第2話 コース料理の共通点
しばらく待っていると、自称ちびっ子シェフのプアルが、食前酒をお盆に乗せて運んで来た。フレンチコースの順番通りまずは食膳酒の白ワインだ。
「よいっしょっ」
幼稚園児サイズのプアルはこのままではテーブルに手が届かない。だから予め用意した踏み台の上に乗ってお盆をテーブルに置いた。
「おいおい大丈夫かよ。で、食前酒は白ワインか……て、ことは……海鮮メインだな!」
海鮮にはあっさりした白ワインが合う。また赤身肉なら深い味わいの赤ワインが合う。
賀茂川はグラスを揺らしながら一口味わう。
「うん、上質の白ワインだ。ちびっ子にしてはワインの目利き中々だな。これはさぞかし高価なワインなんだろ?」
「あのですねぇ……」
「おっ、なんだよ……」
「ちょっと高価な白ワインを切らしまちて仕方なく、近くのコンビニで買って来た安物の白ワインでしゅね」
「な、に……」
食通ぶって赤っ恥かかされた賀茂川の顔がリンゴのよう真っ赤になった。その様子を見てからプアルは満足そうに笑うと、お盆を抱えながらそそくさと厨房に戻って行った。
「くっそ……あのガキ品薄でって絶対嘘だ。まんまと俺を試しやがったな……」
プアルにしてやられた賀茂川だったが、恥ずかしさに耐えられず顔を手で覆った。
しばらくしてお盆を両手で持ったプアルが1品目を運んで来た。
とりあえず一品目の皿を覗き込む。
スプーンに牡蠣料理がのせてある。
「牡蠣のコンフィか……ガキにしては中々渋い料理を作って来やがったな。しかし問題は味だ。見た目は良く出来ているんだけどな」
「……」
スプーンを手に取り賀茂川が口を開けようとしていたら視線を感じた。それで視線を横に移すとプアルが凝視していた。
「おっ、なに見てやがる……」
「あのねぇ〜ごちゃごちゃ言わず食べてくだちゃい」
「お前がジロジロ見ているからだろ。まぁ今から食うところだよ。そう急かすな。あ〜ん……もぐもぐ。中まで火が通っているが身が柔らかい。牡蠣は火を通し過ぎると身が縮まって硬くなる。だがこれは低温でオリーブオイルでじっくり煮ているから問題ない。それに旨いっ」
「それは良かったでしゅね。ちなみにこの牡蠣は宮城県石巻産でしゅよ」
「なにっ、石巻産だって……」
「どうちましたか?」
「いやなんでもない。気のせいか……」
プアルが何故石巻産の牡蠣を選んだのか疑問に思ったが、石巻は牡蠣養殖で有名な地域だから、別に選んでも不思議ではないので疑うのをやめた。
厨房に戻ったプアルが二品目を運んで来た。その様子を見ていた賀茂川は、小さいのに一人でテキパキと働くものだなと感心した。
「お待たせしましたでしゅ〜、二品目は石巻産のアンコウのテリーヌでしゅう」
「なんだってお前っテリーヌ作れるのか?」
二皿目を覗き込んだ賀茂川は未だにプアルがこれらの料理を作ったことを疑っている様子だ。いや、こんな子供がと見下している。
「失礼でしゅねお客さん。でも、誰が作ったとかどうでも良いでしゅっ、ぽくはこの料理を食べてもらって喜ぶ姿を見たいだけでちゅね」
「そ、そうか……ううむ、この鮮やかな黄土色はあん肝を蒸してから裏ごしたテリーヌだな。では……旨い。しかもなんて濃厚なあん肝の味なんだ」
「海のフォアグラと呼ばれてましゅからね」
世界三大珍味の一つ。
ガチョウに無理矢理餌を食わせ肥大化させた肝臓がフォアグラと呼ばれる。
あん肝は調理次第では、フォアグラに匹敵する食材だ。プアルはテリーヌの食材に選んだのはごく自然なことと言える。
「しかしこのソースの甘みと苦味のコントラストは……まさか」
「良く気づきましたでしゅね。ソースの隠し味に石巻産のホヤを使用してるのでしゅ」
ホヤとは東北地方で養殖されている海産物。別名海のパイナップルと呼ばれ、甘みと苦味と磯の風味が合わさって苦手な人が多い珍味だ。
「やっぱりホヤかっ! しかし隠し味の主張が強過ぎて、隠し切れてねえよっ!」
「……あのでしゅね〜、そんなに怒らないでくだしゃい」
「べ、別に怒ってね〜よ。ただホヤベースのソースを違和感なく作れるお前の料理の腕に興奮してつい、叫んじまって……」
「では三品目お持ちしましゅね」
「お、おいっ!」
プアルは賀茂川が食べ終えた皿をお盆に乗せて、さっさと厨房に引き返して行った。
「なんなんだあのガキ……しかし、さっきから石巻産の海産物使ってんのが気になる。まさか……」
後頭部を掻いて考察する賀茂川。しかし、答えが出る前に、プアルが三品目のスープを運んで来た。
相変わらずテキパキと働き無駄のない動きに賀茂川は感心し、皿を覗き込んだ。
皿に黄土色の濃厚なスープに輪切りにされたバケットが添えてあった。
「おっスープ・ド・ポワソンか、フランスの定番スープだな。ちびっ子の癖してコース料理の定番を的確に運んで来るな。でもなぁ……」
本当にプアルが作ったのか疑った賀茂川は首を伸ばして、厨房の奥を覗き込もうとした。
「お座りくだしゃい。お客さんでも食事中マナー違反でしゅよ」
「ああ済まん。……ジュルッ」
座り直し賀茂川が気を取り直し、スプーンで掬ったスープを口にした。
「魚介の旨味が良く出ている……」
「あのでしゅねぇ、このスープには石巻産の金華サバとメヌケを使用してましゅ」
「おいっ、さっきから石巻産ばっかじゃねーか! 一体何のつもりだ?」
「何のつもりって、フルコースに同じ地域の食材を使用して統一感を高めるのは自然なことじゃないでしゅか?」
「……おっ、おおう。確かにお前の言う通りだな。しばらく料理を作ってないせいか、こんな基本知識を忘れているとは……」
賀茂川は両手を合わせてアゴを乗せ、反省するように目を閉じた。
するとプアルは皿を片付け、さっさと厨房へ戻って行った。
「アイツなんなんだよ」
無反応で次の仕事に移る淡白なプアルの背中を、賀茂川が見つめながら呟いた。
「んっ、クンクン……」
厨房から香ばしい魚を焼く匂いが賀茂川の鼻をくすぐった。たまらずプアルの調理風景が気になり、席を立つとそっと厨房の中を覗き込もうとした。
「おっと!」
しばらくするとプアルが四品目をお盆に乗せて来たので、賀茂川は急いで席に戻った。
「四品目は石巻産のタラを使用したムニエでしゅよ」
「また石巻産かよ。まぁ良いや。どうせ旨いんだしよ。ハムッ……うむっ! やっぱうめえじゃねぇか……しかしあり得ねぇ、隠れてるシェフ呼んで来いや」
「……非常に失礼なお客さんでしゅねー。この店にはぽくしかおりましぇん」
踏み台の上に乗ったプアルが賀茂川の顔を凝視した。ニコニコしながら無言の抗議に彼は圧倒されてしまう。
「お、おう……疑ぐって悪かった。次の料理を運んでくれ……」
「あいっ」
皿を片付けプアルは厨房に戻って行った。
「何なんだよ。アイツは」
賀茂川は益々プアルのことが理解出来なくなっていた。すると戻って来たプアルが赤ワインを提供した。
「おいっ、今度は赤ワインかよ。てことは、次はメインデッシュの肉料理だな」
「少々お待ちを」
「おいっ!」
お辞儀するプアルは小走りで厨房に戻って行った。
「全く淡白過ぎるガキだぜ。少しは雑談しろよな……」
賀茂川は赤ワインを嗜みながらメインデッシュを待った。すると数分で五品目を運んで来た。肉料理だから待たされると思ったが、皿の中身を見ると納得した。
賀茂川が料理名を言おうとしたら、先にプアルが口を開いた。
「メインデッシュは石巻市で飼育されている黒毛和牛赤身肉のフランス風ミディアムステーキでしゅ」
「また石巻産かよ。一体どう言う……チッ、統一産地にこだわったってことか……」
自分で言い聞かせ赤身肉にフォークで切り分け口にする。
すると賀茂川の目が見開く。
「コイツは美味え。流石俺の石巻産……やっぱりおかしい。石巻産にこだわるのは食材の質だけじゃねぇよな……お前」
ステーキを半分食べてから、下を向いた賀茂川が両手でフォークとナイフを握りプアルに聞いた。
「お前、いつ俺の故郷が石巻だと分かった? それに、このコース料理は間違いねぇ、俺が事故で死ぬ当日に後輩に試食を頼まれた品々じゃねえか……」
「……あのですねぇ〜、今日会った時から瞬時でお客さんの過去が見えてました」
「お前っ勝手に人の記憶を覗くなっ!」
「どうどう、でしゅ」
思わず立ちあがる賀茂川にプアルはなだめる。実に大人より落ち着いた子供だ。
「ああっ、悪かったな。……しかしお前何もんだ……」
「あのでしゅね。人霊如きにぽくの正体はまだ明かせましぇんが」
「なんだよっ人霊如きって!」
プアルは口調が幼いけれど、たまに毒舌の要素が出てしまう。だから意外と心は大人なのかも知れない。
ちびっ子シェフの幽界ソウルレストラン 大空司あゆむ @kaisukikippoz7gxppon44
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