転校初日から遅刻したせいで、クラス転移に乗り遅れました・・・

東へ西へ

転校初日から遅刻したせいで、異世界クラス転移に乗り遅れました・・・

 やばい!!


 転校初日の朝から道で倒れてたお婆ちゃんを助けてたら、集合時間に遅れる!!


「道で人助けしたら遅刻しました」なんてお約束、信じて貰えないってー!


 必死に走りながら学校へと向かう。


 よしっ、後は次の突き当たりを右に曲がって!走ればギリギリ間に合う!

 

 そんな勢いで小路から出る直前、横の道から人が突然現れた。


「あぶなっ!」


「……え?」


 危ない、と言い切る暇も無く、避けることもできなかった。


 

 ――ドンッ


 

 視界が揺れ、「きゃっ」という短い悲鳴と共に派手に転がってしまった。

  

 痛った!……じゃない、やば、人に当たっちゃった!?


 顔を上げると、女生徒が、顔をひそめながら座りこんでいた。


  薄い赤髪がサラリと揺れ、大きな桜色の瞳が涙できらりと光っている。

 ハーフアップの髪型をした、顔立ちの整った美少女だった。

 

「いったー……危ないじゃない!」


 キッとこちらを睨みつけてくる。


 急いで立ち上がり、謝罪とともに声をかける。

 

「すみません!お怪我は大丈夫ですか!?」


 様子を伺うが、転校先の制服を着ている。

 どうやら同じ学校の人を突き飛ばしてしまったみたいだ。


「ん!」


 

 手を伸ばされたので、支えるためにその手を握り上へ引き上げる。

 彼女はパンパンとスカートを払い、身体の様子を確かめている。


「んー……まぁ、ちょっと手を擦りむいたくらいね。そっちは?」


 幸いにも彼女に大きな怪我はなかったみたいだ。

 こちらも大きな怪我は無く、床で擦れた部分が痛むくらいだ。


「大丈夫です、ホントにすみません……」



  

「あなた、ウチの学校の制服……にしては見覚えがないわね。」


「あ、今日転校してきました」


「え?……転校生と曲がり角でぶつかる?……ふへっ」


 どうかしたのだろうか、なんだか気持ち悪い笑みを浮かべている。


 少しすると、ハッと意識を取り戻したようにこちらに声をかけてくる。

 

「なんでもないわ……HRホームルーム始まる時間だけど大丈夫?」


 落としたスマホを拾い、時間を確認すると集合時間はとうに過ぎていた。


「遅刻だ!ごめん!これで失礼します!」

 

「はいはい、また後でね♪」


 やっちゃったー!まさかぶつかっちゃうなんて!

 

 既に遅刻は確定だが急いで高校へ走る。


 

 ◇


  

「まったく、初日から遅刻とはいい度胸だな」


 副担任の先生に小言を言われながら、教室へと向かう。


「すみません……」


「教室は3階の一番手前だ」


 階段を登りながら、転校先のクラスについてを教えてくれた。

 皆気のいい生徒だが、一人変な部に所属している遅刻魔がいると。

 

 どんなクラスなのだろうとわくわくしていると、ドアの前へとたどり着いた。


「ほら、ついたぞ。担任の先生に伝えてくるから、その位置で待って、中から声がかかったら入ってきなさい」


 ドアを開け先生が中に入り、後ろ手でドアを閉めていった。



 うわー緊張してきた。

 練習した転校の挨拶を思い出しつつ声がかかるのを待つ。


 ……


 …………


 ――キーンコーンカーンコーン


 校舎内でチャイムが響き渡った。

 まだ呼ばれないなぁ。

 

 遅刻したせいで最後に呼ばれるのかな。


 妙に手持無沙汰になっていると後ろから聞き覚えのある声がかかる。


「あら?まだそこにいるの?」


 振り向くと今朝ぶつかった彼女だった。

 同級生だったんだ。

 

「何してるの?」


「呼ばれるの待ってる……そっちは?」


 もうHRホームルームの時間は過ぎているはずだけど。


「眠かったからのんびり登校よ。HRホームルームでは出席取られないし、最初の授業に間に合えばいいのよ」


 この人がさっき言ってた遅刻魔じゃなかろうか。



 

「まぁ、紹介前に間に合ったならいいわ。自己紹介の後に『あー!今朝の!』って入りながら言ったげるから合わせてね」


「あー、いいねそれ。お約束だしね」


 転校前に同級生とぶつかるなんて、空想フィクションだけだと思ってたよ。


「……!!………………今からでもパンツでも見る?」

「ぶっ」


 どうしたの急に!


「やっぱお約束なら『あ!今朝のイチゴパンツ!』とかじゃない!?」


「いや!そこまでしなくても!十分お約束だって!!」



「……ちなみに今日は水色だから」


 顔を真っ赤にしながらそんなことを呟いた。


「なんで教えたの!?」


 恥ずかしいならそんなん言わなくていいって!

 

「やっとこんなお約束に出会えたの!そのためなら下着の1つや2つ……っ!」


 恥ずかしさでプルプル震え、目をぐるぐるさせながらスカートに手をかけようとしている。

 

「待って待って!大丈夫だから!ちゃんと『あー!』ってやるから!」


 彼女はほっとした様子でスカートから手を離した。

 ……少しだけ残念と思う気持ちは内緒です。



  

 ――キーンコーンカーンコーン



  

 そうこうしていると、二度目のチャイムが鳴った。

 結構廊下で騒いでいたが、中から声がかかることはなかった。

 

「……おかしいわね?もう1限始まるはずだけど?」


 こんな呼ばれないことあるかな?

 中で何か騒いでいる様子も無さそうだし。


「ちょっと開けてみるね」


 ドアに手をかけ、少し隙間を開けた。

 彼女も後ろから覗こうとしている。


「「……え?」」


 二人して間抜けな声をあげてしまった。


 教室の中には誰もおらず、ぼんやりと床が光っている。


「こ、これは……!!」


 何か後ろで驚いて固まっている。なんだろ?


 疑問に思いつつ、ドアをしっかり開けて誰もいない教室に、一歩足を踏み入れてみる。


 ――その瞬間、床の円形の何かが一瞬だけ強く光る。

 同時に足元から全身に光が移る。


「な、なんだぁ!?」

「あ、わ、私も!」


 後ろの彼女から突然体当たりされ、前に倒れ込むように転げてしまう。

 

「いった!」

「きゃ!」


 彼女の全身が足まで僕の背に乗ったまま、視界が目の前の床からの眩しい白で埋め尽くされる。


「『封印解かれし時、異能の光を授け再び赴く』……今ね!!」


「え?何?」


 背中の彼女が何かを呟く。


 一瞬強い光が瞬くと、次に目を開けた時には何事も無かったかのように普通の教室の床になっていた。

 

 何だったんだろ?

 立ち上がろうとするが、背中に柔らかい感触を感じる。


「……あれ?教室?なんで?」


 後ろの彼女がもたれかかりながら周りを見ている。


「あの、あたってます……」


「え?……あ!……ら、ラッキースケベ展開っ!お、お約束よね!」


 後ろで顔を赤くしながら慌てて立ち上がる。




 

「ちょっと!さっきからうるさい!授業中よ!」


 そんな風に騒いでいると、反対のドアから人が出てきた。別のクラスの先生だろうか。


「あ、つっちー」


「もう土屋つちや先生でしょ。……どうしたの?」


「んーん、何でもない。転校生君が遅刻したから移動教室に案内しようとしただけ」

 

 先生はチラリと教室を見るとこちらに振り向いた。


 「1限、移動教室だったかしら?……全く、二人とも遅刻は駄目よ?くうさん、彼を教室に案内してあげて」


 「はーい」


 「静かにね!」


 先生は注意と共に隣の教室に戻っていった。



 

 「……移動教室だったらさ、さっきの光は何だったんだろ?ドッキリ?」


 素直な疑問をくうと呼ばれた彼女に聞いてみる。

 すると、彼女は不適な笑みを浮かべながらこちらに振り向いた。


「ふっふっふ、それは……」


 腕を組みながら溜めてくる。何だ?


「これは……異世界クラス転移よ!」


 よ……よ……ょ……


 静かな教室に大声が響き渡る。


「……何て?」


「異世界クラス転移よ!そういうの見たことない?」

 

 大きな桜色の瞳を光らせて、こちらに詰め寄ってくる。

 

 クラス転移もの、確かにそういうお約束もあるけど……


「あの魔法陣!誰もいない教室!……あの本に書かれてた異世界転移に違い無いわ!」


 ものすごく自信満々にそういうからそうなのかと話半分だが信じてかけてしまう。


「何かさっきも言ってたよね。ホントに異世界転移なら行ってみたいかも」


 ファンタジーっていいよね、と軽い気持ちで呟くと目を輝かせてこっちに近づいてきた。


「貴方もそうなの!?私も!!」


 満面の笑みで手を差し伸ばしてくる。

 握手に応じると手をブンブン振り回した。


「貴方、名前は?」

松來まつき そうって言います」


そう……いい名前ね。私は夢川ゆめかわ くうくうって呼んで」

「いや、女の子を名前呼びするのは恥ずかし「いいから」アッハイ」


 圧が強い…… 


「じゃあ早速、床の色がちょっと変な部分がありそう。調べるから手伝って」


「うん」

 

 二人して教室の机を端に寄せる。

転校初日から何してるんだろうとも思うが、これはこれで楽しいからまぁいいか。


 部屋の中央にスペースが生まれると、確かに床に何か模様のような記号の跡があった。


「やっぱり!あの本はホントだったのね!」


 くうは先ほどから何か心あたりがあるようだ。


 


 そんな中、急にガラリと教室のドアが開けられた。


 「ちょっと!さっきからうるさいわよ!……って何してるの?」

 

 先程の土屋先生だ。


 「あ、つっちー。今ね!あの魔法陣調べてるの!」


 いや、正直に言ってもいいの?


 「またその話?もう高校生なんだからちゃんとしなさい」


 「……嘘じゃないのに」


 少し膨れた顔をしているが、随分と仲は良さげだ。


 「そっちの!えっと転校生の……松來まつき君?君まで何してるの?」


 ギロリ強い眼光で睨まれ、思わず息を呑む。


「ん?……え、今……」


 かと思えば、先生は虚を突かれた顔で目を腕で擦ってる。 

 くうは凄いキラキラした目でこちらを見てきた。


「どうしたの?」

 

「ホントにあった……」


 彼女はボソッと何かを呟いたかと思うと、急にこちら腕を掴んできた。


「じゃあね、つっちー。そうを授業に連れてくから!」


「あ、ちょっと!」


 止める声も聞かず、駆けるように教室から出ていく。


 

 

 手を引かれるまま1階まで駆け降り、そのうちの1つの部屋で止まると、腕を放してくれた。


 上を向き部屋のプレートを確認すると


 〚理事長室〛


 そう書かれていた。


 ……え、理事長ってお偉い人なんじゃ。

 

 疑問を挟む暇も無く、彼女はポケットから取り出した鍵でドアを開けた。


「どうぞ?」


「だ、大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫、おじいちゃんの部屋だから」


「……え?」


 くうに着いて行くように部屋に入る。


 部屋は高そうなソファや机が立ち並び、一生徒が気楽に入っていい部屋には思えない。


 くうは遠慮なくソファに座るとこちらに手招きをしながら語りかけてきた。


「ようこそ、我が空想ファンタジー探索倶楽部くらぶへ!ソファに座って?」


 やっぱ変な部に遅刻魔ってくうのことか。


 座り心地のよいクッションに腰掛けると、距離を詰めてきた。

 ……何か近いね。


「えっと、その何とか倶楽部くらぶってのは一体?」


「よくぞ聞いてくれたわ!」


 さらにズイッと距離を詰めてくる。肩が触れちゃいそう。

 

空想ファンタジー探索倶楽部くらぶ、その名の通り、世の中にある筈の空想ファンタジーを追い求め、我が身で味わうための倶楽部くらぶよ!ここのおじいちゃんの理事長室を間借りしてるわ!」


 やっぱ変な部だった……

 

「……さっきも言ってたけどおじいちゃん?」

「そ、私、理事長の孫。ここはおじいちゃんの一室みたいなものよ」


 思ったよりお嬢様だった!


「それで……くうは、何で僕をここに?」

 

「そうだわ!そう!貴方!スキル持ってるでしょ!」


「……スキル?」


 ものすごくご機嫌な様子で、こちらに語り掛けてくる。


「とぼけっちゃってー。つっちーの前で使ったじゃない?透明化のス・キ・ル♪」



 

 ……なにそれ?

 

 まったくもって心当たりがない。


 とぼけた顔をしているのがバレたのか空もテンションを落ち着かせて話してきた。


 「……もしかして無自覚?あなた、つっちーに声をかけられた瞬間、一瞬消えてたのよ?」


 「……え?」


 全く持って自覚がない。

 ……いや、確かにあの時、先生も虚を突かれた顔をしてたな。


 「今使える?あの時、何してた?」


 聞かれて、状況を思い出してみる。

 

「えーっと、確か先生に睨まれて息を呑んだような……」


「……ふむ」


 くうは僕の手を放してスッと立ち上がると、奥の棚から一冊の本を取り出してきた。

 

「はい、どうぞ」


 手渡されたので受け取る。


 ……随分と年季の入った本だな。表紙は色褪せ、パラパラめくると中の紙も茶色ががっている。

  

「……これは?」


「時価500万円の本」


「ちょっ!」


 息を呑むと、本が突如見えなくなった。

 感触はあるからそれを頼りにをゆっくりと机に置く。


「ふぅー……」


 無事、本を置いた所で息を吐く。

 

「今消えてたわ!やっぱりスキルよ!あの光は『異能の光』ね!私も使えないかしら!……ふんっ!……ダメね!」


 興奮した様子で早口で捲し立てる。


「いや、でもホントにスキルなんてもの使えた……テンション上がってきた!」

「……っ!……でしょ!ねぇ、色々試さない!?」

「いいね!能力考察だ!!」 

 




 

 その後、二人してはしゃぎながら実験を繰り返す。


 触れた物は一緒に消せるが、物のすり抜けはできなかった。

 また透明化と言ってもぼんやりとモザイクのように透けた所はぼやけるみたいだ。


「……ふっ!」

 

 そうして何十回目の透明化のタイミングの時だった。


 何度も消えてた身体が消えなくなった。

 それと同時に、頭が急にズシンと鈍くなり、思わずうずくまってしまう。

 

「ちょっと、大丈夫!?」


 ……なんとなく体内にあった何かが消えたのを感じる。

 ゲームでもスキルとか使ったらMP使うもんね。 

 きっと現実でも同じなんだ。


「多分、魔力か何かが切れた……」

 

「なるほど……ごめんなさい、私が何度もお願いしちゃったから」


くうかがんで視点を合わせながら謝ってくる。

 いや、いいんだ。 


「大丈夫……空想ファンタジーを前にして目をキラキラしてるの可愛いかったから……」


「かわっ……!」


 あれ、なんか漏れたような。

 駄目だ。頭がぼんやりして……


「……魔力、確か本だと。……た、助けるためだし、うん」


 くうは机の上の本を読むと、何かを決心したかのように頷く。

 

「どうしたの……うぐっ」


 突如、顔を手で抑えられ顔を正面に向けられる。

 くうの鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に顔がある。


「……い、いい?これは、救助行為だから!」


 真っ赤な顔をしたまま目を閉じ、こちらに近づいてくる。

 

 「え?……んむっ!?」


 その勢いは止まることなく、唇と唇が触れ合った。

 キスだ。


 ……キス!?


 衝撃で固まっていると、数秒の後にそっと離れる。

 頬を染めたくうが何かを聞いてくる。


 「ど、どう?」


 何が?キスの感想ですか?

 え?今、僕、キスした?


 「へ、返事もできないくらいしんどい?……やっぱこれだけじゃ駄目なのね……う、うぅ……恥ずかしいけど」


 戸惑って返事に窮していると、何か勘違いをしたのか。

 再び抑えているくうの手に強く力が入る。 

 近づく顔のお目々がぐるぐる回ってる。

 

 「ちょま……んっ!……んん!?」


 制止の声も聞かず再び唇が触れ合う、だけではない!口内に侵入者だ!


「……れるっ」

 

 温かくってぬるりと滑るようなそれは、舌だった。


 口内をねぶるように、蹂躙されている。


「ぷはっ…………はぁ……はぁ」


 一瞬のような、とてつもなく長かったようなそれは、二人の息が持たなくなったタイミングで離れた。

 

 どこかトロンとした大きな桜色の瞳がこちらの目を見続けている。


 胸の鼓動がドクンドクンとうるさい。

 

 二人の荒れた息遣いだけが静かな部屋で響いている。


 ――キーンコーンカーンコーン


 ビクゥッ!

 

 チ、チャイムの音か……

 部屋の外で授業が終わった生徒たちの会話だろうか、がやがやし始めた。

 

 二人の間にあった妙な雰囲気が少し和らいだ。


「こ、今度はどう、かしら?」

 

 もはや赤くないところがないくらいに真っ赤な顔でこちらに聞いてくる。


「だ、大丈夫デス……あ、本当に頭が軽くなってる」


 先ほどの泥のような鈍い頭が嘘のように軽くなっている。身体の中の何か満ち足りたようだ。


「な、なら!よかったわ!」


 スッと立ち上がりこちらに背を向けるが耳まで真っ赤っかである。


「ち、ちなみに、なんでキス……を?」


「え、いや、その。魔力を、あげるのに、体液の交換とか……その……え、え、えっちとかが必要って本に……」


 消え入りそうな声で教えてくれた。そうなんだ、と返事をする余裕もなかった。

 も、もし、先ほどのキスでも回復しなかったら……と妄想が広がりかけるが頭を大きく振り煩悩を退散させる。


「効果はあったようだよ!?」


「よ、よかったわ!」


 二人して慌てながら会話を続ける。

 

「でも、何でそこまで、その、助けてくれるの?そんなに空想ファンタジーが好きなんて」

「……まぁ、ちょっとおかしい……でしょ?」

 

 先ほどまでの浮ついたトーンが嘘のように、急に雰囲気が硬くなる。



「さっきの本ね。100年前のこの学校の創設者……私のひいひいおじいちゃん。彼が実際に異世界に赴いたという冒険譚がまとめられてるわ」


 こちらに振り向き、机の上の本を愛おしそうに手に取る。


 「この学校の前身、塾の生徒達が、一夜にして神隠しにあった。摩訶不思議まかふしぎな国に迷い込み、妖怪の主を異能を用いて封印したと。現代風に言うと『異世界クラス転移して、皆で異世界でチートスキルで魔王を封印した』ってとこね」


「今の状況と似ているね」

  

「えぇ、私はこの本の冒険が大好きでね。小さい頃からこの学校に来ては、何度も何度も読み返したわ。おかげで先生達は大体皆、顔見知り」


 くうは目を伏せながら、懐かしむようにページを撫でる。

 土屋先生と親しげだったのは幼馴染なのか。


「小さい頃は友達や先生も一緒に、そうだね、あるといいねって言いながら楽しんでくれた。……けど、成長するにつれて皆、現実のことばっか言い出すの。『いつまでも夢見てるんじゃないぞ』ってさ」


「……」


 なんていえばいいのか。言葉がでない。


「……実際、私も心の何処かで分かってたのよ。空想ファンタジー御伽噺おとぎばなし。現実には物語のようなお約束も、それを受け入れてくれる人もいないって」

 

 暗い顔で俯いてしまった。


「でもね……」


 ゆっくりと顔を上げてこちらへ向く。


「今朝、そうとぶつかった。お約束をお願いしたら、受け入れてくれた」


 一歩近づいてくる。

 

「いざ、クラスに入ると皆は異世界転移していた!」


 さらにもう一歩。

 

「それを信じてくれたそうがスキルを使えた!!」


 手を伸ばせば触れられる距離まで近づいた。


「空想はフィクションなんかじゃない!今!目の前に現実にあるのよ!!」


 大きな瞳を輝かせながら、こちらの手を握りしめた。


そう、貴方と出会ってから、私の胸はおどってばかりよ!……ありがと!」


 満面の笑みと共に、そんな言葉をかけられてしまった。



  

 ……あぁ、駄目だ。 

 彼女が空想に心を奪われたように 

 僕も彼女に魅了されてしまった。


 キスの時とも違う、胸のトキメキが抑えきれなかった。


 

「僕も、くうと出会ってから楽しいことばっかだよ」


 そう、返事をするとにっこり嬉しそうに微笑んでくれた。



  

「さて!」


 くうがパチンと手を叩き空気を変える。


「スキルの検証も出来たし!今度はいざ異世界へ向かうわよ!」


「さっきの本に何か手がかりは書いてないの?」


「あるわ!このページね」


 本をめくり、1つのページを開くとそこには教室で見た魔法陣が描かれていた。

 

「『封印解かれし時、異能を授け再び赴く』って書いてるの。これがもう一度使えたら、きっと異世界に行けると思うんだけど」  

  

「……スキルで魔力?が無くなったみたく、それも魔力切れが起きたとか?……ふっ!」


 試しに息を止めてみるが、身体は消えるようになった。魔力はキスで回復したみたい。

 

 だとしたら魔法にも魔力を注ぐともう一度使えるのかも。


「……確かに!早速教室に行くわよ!」


 ピュンと飛び出すように部屋から出ていったので、着いていく。





 3階分の階段を登り、教室に戻って来たが相変わらず誰もいない。


「よし!じゃあ魔法陣に魔力を注ぐわよ!」


 くうはおもむろに床にキスしようとしている。

 

「待って待って、女の子がそんなのしちゃ駄目。僕がやるから……」

「そう?」


 少し埃がかかった魔法陣に口をあててみる。


 ……しかし何も起こらない。


「何も起きないね……」


 何か条件があるかと二人して考えこんでいると、突然くうの顔が赤くなった。

 手を口元にあてて、何かニヤけた顔をしている。


「何か思いついた?」

「え!?」


 くうにそう聞くと、ピクッと肩を震わせてゆっくりと、その桜色の瞳で見つめてきた。


 ……ど、どうしたんだろ。

 

 

「……さっきの、その、キスさ」


 もじもじしながら呟いている。


「本だと、魔力交換は『体液』じゃなく『体液交換』した粘膜で起きるって。だったらその、き、キスで交換しあって循環させたものなら……魔力の塊が……出来る、かも」


 ……いやいやいやいや

 

「ほ、他の方法とか探さない?」


「な、何!?私とのキスに文句があるの!?」


 グルグルした目でこちらに詰め寄ってくる。


「い、いや。無いけどさ!」 


「……だ、だったら!……き、来なさい!!」


 そんなことを真っ赤な顔で呟きながら目を閉じ、口を突き出してきた。


 恥ずかしいのは変わらないんだろう。

 耳まで真っ赤だ。


 ドクンドクンと、心臓の音がうるさい。


 ぼ、僕だって男だ。

 ここで引いたら男が廃る!

 ゆっくりと肩を掴み声をかける。


「キス、するね」


 くうの顔にそっと手を置く。


「は、はぃ……」


 消え入りそうな返事を聞きつつ、顔を近づけ少しずつ口の距離を縮めていくと、


 「……んっ」


 やがて唇同士を阻むものは何も無くなった。

 

 ……しかし、これで終わってはいけない。

 緊張で固く閉じられた口を開かせるため、舌で隙間に押し込んでいく。


「んぅ!?……んぅ……ぇるぉ……」


 舌で、くうの中へと侵入を果たす。

 舌と舌が絡まりあい、口内が自分以外の温かい何かで埋まっていく。


「……うにぅ……れろぉ……」

 

 本来の目的を忘れず、舌の裏から熱をくうの中へと注いでいく。くうもまた送り返すようにたどたどしく舌を絡ませる。

 

 静かな教室にただただ二人の口内からの音が響いている。


「……ぷはぁっ!……はぁ……はぁ……」


 くうの息が持たず息継ぎのために口を放す。

 トロリとした瞳でこちらを見つめる。


 お互いの息を整える音だけしか聞こえない。

 

 そうこうしていると、口元からポタリと一滴の輝く雫が魔法陣の上へと落ちた。


 

 ――その瞬間


 魔法陣が強く光輝きはじめた。


「……ふぅ……ふぅ……こ、これ!?転移魔法陣!!」

 

 キスの余韻が抜けないまま強い光に包まれる。


 「……はぁ、はぁ。え?あ、そ、そうね!?」


 くうもまた無理やりにでも調子を戻したみたいだ。


 光はさらに強まると、やがて眼が開けられないくらいの眩しさに身体が包まれる。


「行くわよ!そう!二人で異世界に!!」

「うん!」


 返事をしていると、やがて光はゆっくりと落ち着いていく。

 見えない視界の中、周りからガヤガヤと複数の人の声がしだした。


 まさか異世界人!?

 そう期待し、耳を澄ます。


 


「やったー!戻ってこれた!」


 ……ん?


「教室だ!」


 おや?


くうちゃん!ここにいたの?皆で哀れんでたよ?」

「……な、な、な」


 くうの戸惑いの声が聞こえる。



 

 ぼんやりとした視界が戻ると、そこには30人ほどの、ファンタジーっぽい服装の男女がいた。


「なんでよーーー!!」


 あ、くうが床に崩れ落ちた。

 

 ……どうやら異世界クラス転移ではなく、現世クラス転移をさせたようだった。


「何で皆、冒険終わらせてるのよー!」


 床をダンダンと叩いている。


「あー、夢川ゆめかわのファンタジー暴走だ」

「あっちで見れなかったな」


 転移組が微笑ましい顔で見ている。


「かくなる上は……っ!そう!寝っ転がって!」

「え?」

「いいから!」

「アッハイ」


 くうがガバリと立ち上がると、寝っ転がった僕の上にズシンと座る。


「ど、どしたの」

「2回目が駄目なら……3回目の起動をするだけよ!」


「ま、待って!みんな見てるって!!」

「透明化で見えないでしょ!……んっ!」


 強引に舌を押し込まれる。


 周りの黄色い声を無視して唾液を奪いとり、床の魔法陣へと落とした。


 しかし魔法陣が起動することは無かった。


「なんでよー!?」


 身体の上に乗ったくうが大声で叫ぶ。

 騒ぎを聞きつけた土屋先生もやってきて、その後は大騒ぎになってしまった。


 

 ◇


 

 放課後、賑やかな教室の中で転移組の話を聞く。


 彼らはやはり異世界転移をしていたが、チートスキルで魔王を速攻倒した所で呼び戻されたと。


 あの魔法陣は、魔王の封印が解かれた時に起動するから二度と動かないらしい。


 そんな話を聞いていると、隣に座ったくうが文句を言っている。


「せっかく空想ファンタジーに出会えたのに、何でこうなるのよ……」


「普段からHRホームルームサボってるからだ」

「そうそう、遅刻したせいだぞ」

「うぐぅ」

 

 あ、クラスメイトの容赦ないツッコミにぐうの音が出た。


 「松來まつきもだな。初日から遅刻なんてするから」

 「転校初日から遅刻したら、異世界クラス転移に乗り遅れました……」

 「あ、なんかそれっぽい。」


 二人して空想ファンタジーを遅刻のせいで逃したみたいだ。


「でもさ、実際に異世界なんてものがあったんだから。きっと他の不思議な空想ファンタジーもあるんじゃないの?ほら……ふっ!」


 息を止めて姿を消してみる。スキルは未だ健在のようだ。

 

「……確かに。空想ファンタジーはまだ現実ね!だったら次を探しに行くだけよ!」


 くうがガタンと立ち上がる。

 

そう!行くわよ!」


 こちらに手を差し伸べ、微笑んでいる。 

 その手を握り、僕も同じく立ち上がる。

 

 握られた手を見て、少し頬を染める彼女と共に、再び空想ファンタジーを探し始める。


「次は学校の七不思議とかどう?」

「いいわね!じゃあ今夜部室集合ね!」

「了解!」


 そんな会話をしていきつつ、次の探索へと進むのであった。

 

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