2. 勇者が去って

「なんとか、倒せたわね……!」

「ああ、これで、世界は救われる……!」


 二人が励まし合うように笑い合うのを、拙者は柱の上で眺めていた。

 さすがに大盾の男は跡形もなく消し飛んでいたが、精密な魔力操作により、家具にはほとんど傷が付いていない。


 それに対し、勇者とやらご一行は何も気づく気配がなかった。その挙げ句、帰ろうとしている。

 ただ、拙者が思うに人間は、とても鈍感だ。肉体の鼓動は止まっているのでとどめを刺した気で居るのかもしれないが、凄く微細な魔力的鼓動は止まっていない。


 以前、ご主人がぼやくように言ったのだが「玉座のクッションの下に隠された小さな宝石が砦」だそうだ。分裂させた命の一つが潰されたくらいでは、動じまい。

 無駄死にしても無駄なので、ただの猫らしく拙者は息を潜めていた。魔力も持たない普通の猫一匹で勇者を追い返すことは出来ないし、姿を現さなくてもペットでしかない拙者をご主人は責めるはずもない。


 ご主人は、人間に殺された。魔王だから、らしい。魔王という言葉は悪い存在という意味だとは聞いているが、ご主人は悪いことをしたことがない。拙者の見てきたご主人は極めて温厚で、優しい方だ。

 ただ、恩情の深い方だから大切な仲間を殺されたときの怒り方は激しい。忠実な部下達が何人も殺されて、報復する姿は飽きるほど見た。……言い方は悪いが、本当に飽きてしまう。よくもまぁ、人間は飽きずにちょっかいを出すものだ。


 それでも、ご主人は虐殺を好んでいたわけではなかった。だから、毎回、作戦を立てるときは「いかに加害せずに諦めさせるか」を考えていた。なのに、人間どもは優しさも知らずに、ついにご主人を殺した。


 残念ながら拙者は怒りと言う感情を理解することは出来ない。今だって、ご主人が殺されようと平然としている。誰が死のうと怒りという感情は生まれない。

 狩りの時や殺されそうになった時には威嚇をするが、別にアレは怒りと違う。ご主人や人間の怒りと違って、拙者は執着しない。生き延びれるなら、それでいい。


 ただ、感情を理解できない拙者でさえも人間が馬鹿なことだけは分かった。拙者が愛玩用の普通の猫だとしても、だ。


「帰ったら国王様にもてはやされるんだろうね」

「宴だ、宴だ!」

「あんたはどうせ、女目当てなんでしょう?」

「そりゃあそうだ! この一年で五百人は抱きたいな!」

「このスケベ!」


 たわいもない会話をしながら玉座から居なくなった人間どもを見届けてから、拙者は音を立てずに玉座へ近づく。


 油断していたのもあろうが、魔物でもない拙者に人間たちは気づかなかった。玉座の椅子のクッションに飛び乗ると、クッションの下からささやきが聞こえる。


「おー、よしよし。偉いぞ、ミタマ。身体がないから撫でられなくてごめんなー」


 ご主人の気が緩んだ声に拙者は少し安心する。身体だけであろうと死ぬのは痛かっただろうに。ストレスが拙者で癒えたようで何よりだ。


「ミタマ、クッションを外してくれ。そして、首輪を近づけてくれ」


 賢い拙者はささやきに従ってクッションを外す。すると、クッションと一緒に一つの宝石が転がった。拙者は、すぐに宝石へ近寄って首を寄せる。


 すると、首輪に付いていた鈴が輝いた。そして、動いていないのにチリンと音を立てる。その後、少しだけ大きな声で鈴が喋り出した。


「今の魔力では、こうして話しているだけでも私は消滅してしまうだろう。だから、最後の仕掛けとしてミタマに魂が保管できる魔道具を付けていたんだ。いやぁ、助かったよ」


 そう言いながら、ご主人はため息をつく。


「悔しいが、人間どもは愚かすぎて話にならなかった。魔力で創られているこの世界で、魔力の塊である私を殺せば、魔力が暴走して危なかったのに。大魔法を使わずに、魔力を分散させて良かったよ」


 ご主人はそう言いつつ、静かに言う。


「だが、これじゃあ、私のために死んだ部下たちが報われん。人間より強い魔力を持つだけで種族的にはさほど変わらんのに、何故、人間どもは……。あそこまで排他的だとは思ってなかった」


 ご主人の声は「哀れんでいる」時の声だった。他の猫よりは知識的に感情を理解しているので、ご主人の気持ちはなんとなく推察できた。勿論、知識的なので拙者が人間を哀れむことはないのだが。


「仕方ないから、少しの間、私は表舞台を去ってやろうじゃないか。美味しいモノが食えなくなるのは残念だが、こうして魂さえ残っていれば同胞とも話せるし、問題は無かろう」


 そう呟くご主人は凄く悲しそうだった。その気持ちがなんとなく分かるので、拙者は「にゃー」とだけ鳴いておく。残念ながら、言葉は通じないのだが、ご主人は満足そうに「ふふふ」と笑った。


 ご主人は食事が大好きだった。たまに料理を分けてくれるが、ご主人の食べるものは猫が食べても美味しいくらいに素晴らしいモノだった。いつも食べるネズミの肉とかじゃあ、満足できなくなりそうなくらいだ。


 ……そうか、ご主人が死んだことになると言うことは、簡単には美味しいご飯にありつけなくなるのか。料理人さんとか生きていれば良いけど。


「ミタマ、旅に出よう。残った魔力を使って、世界を安定させて、同胞が生き延びるすべを考えよう」


 思いを振り切ったように明るくご主人様はそう告げる。


「このまま魂を保管していてもどうしようもない。まずは同胞のところに行こうじゃないか。きっと、あの人間たちのことだから、我ら魔人を迫害するだろうが、狩り尽くされる前に何とかしよう。魔人が減り続けるほどに世界は不安定になるが、最悪は避けたい」


 何処までも優しいご主人に同調するように、拙者は「にゃー」と鳴く。すると、ご主人は笑った。


「はは……本当、猫にしてはわかりが良い子だ。人間は憎いけども、人間以外の生物のためにも私がしっかりしなきゃね」


 ご主人の優しい声を聞きながら拙者は静かに歩き出す。ご主人の遺志を壊さないように、そして、広めるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】魔王の猫 高天ガ原 @amakat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画