ちびっ子シェフの幽界ソウルレストラン

大空司あゆむ

第1話 幽界の町の小さな洋食屋のちびっ子シェフ

 死者が最初に行き着く幽界と呼ばれる世界。それはあの世とこの世を繋ぐ中継地点。

 広大な幽界は108番地に分けられ、それぞれ特性が異なっている。そして迷える魂は自分に合った番地に吸い寄せられる。


 今日も死んで間もない魂が吸い寄せられるように、幽界2番地に足を踏み入れた。


 金髪に染めた二十歳前後の日本人男性。服装は上下白地のコック服。恐らく生前の職業は調理師だろう。

 そうなるとつまり、2番地の特性は『食』で職業柄吸い寄せられる様に足を踏み入れた。


「ここはどこだ……」


 彼は死んでからまだ時間が経っていないのか、朦朧とした意識でおぼつかない足取りで2番地の坂道を歩いていた。


 2番地の街並みはどこも年季の入った西洋建築物が建ち並び、静かで雰囲気のあるたたずまいだ。それでコック服の彼は何故か2番地の街並みが懐かしい雰囲気と感じ気分が高揚してきた。

 それで若干足取りが軽くなって坂の上まで登り切った。すると丘の左の道の突き当たりに二階建ての小ぢんまりした洋食屋を見つけた。


 目的がない彼だったが、洋食屋と知ってコックだからか? 気づいたら入り口のドアを開けていた。


『カランコロン♬』と軽快で懐かしいドアベルの音色が耳に響いた。

 彼は店内を見回す。

 カウンター席にテーブル席がわずか五つの小じんまりした店内だ。それと折角洋風の良い雰囲気なのに40インチの薄型テレビが置かれていて、それだけが浮いていて残念に思った。しかし、良い店だ。だけど窓から陽の光が差込み、明るい店内だ。


 彼は店内を見回す。

 店員も客の姿が見当たらない。するとカウンター奥の厨房ドアが開いた。彼に気づいた店主が厨房から出て来たのかと思ったが、それらしい姿が見えない。

 だけど足音だけが聞こえる。不思議に思った彼は首を傾げた。


「いらっしゃいましぇ〜」

「んっ……」


 幼い子供の声が足元から聞こえた。

 彼が下を向くとそこに、身長100センチほどの銀色のストレートロングの子供がいた。

 クリクリとした大きな青い眼の非常に可愛いらしい女の子だ。


 青年は思った。

 ちびっ子だからカウンターに隠れて姿が見えなかったんだな。それで彼は自分が幽霊であることを忘れ、お化けじゃなくてホッと胸を撫で下ろした。


「いらっしゃいましぇーー」


 屈託のない笑顔で接客するちびっ子。


「あっ、ああ……んっ」


 すると彼が何かに気づいた。冗談かと目を疑った。それはちびっ子が主にシェフ愛用するコックコートを着ていたからだ。

 大人なら違和感などない。しかし幼女が一端にコック長帽を被っていたから遊びでは済まされない。これはフレンチ料理界に対する冒涜だ。


「おいっ、何故子供がコックコートを着ている? 遊びじゃないんだぞっ今すぐ脱げっ!」


 するとちびっ子が困惑の表情を浮かべた。


「……あのですねぇ脱げって、ひょっとしておじさんロリコンでしゅかぁ? 返答次第では、幽界警察呼びましゅよ」

「ばっ、馬鹿っそんな邪な意味じゃねえよっ勘違いすんなっ!」

「そうでしゅかぁ……しゃて、こう見えてもぽくはこの店、ソウルレストランの店主でシェフでしゅよ」

「馬鹿な」


 言葉も幼い女の子の言うことは信じられなかった。そう、子供は平気で嘘をつく。

 しかし、女の子は困ったようにまだ見上げている。


「……あのですねぇ〜」

「おっ、おっなんだ!」


 下を向いて思考中の彼の顔を女の子が下から覗き込むと、気づいた彼が驚いて首を引いた。


「あのでしゅねぇ、お客さんでしゅか? バイト希望でしゅか? それとも冷やかしでしゅか? 3番目なら、首根っこ掴んで店から突き出してやりましゅよ」

「お前っなに言って……」


 冗談にしては発言内容が穏やかではない。そのくせ可愛らしい笑顔で怒っているのか、機嫌が良いのか心内が読めない。

 だから彼は女の子を警戒した。そもそも本当にここの店主なのか? または料理人なのかは情報が足りない。


「ひょっとしてお前、本当に料理人なのか……?」

「ハイッそうですよ。ぽくの名はプアル。このソウルレストランのオーナー兼シェフなんでしゅ」

「……お前マジで言ってんの?」

「マジでしゅよ」


 不思議そうに首を傾げるプアル。

 そんなちびっ子に彼は指差し、おままごとの間違えじゃないかと、問い質した。

 するとプアルは機嫌を損ねたのか、頬を膨らませた。彼はやっぱり子供だと思った。


「……あのでしゅねぇ、ぽくが幼い見た目だからって、お客さんより歳下と決めつけるのは良くないでしゅよ」

「えっ、いや……」


 今度は年齢についてちびっ子が主張始めた。

 とは言え逆立ちして見ても、彼女は自分より幼くみえるので彼は戸惑った。


「こんな小さなシェフ見たことないからさ、一応俺もシェフだったからさ……」

「知ってるでしゅよ」

「えっ、初対面のお前っ、いやっアンタが何故俺がシェフだったと分かるんだ?」

「……あのでしゅねぇ。とりあえず当店のフルコースを食べていきましぇんか?」

「……おいっ」


 話しを聞かないちびっ子シェフは、さらに他人に興味がない様子だ。



「あ、いやっ……俺っ今金ねぇんだけど……」


 彼は慌ててシャツとズボンのポケットを手探りで探したが、財布が見つからなかった。恐らく死んだ時この世で置いて来てしまったのだ。

 これでは食事が出来ない。諦めた彼から出たのはため息だった。


「はぁ〜あ、死んだら無になるって本当だったんだなぁ〜、生前は沢山お金持っていたのに」

「あのでしゅねぇ……あの世はお金が無くても生きて行けましゅよ。それに当店はお金を一切頂きましぇんから、ご安心を」

「そうなのか……本当にただでフルコースご馳走してくれるのか?」

「そうでしゅね。貴方が食に関する心の重しを外したいから、無意識にこの幽界のソウルレストランに誘われて来たのでしゅ」

「心の重し? ああ、俺はフレンチシェフだった。しかしあの日、交通事故で死んでから気づいたらこの町に立っていたんだ……」

「だから当店に吸い寄せられたんでしゅよ」


 彼がなるほどとうなづく。しかし、迷える魂がまるで外灯に集まる蛾と言いたげだ。


「……ああ、そうかも知れないな。俺の名は賀茂川龍斗かもがわりゅうと。生前は都内の三つ星レストランで働いていたんだ。へへ……そこで働くだけで名誉だったんだぜ。だがいつしか俺より優れた後輩が現れてな、あっという間に俺を抜いていった……」

「知ってましゅよ。そのせいで鬱になってある日店を飛び出し、車道を横切った時に運悪く車に跳ねられ死んだでしゅね」

「おいっ、なんでお前が俺の生前の出来事分かるんだ?」


 ズバリ当てられ賀茂川の頬に汗が落ち動揺を隠せない。

 このちびっ子は、自分の個人いや、故人情報を前もって調べ、さも霊感があるようにカモに言って信じ込ませようとしたのかと勘ぐった。だけど冷静に考えると、気まぐれで来店した客の個人情報を事前に調べられるのか? それは不可能だし、可能でもやるメリットが見当たらない。

 だからこのちびっ子シェフはひょっとして能力者ホンモノなのかなと、少し信じられる様になった。


「あのでしゅね〜……、とりあえずぽくのコース料理を食べてからにしてもらえましゅか?」

「ああ、ああ……その前に聞きたい」


 賀茂川が人差し指を立てた。


「このレストランはフレンチか?」

「……あのでしゅねぇ当店は、お客様の心の重しの種類に合わせて和、洋、中と他世界中の料理を出しましゅよ」

「お前がかっ? 世界中の料理を作って客に提供出来るってそんなの無理だろ!」


 一部の料理マニアなら不可能ではないかも知れない。だが、習得するには膨大な時間を要するハズ。しかも一ジャンルの料理を極めるのに一生かけても難しいのは、フレンチシェフだった賀茂川が身を持って知っているからだ。

 だからちびっ子の意見は譲れない。絶対子供には全料理習得は無理だと賀茂川が主張する。

 それでもプアルはニコニコしながら、決して首を縦には振らない。


「あのでしゅね〜、今からフレンチフルコース料理を作って来まちゅから、そこで大人しく待ってなちゃい」

「おっ、おいっ」


 話しの途中でプアルは賀茂川を残しスタスタと、厨房に戻ってしまった。彼は話しを聞かないマイペースな幼女だと思った。


 賀茂川は思わず立ちあがりプアルを呼び止め様としたが、すでに厨房の中でカチャカチャと調理器具の音を立てていた。

 彼は仕方なく座り直すと、手の平の上にアゴを乗せ渋々コース料理を待つことにした。


「ふわ〜あ、かったる。どうせタダだしな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る