助かったのはこちらですわ!~正妻の座を奪われた悪役?令嬢の鮮やかなる逆襲

水無月 星璃

第1話

みなさま、ごきげんよう。

イザベラ・ド・ブランシェールですわ。

お元気にしていらっしゃいましたかしら?

今日もぜひ、わたくしのお話にお付き合いいただきたいのですわ。

ちょっと長いお話になりそうですから、お紅茶とお菓子でも召し上がりながら、ゆったりとお聞きになってくださいまし。


準備はよろしいかしら?

──では、お話しいたしますわね。



◇◇◇



実家やテオの幼馴染姉妹との騒動を乗り越え、無事に結婚式を挙げた、わたくし。

これでやっと穏やかで幸せな日々を送れると思っていたのですけれど。

実は結婚式の少し後、再びちょっとした騒動に巻き込まれましたの。

波乱万丈の人生なんて望んでいないのですけれど、困ったことですわね。


あ、そうそう、詳しいお話の前に、一応。

彼の呼び名なのですけれどね?

結婚を機に、“テオ様”から“テオ”と呼び捨てに変えて欲しいと懇願されましたの。

わたくしのことを“ベラ”と呼ぶのだから、自分のことも気安く呼んで欲しいと。

うちの夫、可愛らしいでしょう?

うふふ。


さて。

それで、何があったかと申しますと。

テオとの甘~い新婚生活を堪能していた、ある日のことでしたわ。

突然、国王陛下からテオとお義父とう様が、呼び出しを受けたのです。

ブランシェール辺境伯の領地は、大陸の南東に位置するヴァロワール王国の北端にありまして、国を他国の侵攻から守る要地ですの。

国の中央に位置する王都から馬車で10日弱、早馬でも3~4日かかる場所なのですけれど、火急の用とのことで、お二人とも今回は早馬を乗り継いで、大急ぎで王都へ向かわれましたわ。


それから1週間ちょっと経った頃、再び早馬を乗り継いで、お二人がバタバタ帰って来られたのですけれども。

揃って、怒っているような、困っているような、何とも言えない表情をしていらっしゃいましたの。

お疲れになっているだけではなさそうなご様子に、何かあったのかと尋ねると、お義父様は、「うむ。少し困ったことになってな。詳しくは夕食の後、みなに話す。」と神妙な顔つきでおっしゃって、それから夕食までの間、人払いをした書斎にテオと二人きりで籠られてしまったのです。

いつもは穏やかで朗らかなお義父様の、歯切れの悪いご様子に、ああ、これは何かただならぬことが起きたのだと察しましたわ。


夕食後、ダイニングに家族全員が残り、そのまま家族会議が行われましたの。

お義父様、お義母かあ様、テオ、テオの弟のリアン、そしてわたくし。

ああ、そういえば、リアンの紹介がまだでしたわね。


リアンというのは愛称で、正式なお名前はアドリアン・ド・ブランシェール。

テオの3つ下の弟で、気品があって、よく気の付く繊細な子。

けれど、時には家族に甘える可愛らしい一面も持った子ですの。

見目麗しいところや、真面目で優しい気質はテオと同じですけれど、テオはどちらかというとお義父様似、リアンはお義母様似ですわね。

頭もよく、どちらかといえば参謀タイプですわ。

テオをとても尊敬していて、将来は辺境伯を継いだ兄の補佐をするのだと、意気込んでいますのよ?

目をキラキラさせながら力強く語るその姿が、頼もしくも可愛らしくて、思わず頭を撫でたくなってしまって、困っておりますの。

義姉とはいえ、そんなことをしたら、年頃の男の子のプライドを傷つけてしまいますものね。

リアンとは結婚式の際に初めて会ったのですけれど、わたくしのことをとても慕ってくれていますの。

ですから、嫌われるようなことはしないように、気を付けなくてはと思っているのですわ。

リアンは王立学院に通っていて、普段は領地に居る家族とは離れて、学院のある王都の屋敷で生活しているのですけれど、この事件の際は、ちょうど休暇で領地に戻って来ていたのです。


さて、話を戻しますわね。

それで、夕食の後、お義父様が「皆、食事の後に済まないな。だが、とても重要な話があるのだ。」と、厳しい表情で重い口を開かれましたの。

その隣で、テオも見たことがないような固い顔をしておりましたわ。

そういえば、帰って来てから口数も少なかったですし、わたくしとあまり目も合いませんでしたわね。

いつもは帰宅するとすぐに、わたくしを抱きしめてくださるのに、それも無くて。

それだけで、とんでもない厄介事の匂いを感じましたわ。


まあ、とにかく。

お義母様、リアン、そして、わたくしは、お義父様とテオの深刻なご様子に何事かと顔を見合わせ、固唾を呑んで次の言葉を待ちました。

ですが、その後、わたくしは想定を超えるお話に言葉を失うことになったのですわ。


「単刀直入に言う。国王陛下より、ノルトハルデ皇国のヘルミーネ皇女殿下と、テオドールの婚姻を打診された。」

「──はい?」


さすがのわたくしも、この時ばかりは呆然として、間の抜けた声を出してしまいましたわ。


ノルトハルデ皇国。

この領地の北にあり、このヴァロワール王国と国境を接している大国ですわね。

その国の皇女と、テオが結婚?


我が国では一夫多妻が認められているとはいえ、わたくしとテオは結婚式を挙げて間もないですし、何よりテオは「妻はベラだけと決めている。」と断言してくださっておりますの。

それなのに、どういうことなのかしら?


そう思って、そっとテオを盗み見ると、テオは視線を落としてテーブル上の一点を見つめながら、耐えるような表情をしていましたの。

苦悩する姿も素敵ですけれど、やっぱり笑顔の方が何倍も素敵ですわ。

わたくしの大切な夫にこんな顔をさせるなんて、国王陛下も隣国も、どういうおつもりかしら?


そんな憤りを感じつつ、何と言うべきか思案していると、お義母様とリアンが血相を変えて、「──あなた、何をおっしゃっているの? テオドールにはイザベラが居るのよ? しかも、まだ新婚よ!?」「そうですよ、父上。兄上と姉上は心から想い合っていらっしゃるのですよ。いくら国王陛下の命とはいえ、あんまりです!」と、即座に反論してくださいましたの。


お義父様はとてもお困りになった様子で、「わかっている、わかっているとも!」とおっしゃって、額に噴き出した汗を拭いながら、「だが、これには訳があるのだ。」と続けられました。

そして、「何をおっしゃられても納得できませんけれど、一応、お聞きします。」と、お義父様とテオを睨みながら低い声で呟いたお義母様の剣幕に押されながら、事の次第をお話くださったのです。


実は先日、お義父様とテオはノルトハルデ皇国の建国30周年を祝う記念式典に、国王陛下の名代として出席なさったのですけれど、何でもその時に、ヘルミーネ皇女殿下がテオを見初めたというのです。

そして、その式典の後すぐに、ノルトハルデ皇国の皇帝陛下から、「もし娘をブランシェール辺境伯家の跡取りの正妻として迎え入れてくれるなら、貴国と正式に不可侵条約を結んでも良い。」と書かれた親書が届いたのだそうですわ。

つまり、この結婚は“両国の和平の象徴”ということになるというのです。


「確かに、皇女殿下をお迎えするとなれば、序列的に殿下が正妻、イザベラが側妻という立ち位置になるでしょうけれど。でも、そんなの、承諾できませんわ! イザベラがどんな思いをするとお思いですの!? テオドール、あなたも黙っていないで、何とかおっしゃい!」

話を聞いたお義母様は涙を浮かべて震えながら、お義父様とテオに抗議してくださいました。

「エ、エレオノーラ、何も泣かなくても──。ま、まだ打診されただけで、承諾したわけではないのだから、な?」

「父上のおっしゃる通りです、母上。どうか落ち着いてください!」

お義父様とテオはお義母様の涙に大慌てで、椅子から腰を浮かせながら、お義母様(あ、エレオノーラはお義母様のお名前ですわ。優雅で素敵でしょう?)を必死に宥めたのですけれど、お義母様はお二人をキッと睨みつけて、「私は断固として反対です! もしお受けになるなら、私にも考えがあります!」と啖呵を切られたのです。

リアンも静かに席を立ち、お義母様の隣に立って、お義父様とテオに厳しい視線を向けていましたわ。

お二人からの強い非難を含んだ視線に、さすがのお義父様とテオも、タジタジになっていらっしゃいましたわね。


リアンが差し出したハンカチを受け取って涙を拭いながら、「イザベラ、あなたは何も心配しなくていいのよ? こんなお話、受ける必要なんてないの。」と言って、わたくしに優しく微笑んでくださったお義母様の頼もしいことと言ったら。

リアンも、お義母様の背中を優しく擦りつつ、「そうですよ、姉上。きっと、何とかなります。いや、知恵を絞って、何とかしてみせます!」と、全面的に味方になってくれましたの。

血の繋がらないわたくしを、こんなに大切に想っていただいて、わたくしは本当に果報者ですわね。

感極まって思わず涙ぐみながら、わたくしは「ありがとうございます。みなさまの家族に加えていただけたことを、本当に嬉しく思っておりますわ。」と、お義母様とリアンに心からの感謝を伝えましたわ。

今でもあの時のことを思い出すと、つい嬉し涙が──。


あ、そうそう。

この辺りの地理に詳しくない方もいらっしゃるでしょうから、先ほどから名前の出ているノルトハルデ皇国という国について、もう少し説明いたしますわね。

ノルトハルデ皇国は大陸の4分の1を支配する大国で、軍事国家としても有名ですの。

領土の広さで言えば、このヴァロワール王国の西側に位置するわたくしの祖国、エルディア帝国と同じらいですわ。

ノルトハルデ皇国とヴァロワール王国との関係は、今のところは友好的。

貿易も、個人レベルの交流も、盛んに行われておりますわ。

ですが、何一つ問題がないのかと言うと、そうでもないのです。


「お義父様。確か、不可侵条約に関しては、ノルトハルデ皇国に、のらりくらりと締結を先送りにされてきたのでしたわね?」

わたくしは、将来、辺境伯になるテオの妻として相応しい人間になるべく、今日までにこの国について学んだことを思い返しながら、お義父様に尋ねました。

──不可侵条約に関する問題。

そう。

これが、かの国との最大の問題点なのです。


「ああ、その通りだ。」と、即答なさったお義父に、わたくしは率直な疑問を投げかけました。

「我が国とは友好的なお付き合いができているように思うのですけれど、なぜ条約締結を渋ってきたのでしょう?」と。

お義父は、肩をすくめて「さてな。まあ、推測できることはあるが、あくまで推測だ。どんな思惑があるにせよ、不用意なことは言えんよ。」とおっしゃって、それから、眉をひそめ、「だが、かの国の軍事力は侮れん。そして、有事の際には、このブランシェール辺境伯領が真っ先に戦火に巻き込まれてしまう。テオとの結婚ひとつで条約締結が実現するのであれば、この国にとっても、領地にとっても、喜ばしいことではあるのだが──。」と、言葉を濁されたのです。

国や領地を想いながらも、お義父様は、わたくしのこともおもんぱかってくださっているのですわ。

本当に、お優しい方。

そんな方を国と家族の板挟みにさせてしまって、申し訳ないですけれど、わたくしもここで引くわけにはまいりません。

「そこなのですわ、お義父様。わたくしが違和感を覚えておりますのは。」

わたくしがそう続けると、リアンが「やっぱり、そうですよね。ずっと渋ってきたのに、今さら兄上との結婚という条件だけで、手のひらを返したように条約を結んでも良いと言ってきたのは、さすがに不自然です。」と言いながら、わたくしを見て、「──何か、別の思惑がある。姉上は、そうおっしゃりたいのですね?」と聞いてきたのです。

ね、本当に賢い子でしょう?


「ええ。その通りですわ、リアン。さすがですわね!」と言うと、リアンは「そんな──」と言いながら、はにかんだ笑顔を見せてくれましたの。

その可愛らしさと言ったら!

撫でまわしたい衝動を必死に押さえつつ、わたくしはお義父様とテオに視線を向けました。

どうやら、お二人とも本当は同じところに引っ掛かっていらしたようで、揃って、難しい顔で頷いていらっしゃいましたわ。

けれど、お義父様は「だが、何も証拠はない。少なくとも表面上は友好関係にある大国だ。裏がありそうだからと下手に断れば、両国の関係に亀裂が入りかねんのだ。」とおっしゃいましたの。


ごもっともなご意見ですわね。

そこで、わたくしは、「裏に思惑があることの証拠にはなり得ませんが、疑念の根拠なら。わたくしがこの話に疑念を抱いた理由は、二つございますの。」と言って、自分が違和感を覚えるに至った理由を、詳しくお伝えしたのです。


「現ノルトハルデ皇国皇帝には、上から順に皇子様が三人と皇女様が一人いらっしゃいますけれど、末娘のヘルミーネ皇女殿下を特に溺愛しているそうですわ。ですから、皇帝陛下が実はとんでもない親バカで、愛娘を好いた相手に嫁がせる見返りに、今まで散々渋っていた不可侵条約の締結を承諾した──と、考えられなくもないのですけれど、さすがに、それはないと思うのですわ。もし、条約締結を渋っていた理由が、お義父様のおっしゃる“推測”のとおり──“この国の肥沃な大地を奪うこと”にあるのだとしたら、それをあっさりと諦めるのは、やはり違和感があるのです。」


わたくしは再び、学んだことを思い返しました。

大陸の南東一帯、大陸のおよそ8分の3ほどを支配するヴァロワール王国は、その大半を肥沃な大地に覆われておりますの。

そして、東側には様々な鉱石の鉱脈を有する山脈が南北に連なり、南側には温暖で海産資源の豊富な海が広がっていて、自然からの恵みがとても豊かな土地なのです。


わたくしの話を聞いてニヤリとなさりながら、「ふむ。私の考えを言い当てるか。」とおっしゃるお義父様に、わたくしは涼しい顔で「辺境伯家の嫁として、この国と領地の為に、それなりに学んでまいりましたので。」と答えましたわ。

お義父様は、驚きながらも相好を崩されて、「女性の多くは歴史や政治に興味を持たぬものだが、素晴らしい心構えだ。」と褒めてくださいました。


それを聞いて、お義母様が「興味が無くて、悪うございましたわね!」と拗ねてしまわれて、お義父様はまたお義母様のご機嫌を取る羽目になっていらっしゃいましたけれど。

なんだかんだ言いつつ、仲がよろしくて、お可愛らしいご夫婦ですわね。


もちろん、わたくしのテオも、負けていませんでしたけれど。

すかさず、「さすが、俺のベラだ!」と言って、わたくしを愛しそうに見つめてきましたわ。

実家では褒められるどころか、濡れ衣を着せられて悪口を言われておりましたから、何だかくすぐったくなってしまって。

その視線に顔が火照るのを感じつつ、わたくしは誤魔化すように咳払いをして、話を続けましたわ。


「この国の南西に位置するわたくしの祖国、エルディア帝国は、豊かな土地はあれど、資源に乏しく。北のノルトハルデ皇国は、領土の北側、国土全体の3分の1は寒冷地帯で農地には適さず、第二次産業、特に鉱石を用いた製造業がメイン。それに必要な鉱石類の国内産出量は徐々に減っており、我が国を含む外国からの輸入が増えている。つまり、両国からすれば、この国は喉から手が出るほどに魅力的な土地。だからこそ、繰り返し戦争が行われてきた。」


一息にそう言うと、お義父様は「その通りだ。一昔前はこの地の占有を巡って大きな戦争が繰り広げられた。先々代のヴァロワール国王が戦争に勝利し、類まれなる政治手腕で統治権を国際的に認めさせたことで、ようやく戦争の時代に終止符が打たれたのだ。本当に、よく学んでいるな、イザベラ。」とおっしゃって、感心したように深く頷いてくださいましたの。

お義父様の好感度がさらにアップしたことを確信しましたわ。

頑張って学んだ甲斐がありましたわね。

うふふ。

わたくしはお義父様に軽くお礼を申し上げて、続けました。


「その歴史を鑑みるに、国の利益を阻害するであろう不可侵条約締結の約束と、テオと皇女殿下の婚姻が、それだけで同じ天秤に乗っているというのは、さすがに不可解だと思うのです。他にも条件があったなら、わたくしも疑うことはなかったのですが。」と。

「そういうことなのね。」と、お義母様が頷かれると、他のみなさまも一斉に、納得の表情を浮かべられたのです。

わたくしは更にダメ押しで、「それから、“ノルトハルデ皇国は秘密裏に、この国を奪う算段をしている”という噂を、先日参加したパーティーで小耳に挟んだところですの。それが事実であるならば、やはり今回の件、何か裏があるのではと思ってしまったのですわ。」と、添えましたの。


すると、今度はお義母様が、「まあ、そんなことが? 私は本当に政治には疎いから、社交界でもあまりそういったお話は聞かないのよね。イザベラ、あなた、やっぱり美人で賢くて自慢の嫁だわ!」と絶賛してくださって。

リアンも、首がもげそうなくらい、頷いていましたわね。

「もったいないお言葉ですわ──。」と謙遜しましたけれど、さすがにむず痒い気持ちになってしまいましたわ。

そんなわたくしを、テオはニコニコと見守っていて。

もう、この家族ときたら、本当にわたくしに甘いのだから──。


「と、とにかく、そういうことですわ。それから、もうひとつの理由なのですけれど──。」

わたくしは気恥ずかしさを誤魔化すように、「そもそも、皇女殿下がテオに一目惚れなさったと言うのは、本当なのでしょうか?」と、早口で続けました。

すると、テオが何やらショックを受けた様子で、「ベ、ベラ。それはどういう意味なのかな?」と、尋ねてきましたの。

これは絶対に勘違いしていますわね。

そう思ったわたくしは、慌てて、「あ、もちろん、テオは一目惚れされてしまうくらい、本当に素敵で素晴らしい殿方ですし、自慢の夫ですわよ?」と付け加えましたわ。

テオはあからさまにホッとして「君も、本当に素敵で素晴らしい妻だよ、ベラ!」と嬉しそうに言ってくれました。

大型犬が尻尾をブンブン振り回しているような喜びようで、思わず噴き出しそうになってしまって。

後で、ご褒美でもあげようかしらと思ってしまいましたわ。

あ、これは内緒ですわよ?


一方、お義父様もわたくしの言葉で、疑念が大きくなってきたようでしたわ。

「そう言われると、式典の際に、皇女殿下からテオドールに接触して来られた様子はなかったような──どうなんだ、テオドール?」と問われ、テオも「確かに、式典の初めにあいさつ申し上げただけで、その後は特に何も──。だから、どこでどう見初められたのかわからないというのが、正直なところなんだ。」と首を傾げました。

やはりと思いつつ、わたくしは以前聞いたことをお話ししたのですわ。


「これは以前、帝国のパーティーで聞いた話なのですけれど。皇女殿下の好みの男性は優男タイプだと、皇国の貴族のどなたかがおっしゃっていたように記憶しておりますの。テオももちろん素敵ですけれど、どちらかといえば精悍で男らしいタイプ。優男というのなら、寧ろリアンでしょう?」


そう続けると、テオが「そ、そうか。男らしいか。 俺はイザベラの好みに合っていると思っていいのか?」と、再び嬉しそうな様子で聞いてきましたの。

まったく、今はそんな話をしている場合ではなくってよ?

けれど、期待に満ちた目で見つめられてしまったので、「もちろんですわ。わたくしの夫はあなたしか考えられません。」と微笑みながら言って差し上げましたわ。


すると、テオは感極まった様子でわたくしを力いっぱい抱きしめ──ようとしたのですけれど、苦笑いを浮かべたリアンに止められていましたわ。

「兄上、姉上、仲が良いのはわかりましたから、イチャイチャなさるのはお二人だけの時にどうぞ。」と、呆れられながら。

お義父様とお義母様も、少し気恥ずかしそうに眼を泳がせていらっしゃるものですから、わたくしも恥ずかしくなってしまって、「もう! テオの所為ですわよ⁉」と、テオを軽く睨みながら責任を押し付けてやりましたわ。

「んんっ──。失礼いたしましたわ。話を戻しましょう。」と言いつつ、わたくしは何食わぬ顔で話を続けました。


「要するに、聞いていた話と、皇女殿下の男性の好みが違っているのが、不思議だったのですわ。好みって、そう簡単に変わるものではない気がいたしますの。」と。

「確かに。余程のことがない限り、変わらないもののような気がしますね。少なくとも、僕はそうだ。」と、リアンが賛同すると、他のみなさまも一様に頷かれましたわ。


そもそも、このお話を聞いたときに真っ先に思ったのは、「好みが違うのに、一目惚れなんて、本当かしら?」という疑念だったのです。

お義母様は、わたくしが側妻になってしまうことを心配してくださっていますけれど、わたくしにとって大切なのは地位ではなく、テオの愛がわたくしだけに向いているかどうか。

そして、それは微塵も疑いようのないことですもの。

皇女殿下といえど、「恐るるに足りず」なのですわ。

うふふ。


さて、色々と説明が長くなってしまいましたけれど、話をまとめますとね。

愛娘の婚姻と引き換えに豊かなこの国をあっさり諦めるということにも、一目惚れしたというところにも、違和感を覚えた、ということなのですわ。

みなさまも、この縁談、何か裏があるのではと思われたでしょう?


まあ、もし、皇国がわたくしのテオをダシにして利を得ようと画策しているのだとしたら──。

相手が皇女殿下だろうと、大国だろうと、ただでは済ませませんけれど、ね?

うふふ──。



◇◇◇



……さて、長々と話してまいりましたけれど、ここまでは序盤ですの。

話はまだまだ続きますわ。

ですから、この辺りで一旦、お茶を入れ直してまいりましょう。

続きは、その後でたっぷりと。

楽しみにお待ちになってくださいませね?


(第2話に続きますわ)

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