第5話 データキャラに片足突っ込んでる

 さぁて、計算しようじゃないか。

 俺は……実はデータキャラだったのだ!


 と、いうのは流石に嘘として。

 ここで『シナスタジア・オンライン』の実戦ではあまり使わない与太話を一つ。

 モンスターには体力と別でスタミナが設定されていて、これを削り切ると一定時間スタンするのだ。

 

 確か大型フィールドモンスターのスタミナ基本値は一部の特例を除いて20。そこにレベルを掛けて800。なので、スタミナへのダメージを800与えればスタンする。

 スタミナへのダメージは、打撃属性の攻撃だとHPダメージの0.2倍。

 よって4000ダメージを与えればスタンする、という訳だ。


 俺の筋力740を良い感じにホニャララして攻撃力を算出、あと記憶の底から【運頼みの一撃】の上位スキル【運命穿ち】使用時のクリティカル確率をヨサコイ、記憶の底の底からフロストワイバーンの防御力をスットコドッコイ────


 オーケー、期待値ざっくり十二発殴ればスタンするな。後はドヤ顔しとけば師匠がトドメを刺してくれるでしょう、知らんけど!


 ……スタミナダメージの計算を実戦で使わない理由? ああ、強いボスは大抵スタミナの概念が無いからだよ。

 そのせいでスタミナダメージ特化の打撃武器は不遇なのさ。


 ちなみに。この間わずか0.5秒くらいの思考である。

 凄いねこの世界、多分前世の十倍速くらいで計算できる!


「さぁ、始めようぜワイバーン。俺も空中戦は慣れてんだ」


 目標は空飛ぶフロストワイバーン。その白い翼に風穴開けてやんよと意気込み、俺はおっちゃんの刺さる樹氷へと駆け出した。

 やはり、驚くほど身体が軽い。昔、コントローラーを握って動かしていた主人公ソテイラと同じように身体が動く。


 タン、と雪を蹴って跳び上がり、数メートル上空へ。

 目の前にはおっちゃんの足。何で突き刺さってるんだこの人。

 

「ハローおっちゃん、助けに来たぜ。手荒になるが許してくれよ、なッ!」


「ああもう死ぬんだ私はここでワイバーンに食われて死ぬんだ幻聴まで聞こえてき……え、あ、ちょ、ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 おっちゃんの上の氷を蹴り飛ばし、落下しながら襟を掴んで師匠の方へキャッチ・アンド・リリース。恐らく罪のない市民はこれで救われた。


 ワイバーンが金切り声に近い咆哮を上げる。

 おいおい、気にも留めていなかった人間に餌を取られたのが余程悔しかったか?

 吠えなくても戦ってやるよ、ワイバーンの肉と言えば確か高級食材扱いだったよな、数年間マトモな飯を食ってなくて腹減ってんだ。俺はよお、生臭い狼肉にゃ飽き飽きしてんだよ!


 落下しながら樹氷を足蹴に、隣の樹氷へジャンプ。

 出っ張りに手を引っ掛け、回転しながら空へと跳躍ジャンプ


 ワイバーンよこっちら、手の鳴る方へ────ハッ、本当に来やがった。


 大口を開けてワイバーンが迫る。

 五メートル、二メートル、一メートル……ここ! 


「景気良く叫んでやる、【運命穿ち】ィ!」


 ワイバーンの口が閉まりかける途中、口内へ向かって思いっきり下向きに殴り付け、反動で上に飛び上がる。飛行距離、実に上空三メートル。

 これは元の『シナスタジア・オンライン』でも使えた小技で、空中で一部の物理スキルを使うと反動で弾き飛ばされる。

 よって。ワイバーンの様に空中で突っ込んでくる相手なら、テンポ良く殴って空中戦が出来るって寸法よ。RTAリアルタイムアタックで稀に使われる技だな。

 

 下から上、鋭角にワイバーンが突っ込んでくる。カモめ。

 殴り飛ばして1HIT、落下しながら2,3HIT。

 今度は上から下に突っ込んできたが、俺のやる事は変わらない。

 適当に掴んで位置調整、殴って上へ、そして殴りながら下へ。その繰り返し。

 本来気が遠くなるような精密動作の戦いだが、なんてこった、


 何よりも、だ。


「遅いんだよワイバーン、師匠の槍と比べたら……止まって見えるぜ。12HIT!」


 最後、俺へ平行に突っ込んでくるワイバーンを正面から殴り、共に落ちる。

 いやあ清々しい。落下ダメージについて考えてなかった己の頭がね。

 あまりにも哀れだ。

 上空十数メートルから落下する。下が雪とは言え、これ、痛いだろうなあ。

 やだなあ。


 拳を固く握り、ぎゅっと目を瞑る。


 ……。


 ……ッ。


 ……ん? なんだ、今ので終わりか。


「良い戦いだったわ、褒めてあげる。……私が師匠になる必要なんて無さそうね」


「どうして拗ねてるんですかーラト師匠? カッコよく弟子を助けたかったとか?」


「……悪い?」


「イイエマッタク。俺一人じゃ時間掛かってたし、何よりトチっても師匠が居るって安心感が、ね? だから大丈夫ですよ、元気出してくださいって」


 目を開けた俺を待っていたのは、美しい蒼の双眸だった。

 いいよね、お姫様抱っこ。オタクとしてはする方よりされる方に憧れる訳で、今こうして実際されてみると、一周回って涙腺に来るね。

 ……ラトって、本当に森のような匂いがするんだな。設定資料集Part4コラム、キャラクターの魔力の香りで書かれていた通りだ。

 自分じゃ自分の魔力の匂いは分からないけど、これで俺がナマコと雑巾の中間の匂いとかだったら嫌だな。その時はソロで世界を救って、余生は引きこもろう。


「とりま下ろしてください……っと。ラト師匠、ありがとうございます」


 師匠の手を離れ立ち上がり、ふとワイバーンを見ると、無惨にも星雲の槍が突き刺さり生命とグッバイしていた。師匠に投げたのは俺なんだが、しかしまあ、オーバーキルにも程がある。

 ダメージ的にはワイバーンが三体吹き飛んでも余りあるんじゃないか。

 

 もう一人、気にすべき人が居るんだったな。

 辺りを軽く見回すと、慌てふためくおっちゃんの影を発見。


「や。災難だったな、これで懲りたら樹氷地帯は通らない方が良い。理由は知らないけど、樹氷がある場所はフロストワイバーンの縄張りなんだ」


「……神様!!!」


「違うよ? 辞めてくれ、他人を騙し神と呼ばせたら犯罪になる」


「……すみません。ですが貴方達は命の恩人です、私に出来ることであれば何か!なんなりとお申し付けください……!」


 暖かそうな防寒マントに身を包んだふくよかなおっちゃんは、俺の手を取ってブンブンと振りながら、少しずつ腰が低くなっていく。

 いつの間にか、横転したアザランと荷台も元通りだ。

 ラト師匠、気が利くねえ。


「お申し付け……と、言われてもな。生憎欲しいものはあんまりないし、貰えるなら数日分の宿代と食費だけ頂こう」


「了解しました、勿論ですとも。そちらの……フードの方は?」


 ラト師匠はボロ布の纏い方を変え、頭から布を被って角を隠している。

 俺は良く忘れそうになるが、魔族の角は隠さなきゃ不味いんだ。


「……別に。……プレフィス、何とかして」


 師匠はとことこと歩いて俺の後ろへ隠れ、商人から姿を隠そうとする。

 ああ、そうか。

 悪意のない人間は怖いのか。

 相手に悪意があれば殴り返せば済む話、それは人間社会でも通用するルールだが……悪意のない人間は、純粋に魔族を恐れる。

 

 特に人間を殺さず、人間を嫌わず、ただ人里から離れて暮らすラト師匠にとっては、恐怖される事が何よりも怖いのかもしれない。

 普通に生きる自らは、本来、恐怖の対象ではないのだから。

 どのサブストーリーでも語られていない。設定資料集にも書かれていない。そんな秘密を、隠されていた感情を、少しだけ垣間見た気がする。


「あー、彼女は何も要らないらしい。そんな訳で、金だけ貰ってすぐ行くよ。貸し借りはナシだ、そっちも気を付けてな、おっちゃん」


「分かりました。……そうだ! 貴方達のお名前を教えて頂けませんか?」


 荷台を漁り、硬貨の詰まった革袋を取り出したおっちゃんは、俺達へ向かって問いかける。嬉しいな、こりゃ千載一遇のチャンスだ。


 人生で一度は言ってみたいセリフランキング、六位くらい。


「別に、名乗るほどのモンじゃない。至って普通の────だよ」


 救世主ならざる、世界を救う者。

 英雄のように歴史へ名を刻む訳ではなく、ただ無名の勇気ある誰か。

 世界へ唐突に現れて、使命を背負うプレイヤー。


 そして、この後何体かの魔王を討伐する者。

 ……手段は問わない。懐柔もアリとする。


 『シナスタジア・オンライン』の主人公へ与えられる称号は勇者じゃないので、ここは堂々と名乗ってやろうと思う。


 俺は世界を救う者、である。

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2025年12月30日 20:02

【ラスボス全員口説くまで終われない異世界転生】本編開始100年前に転生した。愛すべき主人公の為、今のうちに世界滅亡フラグを壊してあげよう。 不明夜 @fumeiyo

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