仮病

桜庭

仮病

 初めは本当に腹が痛かったのだ。


 左の脇腹の奥の方がチクチクと、まるで骨から針が生えてきて、周りの肉を刺しているかのように痛かったのだ。


 痛いよう痛いようと言えば、母がどうしたのと声を上げる。可哀想に可哀想にとガサガサの手で私の顔を撫でる母の姿に、私は初めて母の心配気な顔がこちらに向いていると気付いた。兄ばかりを可愛がる母の目が、妹ばかりを甘やかす母の目が、私を案じている。それが嬉しくて、私は度々痛いよう痛いようと泣くようになった。


 腹が痛い、膝が痛い、頭が痛い、胸が痛い、と泣くたびに、母は私を案じた。父も案じた。兄も妹も、私を案じた。


 決して嘘だけではなかった。本当に痛い日もあったのだけれど、時々は、泣くほど痛くもなかった。少しばかり違和感があるだけの時もあった。それでも私は甘やかされたくて、構ってもらいたくて、幼子のように痛いようとないたのだ。


 けれど、いつからか、母の心配そうな顔があまりに哀れで、私はなんだか心苦しくなった。自分の感じる痛みが、嘘なのか真なのかがわからなくなってきた。

 構ってもらいたいから、憐れんでもらいたいから、傷んでいるような気がするのではないだろうか。


 そう思ったら、もう駄目だった。


 痛みが走ると、それが本当に痛いのか。それとも、痛いような気がするだけなのかが、わからなくなってしまった。

 どのくらいの痛みなら、痛いと訴えてもいいのだろう。どのくらいの痛みなら、人に助けを求めていいのだろう。これは本当に痛いのだろうか。気の持ちようなのではないのだろうか。

 そんな風に布団の中で、一人モヤモヤと痛みを抱えることが増えてきた。


 痛い、痛い、痛い、でも、本当だろうか。

 苦しい、つらい、でも、本当に何か病があるのだろうか。


 そんな疑いを、自分自身の中で抱えるようになった。ああ、もう本当に痛みが数字として現れれば良いのに、と布団の中で涙を流す。


 ああ、痛いよう、痛いよう。

 声を殺しながら、幼子のように私は一人布団に潜る。


 痛いよう、痛いよう、痛いよう。

 暗い部屋で、どうしたのと聞く声はない。今日もまた、嘘吐きがチクチクと腹を刺す。


 痛いよう。


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仮病 桜庭 @sakuranoniwa

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