チャージャーマン

餅麦米粉

1 異常気象





––ぱらっ––ぱらぱららっ–––




「うわぁ、タイミング悪いなぁ」

「もしかして結城ちゃん傘忘れた?なら加恋と相合傘しよ♡」

「結構です」


相合傘のお誘いをきっぱり断る。

急に降り出してきた雨に、神代結城かみしろゆうき(女)は、思わず顔をしかめた。

今から帰るところだったのに、なんてタイミングなのだろうか。

さっきまで、雲ひとつない晴天だったというのに。いつのまにか真っ青だった空はどんよりとした雲に覆われている。

同じく下校しようとしていた生徒たちは、「また雨だねぇ」と当たり前のように傘を差し始めた。

結城もリュックサックのサイドポケットに突っ込んでいたグレーの折りたたみ傘を手に持つ。

「ちぇー、結城ちゃんと相合傘したかったのになぁ」

「ははは」

肩がくっつくくらいの距離でぶうぶうと文句を言うのは、中学校からの親友の愛沢加恋あいざわかれんだ。ふわふわした長い亜麻色の髪の毛が特徴的。一言で言うと、結城大好き女子である。

加恋はピンク色の傘にふりっふりのフリルがついた傘を広げた。結城はもうから笑いするしかない。こんなド派手で可愛すぎる傘に相合傘なんて、濡れた方がマシだ。

別に可愛いものが嫌いなわけではないが、結城はボーイッシュな性格のため、あまりそういう可愛らしいものに興味がないのだ。どちらかといえばバンドやロックなど、かっこいいものが好みである。

結城も傘を差し、加恋とともに昇降口を出る。

結城たちが通っているのは田舎の高校なので、学校門中を通れば田舎の光景が広がっている。都会のような大きなビルやおしゃれな店はなく、田んぼと乾いた道、それから家がぽつぽつと建っているくらいの面白くない町だ。

結城はずっとこの地で育っているが、加恋は違う。ここから離れた都会からわざわざ電車通学で登校しているのだ。先ほどのようなピンク色の可愛い傘など、田舎では到底手に入らないような物を持っている。

加恋は髪をいじくり回しながら、空を見上げた。

「最近、急に雨降ること多いよねー。ま、結城ちゃんの雨のしたたる姿が見られるからいいけど」

「あー、はいはい」

結城は適当に流す。

…でも、確かに加恋の言う通りだ。


ここ最近、雨が急に降りだすようになった。


天気予報はもはやアテにならない。

外で体育をしている時間にも、晴天だった空はいつの間にか曇って、雨が降る。この現象を、人々は「異常気象」と呼んでいる。

現在7月。本来は少しずつ暑くなっていくが、結城たちそれを感じない。なぜなら、寒いからだ。

雨が降ると、さっきまでの蒸し暑い空気は消え、どんどん冷え込んでくる。この前7°を観測したらしい。夏でも防寒着が必須で、今も加恋がコートを着用している。

だが雨が降っていないときはとても暑い。最高気温で43°だ。溶けてしまいそうなほど暑く、もう外に出られない。そんな日はリモート授業になることも多い。暑いから。今年の夏休みは校長曰く、多くとる予定だそうだ。


「ねえ結城ちゃん。この噂、知ってる?

––この世界が異常になってしまったのは、神さまの信仰の薄れにある、っていう噂」

「…神さま?」

「あれ、厨二病の結城ちゃんならもっと食いつくと思ってたんだけどなぁ」

「厨二病じゃない」

「隠さなくていいんだよ、加恋もう結城ちゃんの厨二病のお部屋入ったし」

「もう部屋片付けたし!」


嘘だ。部屋は片付けていない。

結城は完璧な厨二病である。中二時代は、本当にやばかった。もう話せないくらい、というか思い出したくないくらい、本当に、やばい。

高一になって厨二病はなくなったかと思いきや、ひっそりと健在している。中二より全然マシだが、それでも厨二病だ。

ねえねえねえとしつこい加恋を制裁して、ごほんと咳払いする。

「で、その噂がなんだって?」

話題を変えられた。不満に思う加恋だったが、結城なので別に気にしない。

「ほんと、一部の人たちが信じてる噂なんだけどね。みんな神さまをほったらかしにしてるから神さまが怒ってこんな世界になったんだ!って」

宗教の人たちが流したうわさだろうか。

どちらにせよ結城は信じなかった。

確かに神話や神好きだ。だが、さすがに本当に神さまがいるとは思っていない。

と、加恋のスマホがぽろんと鳴る。

「なんかきてるよ?」

「えぇー、結城ちゃんと話してたいから後でいい」

「そういう問題じゃないから。緊急とかだったらどーすんの!」

加恋はしぶしぶスマホを見る。どうや、やら、母親からメッセージがきたようだ。さっと目を通すと、「え!」と加恋が声を上げる。

「なんかこの辺、不審者出たんだって!」

「まじで!?」

不審者、という言葉に、冷静な結城でささえも動揺を隠せない。

ぽろん、と新たにメッセージが届く。

「あ、でももう捕まったみたい」

「な、なんだ、よかった」

「気をつけて帰ってきてねーだって」

返信する様子を眺めながら、結城はぽつりと言った。

「…なんかさ、犯罪、増えたよね」

「だよね!?加恋も思った!」

ここのところ、犯罪のニュースがひっきりなしに放送されている。

世界中で犯罪が増えているのだ。特集中に速報が割って入ってきたり、人気コーナーがニュースで潰れたりと散々である。警察がさらに警戒を強めているとアナウンサーが言っていた。不審者も、今月に入って三人目だ。

犯罪などによって外に出るのが怖くなり、リモート授業をしている子だっているくらいだ。

他にも、不作、不漁、商品の値上げなど、各地で相次いでいる。特に値上げはだいぶ痛い。



2×××年。世界は異常になってしまった。



どうしてこうなってしまったのか。そんなの、誰もわからない。

ふと、さっき聞いた噂を思い出す。

『神の信仰のうすれ』。

信仰の薄れが、どうして異常に繋がるのかはよくわからないけど。


もし、もし本当に、この世に神さまがいるならば。


この異常な世界を、元に戻してくれるのだろうか。




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チャージャーマン 餅麦米粉 @okome914

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