第2話

さて。

熱々のお茶も用意できたことですし、そろそろお話を──。


あ、みなさまも、お茶の準備はよろしいかしら?

甘いお菓子もあれば、なお良し、ですわ。


──では、気を取り直して続けますわね。


そうそう。

先ほどは「ノルトハルデ皇国から打診されたヘルミーネ皇女殿下とテオの縁談に関して、わたくしが抱いた違和感と、その二つの根拠」までお話ししたのでしたわね。

念のため、おさらいしておきましょう。

ひとつは、ヘルミーネ皇女殿下とテオの婚姻という条件だけで、長年渋ってきた不可侵条約の締結を快諾したこと。

そして、もうひとつは皇女殿下の男性の好みのタイプが、以前聞いた話とまったく違っていること、ですわ。


わたくしの話を聞き終えたお義父様は、「イザベラの疑念は、私も尤もだと思う。」と言って、一応、納得されたご様子でしたわ。

けれど、まだ答えを決めかねていらっしゃるようで、そのお顔の皴は深くなるばかり。

「国王陛下としては、国の安全を考えてこの要請を受け入れて欲しいとおっしゃっている。それに、貴族たちも同じ意見なのだ。こちらの事情を慮って、“打診”という体にしてくださってはいるが──。」と、お義父様は苦しそうにおっしゃいました。

「実質は王命ということですか? それでも、疑念を陛下にお伝えして、うまく断っていただくようにお願いできないものでしょうか? 少なくとも、疑念に関して調査の上、審議していただくとか──。」とリアンが言うと、お義父様は力なく首を振って、「いや。お伝えしたところで、疑念は疑念でしかない。いたずらに両国の関係を悪化させるわけにはいかん。それに、調査だ、審議だと、のんびりしている暇もない。返答の期日は2週間後なのだ。それも、テオが新婚だということで、陛下が皇国の使者を通じて、少し返答を待って欲しいと交渉してくださった結果だそうだ。」とおっしゃいました。

これ以上返答を先延ばしにするのは、難しいということですわね。

そんなことをすれば、皇女殿下をないがしろにするようなもの。

皇国の怒りを買い兼ねませんもの。


それでも、リアンは、「陛下や貴族のみなさんの懸念は、よくわかります。けれど、もし条約を締結しても、安全安心になるとは言えません。今後、皇国が条約を一方的に破棄して侵攻してくる可能性はゼロではない。残念ながら、古今東西、そういった事例はたくさんあります。裏がありそうな臭いがする以上、安易に信用するのは、寧ろ国の安全を脅かすのでは?」と食い下がりました。


わたくしもリアンに同意し、「そうですわね。条約締結を渋ってきたのは、条約に縛られていない方が、この国に攻め込んだ際の国際的な非難が小さく、煩わしいことが少ないから、というのもあると思いますの。ですが、たとえ非難を浴びたとしても、それを跳ねのけてしまえる軍事力が、かの国にはある。条約締結は確かに喜ばしいことですけれど、どこまで信用すべきか、裏はないのか、慎重に判断すべきだと思いますの。嫁の分際で、出過ぎたことを申し上げていることは重々承知しておりますが──。」と、思っていることをすべて、申し上げましたわ。

「もちろん、正妻の座が惜しくて申し上げているわけではございませんわ。この国を、民を、想うがゆえです。皇女殿下の恋心が本物であれば、申し訳ないとは思いますけれど──。」と添えて。

テオもお義母様も、「父上、ここはベラたちの言う通り、やはり一旦、陛下に話を聞いていただくべきでは?」「この子たちの言う通りですわ。あなた、何とかなりませんの?」と、援護してくださいました。

けれど、お義父様は腕組みをしてうーんと唸ったまま、考え込んでしまわれましたの。


けれど、そういう反応になってしまうのも、仕方がないのですわ。

お義父様も苦しいお立場ですもの。


辺境伯家は国防の要。

だからこそ、広大な土地と大きな軍事権・行政権・司法権を国から与えられておりますの。

それは、時に公爵にも匹敵する力を有するということであり、妬み嫉みの対象になることもある。

領地が中央から遠く離れているせいで、王国へ反旗を翻す危険性を疑われることすらあるのです。

国王陛下に心から忠誠を誓い、辺境伯であることを誇りに思っていらっしゃるお義父様としては、陛下の信頼に応えたい、より国の利益につながる選択をしたい、という想いがお強いのでしょう。

たとえそれが、家族の犠牲の上に成り立つのだとしても。

嫡男であるテオもそれをわかっているからこそ、強く反対できないのでしょうね。


ですが、わたくしだって、本音を言えばこんな話を受け入れたくはない。

どう考えても怪しいですし、何より、愛するテオが他の女性と居るところなんて、見たくないですもの。

でも──。


思案に耽っていたわたくしは、「兄上。兄上は、本当はどう思っているのですか? まさか、受けるおつもりではないですよね?」と、辛うじて冷静さを保ちながらテオに詰問するリアンの声で、ハッと我に返りましたわ。

すると、テオは苦しそうに眉根を寄せながら、「俺だって、納得はしていない! 俺が愛しているのはベラだけだ。重婚が認められているとはいえ、俺の妻はベラしかいない。」と言ってくださいましたの。

そうやって、はっきりと言い切ってくださるところ、本当に素敵ですわ。

わたくしは、心から愛されている喜びを噛みしめました。

ですが、愛だけでは避けられない苦難もあるものですのね。


一転して笑顔になり、「だったら、断るんですよね? 陛下や貴族たちが何と言おうと、本人が承諾しないのなら意味がない。こんな状態で嫁いできたって、皇女殿下だって幸せになれない。」と言うリアンに向かって、テオは歯切れ悪く答えたのです。

「そうしたいのは山々だが、父上が言うように、国際問題が関わっている以上、そう簡単にはいかないんだ──。」と。

「ですが、それではあまりにも姉上が──!」

そう言って、椅子を蹴る勢いで立ち上がり、リアンはついに、テオに詰め寄ったのですわ。

普段は冷静沈着で、感情を表に出すことの少ないリアンが、ここまで激昂するのは珍しいこと。

それだけ、わたくしのことを大切に想ってくださっているのですわね。


わたくしは、そんなリアンを愛しく思いながら、静かに首を振りましたの。

「お待ちになって、リアン。お義母様やリアンのお気持ちはとてもありがたく思います。けれど、やはり国のため、領民のためとなれば、致し方ございませんわ。」


優しいお義父様と、愛するテオを、これ以上苦しめたくない。

わたくしは、そんな想いで大好きな家族たちを見つめましたわ。


そして、「姉上、何をおっしゃっているんですか!? ダメですよ、諦めたら!」「そうよ、イザベラ。あなたが犠牲になる必要はないの。何か手を考えましょう。」と言ってくださるリアンとお義母様に笑顔で頭を下げ、お義父様とテオにきっぱりと言ったのです。


「お義父様、テオ。そこまで悩まれるのであれば、わたくし、側妻となってもかまいませんわ。もちろん、わたくしはテオを心から愛しておりますから、胸が痛まないと言えば嘘になります。でも、テオの愛は、それでも変わらないと信じておりますもの。ですから、国のため、領地のため──どうぞ、ヘルミーネ皇女殿下を正妻としてお迎えくださいませ。」と。


いざ、わたくしにそう言われると、テオは少しうろたえた様子で、「俺が言うのもおかしいが、ベラは本当にそれでいいのか? ──その、実を言うと、王妃殿下は反対してくださっているんだ。それに、王子様方も二人とも、俺の好きにしたらいいと言ってくださっている。だから、まだ打つ手はあるかもしれない。」と、まくし立てるように言いましたわ。

王妃様も王子様方も、変わらずテオとわたくしの味方でいてくださるのね。

ありがたいことですわ。

でも──。


「大変ありがたいことですけれど、よくよく考えましたら、下手に断れば開戦、なんてことにもなりかねませんでしょう? あの国の方々、結構、脳き──んんっ、その、強硬派でいらっしゃるから。もし、王妃殿下方のお力添えで縁談をお断りできたとしても、それで万が一戦争になってしまったら、王妃殿下方にもご迷惑がかかりますわ。だからこそ、テオもお義父様も、王妃様方が反対してくださっていることを言わずにいたのでしょう?」

そう問うと、テオは「それは──。」と言ったまま、黙ってしまいましたわ。

悔しそうに唇を噛みながら。

「もう。そんな風にしたら、唇が切れてしまいますわよ?」と言って、そっと頬に手を添えると、テオは「すまない──。」と言って、言葉を詰まらせました。

その想いだけで、わたくしには十分でしたわ。


しばしの沈黙の後、お義父様が意を決したようにわたくしを見て、深々と頭を下げられましたの。

「イザベラ、本当に申し訳ない。君を嫁として、家族として、心から大切に想っている。そこに嘘偽りはない。だが、どうか此度だけは、国民のため、領民のために──。」と言いながら。

辺境伯ともあろうお方が、わたくしのためにここまでしてくださるなんて。

腹をくくるしかございませんでしょう?

「わかっておりますわ、お義父様。どうぞ、頭をお上げくださいませ。民を守るのは貴族の義務。わたくし、この王命、承りますわ。」

そう宣言し、わたくしは、わたくしを心から大切に想い、心配してくださる家族たちに、最高の笑顔を向けたのです。


テオは泣きそうな顔で、「すまない、ベラ──。でも、俺が愛するのは君だけだ。どうか、それだけは信じて欲しい。」と言って、わたくしを力強く抱きしめてくれましたの。

「ええ、テオ。信じておりますわ。だから、そんな顔をなさらないで?」と言って、わたくしも、その広くて暖かい背中を抱きしめ返したのですわ。

「ベラ、俺は君が俺の妻であることを、心から誇りに思うよ。君に不自由な思いはさせないと誓う。絶対にだ──。」

真剣な眼差しでそう言ってくれたテオに微笑み、わたくしはこの要求を受け入れる覚悟を決めたのです。


まあ、とはいえ。

甘んじて側妻の地位を受け入れるのは、これが「本当にこの国と民のためになるのであれば」の話、なのですけれど──ね?

うふふ。


避けられないならば、あえて相手の懐に飛び込んで、近くで観察するのが賢い方法ですもの。

裏があるのなら、わたくしがすべて暴いてさしあげれば良いだけのこと。

誰に喧嘩を売ったのか、よく理解していただかないといけませんでしょう?

もちろん、裏など無いのであれば、民の為にすべてを受け入れますけれど。


こうして、わたくしは、まだ見ぬライバルに心の中で宣戦布告したのですわ。



◇◇◇



それから程なくして、我が国の返答を受け取った隣国ノルトハルデ皇国の使者が再び王宮にやって来て、正式に婚約が整い、3ヶ月後に婚約式が執り行われることになりましたの。

そして、使者が隣国に帰ってから1ヶ月後、今度はヘルミーネ皇女殿下がブランシェール家にいらっしゃいまして。

婚約式の準備と慣れない他国での生活に早く馴染むために、ひとまず婚約式まで滞在されるとのことでしたわ。

わたくしもそうでしたから、これに関しては、文句はなかったのですけれど。


このお方、存外にしたたかな方のようで。

事前に対策を練っておいて、大正解でしたわ。


このお屋敷に初めてヘルミーネ皇女殿下がお越しになった時、わたくしたちは最高の礼を以て殿下をお迎えしたのですけれど──。


あ、そうそう。

リアンは殿下がお越しになる前に休暇期間が終わってしまって、泣く泣く王都に戻っていきましたわ。

そう言えば、別れ際に、「姉上、大丈夫だとは思いますが、絶っっっ対に負けないでくださいね! みんな姉上の味方ですし、何かあれば、飛んで帰ってきますから!」と言っておりましたわね。

今やすっかりわたくしの味方になった使用人たちも、揃って頷いてくれましたの。

本当に心強かったですわ。

馬車に乗り込むときも、リアンは後ろ髪を引かれるように何度もこちらを振り返って。

その姿がいじらしくて、キュンとしてしまいましたわ。

わたくしの義弟、可愛過ぎではなくて?


話を戻しますわね。

軍事大国らしい、大きくて厳しい馬車からお降りになった皇女殿下を、お義父様、お義母様、テオ、わたくしの順でお迎えしたのですけれど、わたくし、その際にあえて「ヘルミーネ皇女殿下、お目もじ叶いまして、光栄でございます。側妻・・となります、イザベラと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。」と、皇国式の古風な言い回しで、へりくだってごあいさついたしましたの。

表面上は、皇国と皇女殿下に服従しているように見せかけるために。

殿下は、わたくしが皇国式のあいさつをしたことに驚かれたようでしたけれど、「ヘルミーネだ。どうか、仲良くしてほしい。」と朗らかな笑顔を見せてくださいましたの。

その時は、もしかしたら仲良くできそうな御方なのかしらと思ったのですけれど、やっぱり気のせいでしたわ。


室内へとご案内する際、すれ違いざまに小さな声で、「そなた、きちんと自分の立場をわきまえているのだな。賢明なことだ。正妻・・であるわらわに、しっかり仕えるのだぞ?」と、おっしゃいましたの。

わたくしはうやうやしく首を垂れて、「ご安心くださいませ、殿下。もちろん、そのつもりでおりますわ。」と申し上げました。

皇女殿下は少し肩透かしを食らったご様子で、一瞬目を見張っていらっしゃいましたわ。

わたくしが殿下を目の敵にして、反抗的な態度を取るとお思いだったのでしょうね。

それに、わたくしがどんな人間か確認しつつ、上下関係をはっきり認識させたかったのでしょう。


けれど、これは想定の範囲内。

そんな安い挑発には乗らなくてよ?

わたくし、この程度で手の内を明かしてしまうような愚は犯しませんの。


一方、殿下はすぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべて、意気揚々とお屋敷の中に入って行かれましたわ。

蝶よ花よと大切に育てられた殿下は、やはり少し高慢で視野の狭いところがおありのようで。

くみしやすくて、助かりますわ。

うふふ。


これできっと、殿下はわたくしを、権力に逆らわない従順な女とお思いになったでしょうね。

わたくしは、「どうぞ、そうやって警戒を緩めてくださいませ。あなた様の思惑、ひとつ残らず暴かせていただきますわ。」と思いながら、その凛としたお背中をじっと見つめておりました。


ですから、殿下が屋敷に入る刹那、連れてきた侍女と護衛の騎士に何やら目配せをしていたのも、見逃しませんでしたわ。

思った通り、何か裏があるのだと、ピーンと来ましたわ。


殿下を案内すべく先に中に入ったお義父様とテオはもちろん、殿下の後に続いていたお義母様も、殿下の馬車から積み荷を降ろすことに忙しい使用人たちも、誰一人その不審な行動に気付いていないようでした。

やはり、わたくしがしっかりしなければと、気持ちが引き締まりましたわ。


だいたい、ごあいさつの時から、既におかしかったのですわ。

だって、押しかけ女房になるほどテオに惚れていらっしゃるというのに、テオに対する態度がずいぶんと淡白だったんですもの。

皇女としての威厳を保つために平静を装っていらっしゃったのかもしれませんけれど、それでも、愛しさって、まなざしに滲んでしまうものでしょう?

それすらも見受けられなかったんですのよ?


まったく、騙すならもっと徹底していただきたいものですわ。

侮られていたのか、ただの浅慮なのか。

なんにせよ、テオに、わたくしの大切な家族たちに、そして、この国の民たちに、仇をなすというのなら、覚悟なさっていただきませんとね。

「わたくしがいる限り、あなた様の思うようにはさせませんわよ?」

誰にも見とがめられぬように扇で口元を隠しながら、そう小さくつぶやいて、わたくしは改めて心に誓ったのですわ。



◇◇◇



ヘルミーネ皇女殿下がお越しになってから2週間くらいの間は、荷物の運び入れや屋敷内の案内、足りない調度品やドレス、宝飾品の手配、領都内の案内など、わたくしたちは使用人も含め、目まぐるしい時間を過ごしましたわ。

一方で殿下は、この国の風習に早く馴染みたいとおっしゃって、歴史学やマナーの講師を早々に雇い、精力的に学び始められました。

言動に多少、傲慢さが垣間見えるとはいえ、基本的には朗らかで明瞭なお人柄で、使用人たちへの配慮も欠かさない。

勤勉で、誠実で、朗らかで、誰もが好感を持つ人物。

少なくとも表面上は、そう思われるように振舞っていらっしゃいましたわ。

ですから、裏があるかもしれないという懸念をお伝えした、ブランシェール家の家族や使用人たちも、初めこそ警戒していたのですけれど、いつの間にか殿下を受け入れ、笑顔で言葉を交わすようになっておりましたの。


初対面の時にわたくしにしたような態度は、他の誰にも見せていらっしゃらないようでしたわ。

それに、わたくしに対しても、あれ以降は別段、絡んでいらっしゃるようなこともなく。

もう少しボロを出されるかと思っていたのですけれど、修正してきたようでしたわね。

危うくなる度に侍女がフォローを入れていましたし、その辺りの連携に関しては、案外、徹底していらっしゃったのですわ。

けれど、だけは苦手のようでしたわね。

表面上はテオに甘えて見せたり、恥じらって見せたりしていらっしゃいましたけれど、やっぱりどこか淡白な印象はぬぐえませんでしたわ。

ひとしきり演じた後は、もう用はないとばかりにスンとしている感じで、まるで「早く終わらないかしら」と言うように、興味を失った目になるのですもの。

恋する乙女には到底見えませんでしたわ。

スイッチのオンオフが急すぎて、嫉妬するどころか、呆れてしまいましたわよ。

殿下ったら、演技が苦手なのにもほどがありましてよ?


わたくしとのイチャイチャにすっかり慣れてしまったテオも、その温度差に戸惑っているようでしたわね。

後で「ベラ、俺、何か殿下の機嫌を損ねたかな? なんだか、よそよそしい気がするんだが──。」と心配そうに相談してきましたの。

──テオったら、本当に純粋なんだから。

「いいえ、あなたは悪くないわ。きっと、そういう気質の方なのよ。」と答えたら、ホッとして「よかった──。」と小さくつぶやいていましたわ。

その姿が可愛らしくも少し妬けてしまって、「それにしても、そんなことをわたくしに聞くなんて──妬いてほしいのかしら?」と意地悪な顔で言ってやったら、「え!? い、いや! 気を悪くしたならすまない! で、でも、妬いてくれたら、嬉しい、かな。ハハハ──。」と、頬を掻いて困り顔になってしまいましたの。

今思い出しても、本当に──もう、もう! あの顔は反則ですわ!


あ、し、失礼しましたわ。

続けましょう。


お義父様やお義母様、使用人たちも、お人柄に好感を抱く一方で、テオへの態度にはどことなく違和感を覚えたようで、一度は緩めた警戒を再び強めることにしたようでしたわ。

これは不幸中の幸いでしたわね。

わたくしはというと、殿下の侍女がハラハラした様子で居るのを横目に、どうやって悪だくみの尻尾を掴もうかと算段しておりましたわ。


まあ、そんな日々を過ごして、このお屋敷での生活がようやく落ち着いてきた頃でしたわ。

不意にそのチャンスが訪れましたの。

突然、殿下が領地の視察に行きたいとおっしゃったのですわ。

しかも、軍事施設に立ち寄って、次期領主の正妻になる者として騎士たちを労いたいとおっしゃるので、テオとわたくしで、近場の砦のひとつをご案内することになりましたの。


わたくしは、将来に備えて辺境伯領の領地経営や辺境伯家の私設騎士団についても学んでおりましたし、結婚式の後、領内の大きな街や砦には足を運んで、領民や騎士たちへのあいさつも兼ねた視察を一通り済ませておりましたので、お義父様から殿下のサポート役として付いていくようにと仰せつかったのですわ。


これはチャンスだと思いましたわね。

だって、いくら軍事大国出身とはいえ、皇女殿下のような高貴な方がわざわざ砦に赴きたいとおっしゃるなんて、きな臭いでしょう?

確かに、お屋敷にいらしてからここまで、あからさまに怪しい様子は見受けられませんでしたわよ?

けれど、侍女や護衛騎士との目配せやヒソヒソ話に関しては、あれからも何度か見かけましたし、彼女たちから目を離さないように指示していた、わたくし付きの忠実な侍女と護衛騎士からも、同様の報告が上がってきておりますの。

やっぱり、何か企んでいそうでしょう?


砦の内部をお見せするということは、この領の軍事に関する情報を知られてしまうということ。

疑わしい方を、野放しになんてできませんもの。

もちろん、少しだけ、テオと殿下を二人きりにしたくないという想いもございましたけれど。

──少しだけ、ですわよ?


ああ、そういえば。

挙式後の領地巡りはテオに大反対されたのでしたわね。

「この領はかなり広いから、すべて回るとなると、かなり時間がかかる。それに、騎士団が守っているとはいえ、絶対に安全とは言えない。もちろん、ベラのことは俺が命に代えても守るけれど、心配だよ。諦める気はないかい?」と言って。

次期領主の妻として必要なことだからと言っても、なかなか認めてくれなくて。

説得するのに、かなり骨を折りましたわ──。

本当に、過保護なんだから。

うふふ。


わたくしも同行すると知った殿下は一瞬、鬱陶うっとうしそうなお顔をなさって、「それには及ばない。」とおっしゃいましたわ。

けれど、お義父様とテオが揃って「殿下、そうおっしゃらずに。イザベラは領地に詳しく、砦の騎士や領民とも面識がございますし、彼らに受け入れられております。きっとお役に立ちますよ。」「ええ、父の言う通りです。イザベラは気も利きますし、男の私ではできないフォローもしてくれるはずです。」と言うのに圧されて、渋々「仕方ないな。」と承諾なさいましたの。

お二人がわたくしを絶賛するのがおもしろくないのか、だれも見ていない隙を見計らって睨まれてしまいましたわ。

ですから、わたくしは恭しく一礼しつつ、「殿下、至らないところはございましょうが、精一杯お支えいたしますわ。ですからどうか、同行をお許しくださいませ。」と申し上げましたの。

殿下は再びうっとおしそうなお顔で「わかったと言っている。」と素っ気なくおっしゃって、そそくさと馬車に乗り込んでしまわれましたわ。

どうやら機嫌を損ねてしまったようでしたけれど、そんなことはどうでも良いのです。

同行の許可さえいただければ。

砦でおかしな動きがないか、しっかり監視しなくてはいけませんからね。

うふふ。


さて、まだまだお話は続くのですけれど、だいぶ長くなりましたから、今日はここまでにいたしましょう。

続きは日を改めて。

美味しいお茶とお菓子を片手に、またお会いしましょう。

では、ごきげんよう──。


(第3話に続きますわ)

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助かったのはこちらですわ!~正妻の座を奪われた悪役?令嬢の鮮やかなる逆襲 水無月 星璃 @seri_minazuki

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