第5話 人間に

 太陽と出会い、住むようになってからもう3週間ほどだ。今日でやっと仕事を辞めることができる。ある意味喜ばしいことだが、一方でそれは太陽をどこかで保護してもらう手配をしなければならないことだ。

 仕事辞めたあとの最初の作業は子供をどうにかしてもらうことになりそうだ。


「ミハイルそんな顔してどうしたんだ?ご飯めっちゃおいしいけど」


「あぁ、すまない考え事をしていた。おっとこんな時間だ。もう行かなくては」


 荷物を持ち、玄関に急ぐ。


「今日は早いな〜いってらっしゃ~い」


 朝食を食べながら腑抜けた声で我を見送る太陽を見る。今日こそ今後どうするか話し合おう


「太陽、今日大事な話がある。逃げるんじゃないぞ」


「…わかった」


 太陽もなんとなく察したのか先程までの明るさがない。


 ○○○


 ここは、一番近くの児童養護施設というところだ。仕事までまだ時間がある。少し怪しまれるかもしれんが、すこし様子を見てみよう。

 あまり良く見えないが、パット見だと10人いくか、いかないぐらいか? 以前と比べ少ないな。国が違うからか? 食事はあまり変わらぬな。兄弟の多い普通の家族のように見える。

 

 よし、声は聞こえぬが、しっかりと話しているし、笑顔も見えた。ここならば安心かもしれない。

 

「ねぇあそこの人なにしてるの?」

「通報したほうがいいのかしら?」


 まずい、つい見入ってしまってしまって怪しまれてしまった。これ以上は危うい、急いで仕事に行こう。成果はあった。


 ○○○


「ミハイルさんご退職おめでとうございます!これまでとてもお世話になりました!」


 パチパチパチ


 京平が代表として大きめの花束を渡してきた。こんなに大きいと置く場所に困るな。いや、あの家にはもう置けないか。


「いや~ホントにミハイルさんがいなくなるとさみしいですよ。ここに働いている人のほとんどがミハイルさんが育てたもんですよ」


 我のために皆が京平に同調してくれる。彼らの死に目に会える可能性がなくなるのが残念だ。


「私も多くのことを学ばせてもらいました。皆さんと過ごした時間は私にとってとても貴重な体験でした。これまでありがとうございました」


 パチパチと祝福しながら最後の仕事を終える。皆とそれぞれ、お別れの挨拶をして家へ向かう。終えてみると短かったように感じるな。さて、家に帰ったらもう一仕事だ。


 ○○○


「ただいま。すぐに飯を作ろう」


「おぉ~おかえり~遅かったなな〜」


 我が料理器具を棚から取り出す最中に太陽が真後ろにたって下を向いていた。


「なぁ朝言ってた大事な話ってなんだ」


「せっかちだな。まぁなんだ、その話は食事の後にしよう。だから安心しろ。いきなり追い出したりしない」


 そういいながら頭を撫でてもあまり浮かない顔は消せなかった。


 モグモグ


 結局あまり良い雰囲気の食事にさせてやれなかったな。仕方ないがとても静かだ。


「ごちそうさま」


「相変わらず早いな。我が食べ終わるまでココアやアイスでも食べていると良い」


「いらない。待ってる」


「そうか…」


 うーむ。言いづらい。もうすぐ食べ終わるが、つい口を閉ざしてしまいそうだ。しかし、いつかはしなければならないことだ。我と一緒にいるよりも同じ人間と暮らした方がマシなはずだ。


「で、太陽、朝言っていた大事な話というのはな」


「うん…」


「我は出会ったときも言ったようにこの家を出ていかなくてはならない。そして、二度と戻らない。我にとってはやっとという気持ちだ。しかし、太陽が以前教会に帰りたくはないと言っていたことが一つ心残りなのだ。だからといってそのまま家を契約し続けるというわけにもいかない。だから…太陽を児童養護施設に預けたいと思っている。確かに馴染めるか心配かもしれぬが、見たところ和気あいあいと…」


「待って…僕も言いたいことがある」


 右手を我に向けながら下を向いて絞り出すような声を出す。


「僕も連れて行ってくれない…?」


 予想外だ。そんなことは考えていなかった。だが、悪い傾向だ。我に心を許しすぎている。連れて行くことは出来ない。


「駄目だ。我はこのあと様々なところに旅に出る。そこでも世話ができるとは限らん。それに太陽も我なんかよりも人と…」


「お願い! 荷物だって持つし、僕が遅かったら置いていっていい! 僕が邪魔だったら端っこにでもいるから…お願い一緒に居させてよ」


 これ以上は駄目だ。駄目に決まっている。我は、我は生涯をかけて理想を追い求めて来た。ここまでにどれだけ苦労したと思う。我はヴァンパイアだ。人とは分かり合えぬはずだ。


「我の旅は血を求める旅だ。その意味が貴様ならわかるであろう。我はヴァンパイアだ」


 出来るだけ、目をしっかり見るようにした。我の存在、我の生きる意味おそらく10分の1も感じ取れぬだろうが、それでもいい。我を拒絶し距離を置け。人は人と、人だからこそ生きていける道があるのだから。


 驚愕の表情を浮かべる太陽は、大きく息を吸い、立ち上がる。


「じゃあ! 僕がそんなことをさせない! 僕がミハイルが人を襲わないように見張る! 絶対に! だから連れて行け!」


 わけがわからない。意味がわからない。同じ言語なのか? 太陽の意味不明な発言に呆気にとられる。


「何を馬鹿なことを言っているんだ。そんなことするなら尚更連れて行くわけないだろう。アホガキ。本当に分かっているのか? もう1回言うぞ。我はヴァンパイア。人も動物も血を吸う。貴様の両親の仇。貴様は絶対に我に敵わない。もしかしたら貴様の血も飲むかもしれない」


「だからなんだ! 僕はミハイルに感謝してる。だから、ミハイルはただのヴァンパイアじゃない!それにもし、人を噛もうとするなら僕が噛まれる!」


 ここまで来ると笑ってきてしまう。腑抜けた心が馬鹿なことを許そうとしている。


「我を見張って、我の邪魔をしようとするやつと一緒に居続けろと? 我はマゾヒストかなにかか?」


「ま、まぞ? よく分からんがそれだ! ミハイルはそれだ! だから僕が一緒にいる。ミハイルを人間にさせてやる!」 


 その一言で懐かしい思い出が蘇る


 ―あなた、人間がそんなに羨ましいの? 物好きね。あっそうだ! そんなに羨ましいのなら私があなたを人間にさせてあげる。ね?いい考えでしょ!―




「ふっあはははははは! それは困った! 我はマゾヒストで貴様に人間にさせてもらえるのか。いい考えだな。あ~もう。なんなんだ貴様は、こんなに我が真面目に話しているというのに」


「なんだとはなんだ! 僕だって必死だ! で、どうするんだよ。僕を連れて行くのか行かないのか!」


 あぁもう駄目だ。この頭はもう馬鹿になってしまったらしい。ここにいる馬鹿は太陽だけじゃなかったようだ。


「さぁね。どっちがいい?太陽は?」


「はぁ? さっきから言っているだろ! 僕を連れて行っ…」


 太陽を遮るように机の上に鍵を置く。


「な、なにこれ」


「それを持って下の車庫で待っていろ。今からヘルメットを買いに行こう」


「ヘルメット? え!まさかあれに乗れるのか! ということはまだ一緒にいていいのか!」


 期待にキラキラした目を向けるている太陽は名のごとく輝いていた。


「最終確認だ。太陽、我は血を飲む。これは我の理想のためだ。太陽がどんなに止めようとそれは揺るぎない。それでも我と一緒にいるのか?」


「心配性だな〜僕も色々考えたんだ。僕が嫌いなのは人を襲うヴァンパイアで、ミハイルは嫌いじゃない。僕は吸血鬼ハンターだけどミハイルは見逃してやる!」


「ふっ見逃してもらえるのか。それはよかった。だがやっぱりその名前はダサいぞ」


「う、うるさいぞ! かっこいい!かっこいいだ!」


「あぁ~わかったわかった。吸血鬼狩人も悪くないと思うんだがな」


 宿代もこれからは2倍掛かっていくのだろうな。まぁいいだろう。最期の思い出には悪くない。

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