第6話 老人

「ねぇホントにこんなに少なくていいの?荷物」


 昨日買ってきたヘルメットをずっとつけている太陽が荷物をまとめている最中に聞いてきた


「ん?あぁ。バイクにはあまり詰め込めないだろうし、それに金はある。太陽もそのくらいでいいのか? あの服まだ着れるだろう?」


 太陽が唯一持って行くものは、なにかのキャラクターのキーホルダーだ。もったいないが、同族殺しの服は処分するらしい


「うん。これだけでいい」


「それはなんのキャラクターなんだ? へんな生き物だな」


「僕も分からないんだよね。もらったものだから。でもかわいくない? この顔」


 そう言って我にキーホルダーを見せつける。今はこれが流行っているのか? かわいいか? これが


「ま、荷物は少ないことに越したことはない。新しい旅にはなにも知らないほうが心地いい。もう済んだのならば出発しよう」


「押忍!」


 二人で少ない荷物を持ちながら、下の車庫に降りていく。


 荷物をウラルに乗せ、ヘルメットを被り出発する。


「どうだ? 昨日はヘルメットがデカくて見えなかったんじゃないか? 美しいだろう?」


「昨日も普通に見えてたよ! でも夜と朝じゃ雰囲気が違うね。で、どこに行くの?」


 確かにまだ言っていなかったな。さぁ、壮大な我の理想を語る時が来た。


「ふっ、道などない。我は完璧な血を求めている。人、犬、鳥、魚。この世の生きとし生けるものすべての血を集めて一度に飲む。これが我の人生が迎える到達点だ。ゆえにいまから田舎を手当たり次第に回る。そしてそこで自然の中から自らの手で見つけた血をいただく。どうだ! 壮大でかつ、素晴らしい考えだろう!」


 しかし、こんな究極の理想を聞いた太陽の顔はなぜか呆れるように引きずっていた。


「なんだその顔は!文句でもあるのか!」


「いや、文句はないけどさ。ものにもよるけどそれって結構効率悪いんじゃないかな。今はネットもあるし」


「ねっと? なんだそれは我はすでに捕まえられ、家畜家されているものなぞに興味はないぞ!」


「えぇ~そんなとこにもこだわり持ってるのか? 同じ生き物なんだから血なんて変わらないだろう? 動物園にでもいるよたぶん。探してる動物」


 プッツン。


「おい、太陽。我は考えが変わったようだ。それも強固に」


「おっ、やっぱり気づいたか〜。な〜言っただろう?」


「貴様を次のコンビニでおろして、我ひとりで探す。そのあとは知らん!」


「うぇー!なんでだよ! 別に間違ったこと言ってないだろう! ちょっともう、わかったから文句言わないから! でも、ホントに闇雲に探すのは得策じゃないよ! 時間かけすぎて絶滅しちゃうかもしれないでしょ? ね?」


 ふむ。一理ある。現に我は長い収集の旅の中で環境の変化によりいつのまにか絶滅してしまった生物も少なくない。


「仕方がない。そのねっととやらはどこで入手する? 網のことではないのだろう?」


「ネットカフェとか図書館とかかな? 他にもたくさんあると思うけど、ホントに何も知らないの? ここまでどうやって暮らしてきたらネットを知らずに生きられるのさ」


「いや。やっぱり貴様を置いていく。今、ここで。そこらへんの虫とでも仲良く暮らせ」


 今が食事中ならば、太陽の分の飯もすべて平らげていただろう。


「そりゃないよ! なんだよ別にそこまで悪口いってないだろう!」


「うっさいわ! そもそも貴様が行きたいといったからここまで連れてきてるわけだぞ! 我はねっとは知らんが、そんなことを言う貴様も料理の一つも分からんだろう!」


「しょうがないだろう!教えてもらってないんだから!」


「じゃあ我も知らん。教えてもらってないもーん」


 どうだ、自分に言った言葉は言い返せないだろう。ふん、我に勝とうなど浅はかだったな青二才が。


「ミハイル。流石にその歳で、もんはきついぞ」


 ガキが。あぁいいさ。我は太陽が一番嫌がる事を知っている。

 

 無視だ。ここからひとっことも喋らない。


「おいおい。どうしたんだよ。ごめん、ごめん。え? 待って、ホントに置いていく気? ヤダヤダヤダついていく絶対離れないからな。もうこのバイクは僕のだ! 降りないからな!」


 駐車場にバイクを止める。


「な、なぁ…悪かったって」


「早く降りろ」


「絶対にやだ!」


 いつまで駄々をこねているんだ。というか、喋ってしまったじゃないか。

 おそらく太陽は気づいていないようなので、ヘルメットを外しながら建物へ指をさす。


「何を勘違いしている。貴様は図書館にねっとがあると言っただろう?ほら着いたから、早く探しに行くぞ」


 それを聞いて安心したのか、すぐさまヘルメットを取り、我を追い越し、前を歩く

 本当にこんな子供がなぜ我のようなものと一緒にいるのだろうな。考えても仕方がない。太陽が満足するまで付き合ってやろう


「で、ねっととやらはどこだ?どのくらいの費用だ?」


「うーん。たぶん無料だよ。図書館だし。ほらあそこにパソコンあるよ」


 そういって太陽はパソコンの前に行った。ねっとはパソコンで使うのか。電話はなんとか覚えられたが、我はパソコンは忌避し続けてきたから気が引けるな。


「ほら。これこれ知らない?検索するやつ」


 なんとなく見覚えがある。京平などがやっていたから何度か触らせてくれたが、意味までは教えてくれなかったな。


「あぁ見たことはある。インターネットというものだろう。しかし、使ったことはない。何人かの人間の友人は何度か触れさせてくれたがやりかたが分からずに結局何もせず返していたな。いや、最初の画面に映っていたニュースは見た気がする」


「じゃあ、あとは簡単だね。ミハイルが見たことのあるニュースとかをこれで探すことができるんだ。ローマ字って分かる?」


「いや、わからない。何の文字だ。前々からあるものなら見せてくれればわかるかもしれない。見せてくれ」


 太陽が得意げに板に書かれているアルファベットを打つ。打たれる度、日本語に変わるのを見て思い出した。


「あぁ! あれか確かにまだ使われていたな! 駅や店などにも書かれていたがあれをローマ字というのか! それならできる」


 うぇ~という含みのある声を我を見ながら太陽が溢す。明らなしかめっ面だ。


「あ、いやでもまだ我パソコンはほぼ使ったことがないから詳しい太陽を頼りたいな〜…」


「ふん!仕方がないな!じゃあ代わりに検索してあげよう!」


 流石子供、ありがたい。もし効果音がでるのならむふぅ、という音が出そうだ。


「で、なに調べたいの? 熊とか?」


「ほとんどの熊にはすでに血をいただいている。我が今必要な血はほとんどが限られた地域にあるというよりは、全国に分布しているようなものだ」


「じゃあ簡単じゃん。どこでもいるんだろ? 探しているやつ」


 はぁわかっていない。範囲が広いということの厄介さが。


「確かに生息域が広ければ母数は増えるだろう。しかし、その分ある地域に集中している種よりも比べ探しにくくなる。それに、その種が多くいるということはそれを餌とする天敵も多くなっていると考えるのが筋だろう」


「面倒くさいな。うーんま、とりあえず調べてみようよ。何の動物探してるの?」


「まずは、ニホンザルだな。全国で見られると言われているが未だ動物園でしか見たことがない。群れを見つけることさえできれば簡単なのだがな」


「猿? 猿ならあそこはどう? 長野の温泉があるところ! 猿がたまに入りに来るらしいし見つけやすいかも」


 ふむ。温泉か、確かに日本の物語には時折猿が温泉に入ってることがある。それほどまでに人に慣れているのだろうか。


「それはいいな。それでいこう」


 また太陽はむふっとした得意げな顔で我を見る


「やっぱり僕がいてよかったでしょ?」


「あぁそうだな。助かった。今後も頼む。では長野まで行こう」


 我のあとを太陽がついくる。子供というものは面倒でもあり、良いものでもあるようだ。

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