天に掲げた。
勝利だ。
「……我らが撤退すれば、おそらく彼は引くでしょう。
もし、引かなければ……我らは全滅でしょうな。
いかが成されます?」
「……貴君は敗北主義者だな。
以降の指揮は我ら奴隷奪還隊が取ろう」
数拍の後、タァーンと金属音が響き渡った。
音の先では、胸に風穴の開いた参謀らしき男の姿。
あれは、南蛮の……火縄銃の類か?
「前進せよ! 勝利は目前である!」
号令と同時に、兵士たちが怯えた目で、僕に向かう。
……誘導されている。
恐怖での支配、か。胸糞悪い。
「『奴隷奪還隊』は、これよりこの戦場を督戦する!
逃げる者は我らの魔法と魔銃にて焼かれ、切り裂かれ、轢き潰されると知れ!」
一斉に襲い来る兵。
指揮も統率もへったくれもないが、
死の恐怖のしみ込んだ、死兵は手ごわかった。
息が乱れ、視界が明滅する中で、この一斉攻撃はかなり辛い。
無数の矢や魔法、鉄の玉が味方を巻き込んで飛び込む。
……避けきることもできなかった。
……腕が重く、斬り捨てることすらできない。
敵の兵や死体を盾にしても、目に見えて傷ついた。
「くっ!? バケモノめ!
この血塗られた皇国の犬が!!」
「これで、最後だ」
最後の指揮官を切り捨てた。
すでに敵は壊走している。
――足が重い。まるで鉄を背負ったようだ。
服が重く感じる。血みどろだ。
ふらりと揺れる視界の中、誰一人立っていないことを確認できた。
一色の振袖が映える黒い髪。
血の色に沈む視界の奥で、
白い袖だけが、やけに鮮やかだった。
途切れかけた意識の中で、見えたのは幻覚だったのかもしれない。
「アルス、やっぱりあなたは最強の勇者ね。
ありがとう、私の愛しい婚約者様……。
私がピンチの時、助けにきてね?
――絶対だよ?」
ああ、姫様、申し訳、ございま、せ……。
「バカ、バーカ。
どうして、だよ。
……帰って来いよ。生きて、また勝負しよう。
なんで、最後まで、俺より先に行くんだよ……。
名前ぐらい、憶えて、話せるように、なってくれよ」
血だまりの戦場の中、アルスは満ち足りた顔で眠っていた。
ガルは、そっと座り込み泣き崩れた。
命の輝き ~帰れぬ世界で、誰かのために戦う~ eternalsnow @523516
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます