甘い匂いが記憶を奪い、世界が変わっていく

都内の高校にある、小さな民俗学研究部。
地味で穏やかな日常しかないはずの部室で、翠はある日、部長・火野から奇妙な都市伝説を聞かされる。

「胎内回帰」――
美しい女たちだけが暮らす謎の集落。
男を「胎へ還す」ことで赤子に戻すという、あまりに不可思議で、どこか甘い匂いのする噂話。

火野の声音はやわらかく甘いのに、その内容は異様に生々しい。
翠は興味だけでなく、説明できない「引力」に胸を掴まれ、調べ始める。

ところが、図書館で手にした古文書は、存在しないはずの「記録」だった。
紙は新しいのに内容は古く、核心部分はすべて漆黒で塗りつぶされている。
火野の香りと同じ「甘さ」だけが薄くまとわりつき、翠の記憶の何かが剥がれ落ちていく。

夢と現実の境界は曖昧になり、身体には説明のつかない変化が芽吹き始める。
そして、都市伝説の舞台とされる地――岐阜・伊吹山へ、ふたりの調査は唐突に現実味を帯びて動き出す。

火野の微笑みは優しいのに、どこか抗えない。
甘い香りは心地よいのに、どこか危険だ。
「知ってしまう前」にはもう戻れない、そんな予感だけが胸に沈んでいく。

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