パートナーと幸せの話

宮塚恵一

今朝の話。

 今朝の話。少し嬉しいことがあったので。あまり自分のことも関係のない話で恐縮です。


「私、今幸せなんだなあ」


 もう十年来一緒に過ごしているパートナーの彼女が、朝食を食べている時にそんなことを言った。彼女はあまりそういう言葉を使う方ではない。つい先日も「幸せ」という言葉について「私にそれを言わせたら大したものだよ」なんて言っていた。


「良かったね」


 だからその言葉に、なんだか少し嬉しくなった僕はそう返した。


「痛いこともないし、美味しいものも食べれる」

「底値よ」


 幸せの理由を話した彼女に対して、少し茶化した風に返してしまったけれど、彼女としては本気で言っていた。


 どうも、昔の夢を見たらしい。

 現在の彼女は、うつで病院に通ってもう長い。悪夢を見ることもしょっちゅうで、今日もやはり悪夢を見たようなのだけど、その悪夢というのが、子供の頃の夢だったそうだ。僕と彼女の関係は長い。彼女と僕は、中学の時の同級生で高校からは別々に。彼女の方は十代半ばの頃に結婚して妊娠、そろそろ成人を迎える息子がいる。元夫とは離婚、シングルマザーとなりその後紆余曲折あって今がある。僕と彼女とは結婚していないので、こういうエッセイに書く時の呼び方にも悩むところだったりするのだけれど、その話をすると長いので今回は割愛する。


「高校辞めて、親元離れて以来忘れてたかもしれない。この感覚」


 彼女は、朝食に僕が作ったフレンチトーストに生クリームをかけながら言う。


 子供の頃の彼女は、最悪と言っていい養育環境下にいた。実母とその交際相手と住む中で彼女は「もったいないから」と、風呂にも入らせてもらえない、朝ごはんも食べさせられない、学校用品だって買ってもらえない環境下にいた。あまりに風呂に入らせてもらえないものだから、髪の毛にはシラミが湧くし、当時のベストセラーだった、著者が自身の幼少期の虐待経験を綴った『"It"(それ)と呼ばれた子』を読んで「これよりはマシか」と自分を慰めていたとのこと。彼女が今日見たというのは、その頃の夢だった。トラウマもあり、彼女は昔のことを普段思い出さないようにしているのだけれど、冒頭の言葉は、そんな頃の悪夢を見て思わず口から出てきたものだったらしい。

 そんな環境下から何とか逃げ出したは良いものの、今もうつは寛解しない。パートナーである僕とて、お世辞にも頼り甲斐のあるとは言えない。食費と家賃を払えばもう財布の中が素寒貧になる薄給生活から脱しようと、ようやく転職活動を始めたくらいのものである。


「朝起きて殴られることもなく、家族が用意してくれた朝食があって、お風呂にも入れる。お風呂嫌いだけど」


 やっぱり幸せの底値が低い。マキマさんに拾われた時のデンジみたいなことを言っている。それでも、しっかり彼女の口から「幸せ」という言葉を聞いたのは、ここ数年なかったことだった。


「人間って欲深いんだなあ。昔の私が今の私見たら、充分だって言うよ」


 幸せの底値みたいな生活しか共に過ごせてない状況で情けない限りだけれど。彼女がそう言うのであれば、僕も踏ん張りどころだな、と思った。


「良いじゃない、欲深くて。実際、まだまだだよ」


 願わくば、自他共に文句を言わせない「幸せ」な日々を送れることを祈って。


「この話、就労支援の職場の人にも言ったんだけど、話したら泣いちゃった。本当に良かったねえって。泣くようなことじゃないのにね」

「泣くようなことだよ」


 君が幸せそうなら僕も幸せだよ、とそんなありきたりな言葉で、今回は締めさせてもらおうと思います。






『パートナーと幸せの話』2025.12.2 宮塚恵一

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