to be or not to be


「ごめんなさい……」

 ひとしきり泣いて鼻を啜りながらジョージは男に謝罪した。

「スティーブだ。ボウズ、名前は?」

「ジョージ……」

「年は十四だな? 十四のボウズはみんなその名前だ。うちのもな」

「どうして?」

「きまってる。その年のはじめに生まれた王子…王さまの名前にあやかったんだ」

 男は自分の言にいらだったように舌を打ち、少年の方に顔を向けた。

「うちの子と同じ名のよしみだ。泣いてたわけを聞いてやる」

 ぶっきらぼうだが声は暖かく、ジョージは俯いて吐き出した。

「スリに金を持っていないと突き飛ばされて、上着を奪われて、怖くて……ひとりぼっちで」

 男は目を細めて鼻の頭を掻いた。

「そりゃあ……怒鳴りつけて悪かったな。だがそんな良い服をきてこんなところをうろついてるのも悪い。親はどうした? お坊ちゃん」

「叔父に殺されそうになって……逃げてきた」

「……殺される? しかも身内に?」

 信じられないと首を振った男は、少年に行くあてを尋ねた。

「ない……」

「そうか。なら、今日はウチに泊まってけ」

 同情に満ちた顔で頭を撫でてくれるスティーブの朴訥な手は、暖かかった。


「汚いが、がまんしてくれ」

 スティーブの家は、小さくもこぎれいな二軒長屋セミデタッチドが並ぶ中の一軒だったが、中は男の言葉どおりだった。

 出しっぱなしにされ乱雑に放り出された生活用具。桶の中に突っ込まれたままの食器。無造作に転がる酒の空き瓶。

 うっすらとほこりの積もったそれらは雑然としているのに生活感のない部屋の古びた壁の色に沈み込んでおり、唯一きれいに掃除された棚の上のジョージと同じ年頃の少年と若い女の絵姿だけを室内で際だたせている。

 妙に浮いたそこに視線を投げかけていると、スティーブが何気ない仕草で小さな絵姿を倒して少年の目から隠した。

「腹は空いてるか?」

 瞬間、ジョージの腹がなった。

「良い返事だ」

 髭面をくしゃりと縮めたスティーブは雑嚢の石工道具をかき分けて、油紙に包んだパンと塩漬け肉を取り出した。

 それらを全部薄切りにして、一枚だけ洗った皿にまとめて盛りつける。

「ないよりはマシだろ?」

「あの……ご家族は?」

 その問いに男は口をゆがめる。

「女房はジョージを産んで、死んだ。ジョージは……」

 言葉を切った男は倒した絵姿の方にちらりと視線を流した。

「三ヶ月前ブラックフライヤーズで死んだよ」

「ブラックフライヤーズ? 橋の崩落?」

 叔父が持ってきた書類にその名があった。完成前の橋が落ちたため、もう一度予算を組むという内容だったはずだ。

 少年が尋ねると男は苦く頷いた。

「新しい橋を見物がてら渡ってやろうって押しよせた奴らの重さで、橋が崩れて大勢死んだ。ウチのガキもその一人。あの馬鹿、俺が作ったからって、のこのこ出かけたんだ」

 男は雑嚢から取り出した酒を飲み込むと酒精と共に吐き捨てた。

「やめとけっていったんだ。あんな手抜きのクソッタレ橋は見ても面白いことなんて一つもないって」

「手抜き?」

「そう、手抜きさ。役人共は懐に金を貯めこむために、材料をケチって工期を削った。俺達も工夫したが満足な仕事なんて出来なかった。それで見た目だけのクズ橋が出来て……落ちた」

 ジョージは目を瞬かせた。

 報告には死者が出たなどとは一言も書いていなかった。それに、原因が手抜き工事だったとも。男は青ざめた少年の髪をなでて小さく微笑む。

「そんな顔するなよ。死んじまったもんはしかたない。お前は優しい子だな」

 優しくなんてない。彼のジョージが死んだのは自分の責任だ。

 罪悪感に俯いたままでいると、スティーブはもう眠いだろ? と言って、ジョージを別の部屋に案内してくれた。

 そこは小さな寝室だったが、先ほどの部屋と違ってきれいに片づけてあり、掃除も行き届いていた。

「この部屋……」

「寝巻はチェストに入っているはずだ。おやすみ」

 ジョージの問いに男は答えなかった。

 だが、その部屋が元々誰の部屋だったのか、なぜこの部屋だけがきちんとしているのか、言われずとも明らかだった。

 身繕いをして寝台に横たわったが、当然寝つくことは出来なかった。

 目をつぶるたびに昼間の出来事や男の表情が閉じたまぶたの裏に浮かぶ。

 自分はこの国の王であり、それにふさわしくありたいとずっと思っていた。

 だがこの街は、そしてスティーブの息子のジョージの死に様は、自分が落第だと容赦なくつきつけた。

『死んじまったもんはしかたない』

 スティーブのあきらめに満ちた言葉が塔の中で出会った死者の『死は死にすぎない』という言葉に重なった。

 死んだら終わりだ。

 だから逃げた。死にたくなかったからリチャードの言に従った。

 だが、何かをなせるはずなのに何もなさずに生きることと、なそうとして結果死ぬのと、どちらの人生ががましだろう。

 ただ漫然と生きることと死んでいること、どこに違いがあるのだろう。

 ずっと叔父の傀儡として生かされ、はじめて操り糸から外れる事が出来た少年は、何もない小さな寝台の上で何度も身をよじりながら考え続けた。

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2025年12月6日 08:00
2025年12月7日 13:00

リトルキング【改稿カクコン版】 オリーゼ @olizet

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