再生の花は、世界を殺す

Liyracat

再生の花は、世界を殺す

 おい、そこのにいちゃんたち。「かずのとう」ってってるか?

 神話しんわ時代じだい強大きょうだい極悪ごくあく魔女まじょがいたんだ。そいつはあつか魔女まじょでね。そのちからおぼれて、このくにのほとんどをうみえちまったんだ。


 その魔女まじょ当然とうぜん大罪人たいざいにんとして処刑しょけいされたよ。

 でも、一箇所いっかしょだけはなたなかった場所ばしょがある。それが、あれ。「かずのとう」だ。

 どうしてやさなかったのか、って?

 そんなのまってるだろ!

 あそこは、その魔女まじょ宝物たからものねむってるからさ!


 ……それにさ。いまいる魔導士まどうしは、大罪人たいざいにん仲間なかまのこりってうわさだぜ。

 こえーよなぁ!

 にいちゃんたちもやされないようにをつけろよ!



 突然とつぜんぼくよりもおさな少年しょうねんこえけられた。ぼく動揺どうようしちゃって、なにわずにはなしいていたんだけど、となりにいたアルベラは心底しんそこ不機嫌ふきげんかおをしている。


「というわけで、ほら。情報料じょうほうりょういただくぜー!」

 少年しょうねんぼくかってのひらをせてくる。

 どうしたらいいだろう、とアルベラをようとすると、うよりもまえに、少年しょうねんかって拳骨げんこつとしていた。

学校がっこう歴史れきしならうぐらいの内容ないようで、おかねれるとおもってるわけ? せめて『大罪人たいざいにんレヴィア』の名前なまえぐらい説明せつめいしたらどうなのよ、まったく」

 ……容赦ようしゃがない。おんなひとって、こわいなぁ。

 でも、くちではそういながら、アルベラはなにかをかみいて少年しょうねんわたしていた。「これをフェルダニスてい門番もんばんわたしなさい」とえて。きっと学校がっこうかせるよう融通ゆうずうはかるつもりなのだろう。あんなことをわれたのに、さすが領主りょうしゅ孫娘まごむすめ


 ぼくはエル。孤児院こじいんんでるんだけど、手先てさき器用きようさを領主りょうしゅみとめてもらって、孫娘まごむすめであるアルベラの護衛ごえいつとめることになったんだ。孤児院こじいんにはぼくいもうともいる。兄妹きょうだいそろって金髪きんぱつのショートボブだから、時々ときどき間違まちがえられてしまう。

 ぼくおだやかないもうととは真逆まぎゃくのこのこわいおんなひとは、アルベラ=フェルダニス。つやのあるくろ長髪ちょうはつうしろにながしているけれど、一切いっさいみだれていないあたりにそだちのさをかんじる。


じょうちゃんはやさしいねぇ。さすがおかねちのいえだねぇ」

 からかうような言葉ことばをアルベラにかけた巨体きょたいおとこは、ガルド。アルベラのおとうさんが、護衛ごえいぼくだけでは心配しんぱいだといってべつやとったもう一人ひとり護衛ごえいなんだって。

 まぁ、ぼくゆみ短剣たんけん得意とくいだから、ガルドのように肉体にくたいつよくてたてになってくれるひとはありがたい。結果的けっかてきにアルベラのやりたいことが出来できるようになったし、これでよかったんだとおもう。


 そんなわけで、ぼくたちは「かずのとう」とばれるところの調査ちょうさていた。つまり、あの少年しょうねんはなし当然とうぜんってる。

 でもそのとう名前なまえ学校がっこうならうものであって、実際じっさいところは「かえらずのとう」なんて言われている。生還者せいかんしゃがいないんだ。

 そんな危険きけんとうをフェルダニスりょうかかえたままではいけないと、領主りょうしゅとう攻略こうりゃく傭兵ようへい冒険者ぼうけんしゃたちに依頼いらいした。でも、だれかえってこない。なに情報じょうほうがない。

 実験じっけん研究けんきゅうであちこちにびまくっているアルベラが、そんな危険きけん場所ばしょかうとしたときは、領主りょうしゅも、アルベラのおとうさんもいてやめるようにすがっていた。でもこの領地りょうちで…… いや、このくにで、アルベラ以上いじょうつよ魔導士まどうしはいないんじゃないかな。千人せんにん傭兵ようへい指先ゆびさきひとつではらってしまうほどの実力じつりょくひとなんだ。ぼくたことないけど。


「ほら、さっさといこうぜ。『かえらずのとう』によぉ。いったいどんなおたからねむってるんだろうなぁ!」

「いい? 目的もくてきは、とう内部ないぶ状況じょうきょう確認かくにんと、遺物いぶつ回収かいしゅうだからね。それを間違まちがえちゃダメだからね」

 ぼくがぼんやりと物思ものおもいにふけってるうちに、二人ふたりはさっさとあるいていく。あわてていかけようと一歩いっぽすが、つい、うしろをかえってしまう。


「ファイ…… おにいちゃん、絶対ぜったいかえってくるからね」


 孤児院こじいんにいるいもうとけてそうちいさくつぶやいて、ぼく今度こんどこそ、二人ふたりいかけた。


    □ □ □


 かずのとうはなんというか…… たか岩山いわやまというかんじだった。

 ややしろみがかったいわと、くろくてひかりかえさないなぞかたまりがぐにゃぐにゃとむようにしててられてる。そのいわかたまりのどれもがガルドぐらいのおおきさ。どもが二種類にしゅるいのブロックを適当てきとうげたら、こんなかんじになるかも。神話しんわ時代じだいには、もしかしたら巨人きょじん存在そんざいしていたのかな。


 ぼく巨人きょじんおもいをせているよこで、アルベラはとう外側そとがわをペタペタとさわりながらメモをっていた。

「このいわなに? 花崗岩かこうがん一種いっしゅ? でもこんなにおおきな花崗岩かこうがんなんてどこからってきたのかしら」

 ……あー、はじまっちゃった。これがはじまると、ながい。

 ぼくはアルベラの興奮こうふんおさまるまで、そこらへんで寝転ねころがることにした。太陽たいようあたたかい。かぜけて、なんともおだやかなだなぁ、とおもう。

 これから「かえらずのとう」にはいるとはおもえないぐらいに、いい天気てんき

 そうやってゴロゴロしていると、ガルドも一緒いっしょよこになった。

ひまだなぁ」

「そうですね」

 そんなみじかいやりりをして、沈黙ちんもくながれる。仕方しかたがない。共通きょうつう話題わだいなんて、ほとんどないのだから。

 そんなことをかんがえていたら、ガルドのほうから話題わだいってくれた。

坊主ぼうずはなんでじょうちゃんについてきてるんだ? これか?」

 ガルドは小指こゆびててせた。ぼくおもわずためいきをつく。

孤児院こじいん育ちのぼくが、領主りょうしゅ孫娘まごむすめとおいなんて出来できるわけないですよ。ぼくはただ、孤児院こじいん恩返おんがえしがしたいだけなんです」

「ほう」

 領主りょうしゅぼく護衛ごえい任命にんめいするわりに孤児院こじいん大量たいりょう支援しえん約束やくそくしてくれた。だから、ぼく精一杯せいいっぱい頑張がんばってる。なにより、いもうとのファイのために頑張がんばってる。

おれかねちからしいからなぁ。不老不死ふろうふしくすりでもれてよぉ。『かえらずのとう』から帰還きかんした勇者ゆうしゃだぞ! うやまえ! ってやりてぇな」

 となりでガハガハとわらっている。ぼくにはガルドの気持きもちはよくわからない。

 それでも、目的もくてきちが三人さんにんが、こうしてってごせるのはいいことだな、とおもった。


「ほら、二人ふたりとも! なかはいるわよ!」

「へいへい。じょうちゃんについていきますよぉっと」

 ガルドがいきおいよくがったので、ぼくからだこした。

 目指めざすは、最上階さいじょうかい

 こうして、とう内部ないぶへとあしれた。


   □ □ □


 おかしい。絶対ぜったい、おかしい。

 領主りょうしゅはなしだと、もうりょうではかぞえられないほどの人々ひとびとが、過去かこにこのとうへとやってきたとっていた。帰還きかんした人間にんげんはいない。つまり、全員ぜんいんんでいるはず。

 それなのに、なぜか腐臭ふしゅうがしない。

「このくろかたまりいわじゃなくて金属きんぞくかしら。はじめてるけど、ちょっとのねつじゃけそうにないし、いったいこれは……」

 ぼく違和感いわかんたいしてめぐらせているあいだに、アルベラはまだ一人ひとりでブツブツっていた。これは攻略こうりゃく時間じかんがかかりそうだ……

 でもとうつくりそのものは階段かいだん廊下ろうか時々ときどきせま部屋へやがあるだけの単純たんじゅんなものだった。アルベラをかせば、なんとかよるにはられるかな。


「あーーーー!」


 ぼくはビクンとからだふるわせた。ガルドもおどろいて、こえげたアルベラへと視線しせんけている。

「すごい。これ、手記しゅきじゃない? え、めない! 解析かいせきしなきゃ!」

 ……このひとめないことをよろこんでいるようだ。ぼくちいさくためいきをつく。

「……アルベラ。けものとかがあつまってきちゃうので、大声おおごえすのはやめてください」

 そこまでったところで、ぼくなにかがちかづいてくるおといた。けものではない。けものはもっとつめおとがカツカツというものだ。ぼくみみはいったのは、ガシャンガシャン。


せろ!」


 ガルドがぼくおもばした。結果的けっかてきにアルベラにまでたり、二人ふたりかさなるようにしてたおれこむ。

 つぎ瞬間しゅんかん、アルベラのあたまがあったであろう場所ばしょを、幾本いくぼんものやりとおぎてった。かべたったやりさることなく、カランとおとててころがる。

 やり発射元はっしゃもと視線しせんける。くろ物体ぶったい二足にそく歩行ほこうでゆっくりとちかづいてきていた。ぼくあわてて短弓たんきゅうかまえる。

機械きかい……?」

 アルベラがうしろでちいさくつぶやいた。

 機械きかい。あぁ、たしかにそうだ。おおきないた器用きようわせて、やや人型ひとがたされたうご機械きかい。それなら解体かいたいしてしまえばどうってことない相手あいてだろう。いつものようにガルドがけて、そのすきぼく背後はいごから短剣たんけんみ、配線はいせんればいい。

坊主ぼうず準備じゅんび出来できてるか!」

「はい!」

 ぼくはガルドのこえけにおうじた。


 ガルドはおおきなたてけんをガンガンとらし、機械きかい挑発ちょうはつした。アルベラへとあゆみをすすめていたそいつは、ガルドへと標的ひょうてきえる。

 ぼく気配けはいして、機械きかい視界しかいそとへとげた。すれちがいざまにアルベラはガルドとぼく保護ほご魔法まほうける。これでしばらくは、攻撃こうげきらってもいたくはない。


 機械きかいがガルドにかっておおきなやりす。ガルドはそれをうまくたてながし、ぎゃくやりつかんで機械きかいうごきをめた。

 そのすきぼくがさず、機械きかい背中せなかにとびかかった。人間にんげんだったらおそらくくび根本ねもとあたり。かたそうないたいたあいだに、全体重ぜんたいじゅうをかけて短剣たんけんむ。そのままよこいた。ブチブチとなにかがれる感触かんしょくわる…… はずだった。


「…………これ、機械きかいじゃない!」


 なにった感触かんしょくがしなかった。空気くうきったみたいだった。

 ぼくあわてて機械きかい蹴飛けとばすようにして背中せなかからはなれる。ぼくのいたところに、やりがぶんと横切よこぎっていった。……が、いた。

「おい、じょうちゃん! こりゃ、どうすりゃいいんだよ!」

 ガルドはさけびながらけん機械きかいけてろした。しかし、金属金属金属金属がぶつかるようなたかおとひびいて、はじかえされている。


 アルベラは一生懸命いっしょうけんめいあたまなやませている。

 なやんでいるあいだにも、ガルドがめられてしまっていた。ぼく弓矢ゆみや機械きかいあおっても、ダメージをあたえられないどころかかえりもしない。

 ガルドがあぶない。どうしたら……!


「あ!」

 アルベラがなにかをひらめいたようだった。そのあとはもう、はやかった。

 アルベラが機械きかい指先ゆびさきけたとおもったら、その機械きかいうごきがピタリとまった。


 しん、としずまりかえる。


 ガルドはたてやりめようとし、からだちぢこまらせていた。とはいえ、このやりければこわれかけのたてくだけていただろう。相当そうとうあぶないところだった。


 しばらく様子ようすをうかがったが、機械きかいうごくことはなさそうだった。そう確信かくしんした三人さんにんはようやくおおきく溜息ためいきをつき、そのにへたりんだ。

「こりゃ、『かえらずのとう』なんてわれるわけだわ…… あんたたち、わたしがいなかったらいのちはなかったんだからね! 感謝かんしゃしなさい!」

じょうちゃんがいなけりゃ、そもそもこのとうはいらなかったがなぁ……」

 ガルドは苦笑にがわらいをかべながらだい寝転ねころがった。こればかりは、ぼくもガルドに全面的ぜんめんてき同意どういだ……

 二人ふたりはまだ軽口かるぐちたたけているが、ぼくくちあしも、もううごかせそうになかった。

 あぶない仕事しごとであることはかってる。それでも……

 やりがアルベラにかってんでき、ぼくのいたところを横切よこぎり、ガルドをつらぬくとこだった。

 ……そのとき光景こうけいが、何度なんど何度なんどあたまなかかえ再生さいせいされる。恐怖きょうふが、全身ぜんしんめぐる。ふるえのまらないうでで、自分じぶんからだきしめた。


「ところでよぉ、どうしてこれはうごかなくなったんだ?」

 ガルドの冷静れいせい質問しつもんに、ぼくくびげた。ぼくもそこはになっていた。アルベラはなにをしたんだろう?

反射はんしゃ魔法まほう使つかったのよ。こいつ、魔法まほう生物まほう一種いっしゅなの。こいつの中心ちゅうしん魔力まりょくかくがあって、それがからだうごかしてる。そのかく反射はんしゃ魔法まほうくるんだの。研究けんきゅうしてなきゃ、づかなかったわ」

 アルベラは、なんかすごいことをやったらしい。ぼくにはわからない。

「だからこれは、だれかが意図的いとてきに作ってる。いわば、ガーディアン。守護者しゅごしゃってところ」

 守護者しゅごしゃ、という言葉ことばにガルドのおおきくかがやいた。ぼくぎゃくにブルリとふるえる。

 こんなすごいじゅつあつかえる魔導士まどうしがこのさきにいるかもしれない。ぼくたちは、本当ほんとう大丈夫だいじょうぶなんだろうか……?


「さて、さっさと探索たんさくしましょ。反射はんしゃ魔法まほうだって、ずっといてるわけじゃないし」

 その言葉ことばいてぼくはすくっとがった。さっさとげたい。そんな気持きもちが先走さきばしって、ぼくはそそくさとすすんだ。


   □ □ □


 そのあと何度なんどもガーディアンにおそわれた。

 その都度つど、アルベラの魔法まほう機能きのう停止ていしさせてきたが、だんだんと奇襲きしゅうえ、ぼくたちも無傷むきずごすことがむずかしくなった。

 回復薬かいふくやくとアルベラの魔法まほうで、なんとかてる程度ていど維持いじしている。

 おかげで装備そうびも、相当そうとういたんでしまっている。いつこわれてもおかしくはない。

 アルベラも気丈きじょう振舞ふるまってはいるが、かおからがややいているようにえた。

 このままでは、まずい。

 かくすためにも、ぼくちかくのとびらけてなかはいった。


 ぼく最初さいしょづいた違和感いわかんは、ただしかったようだ。

 ここがなん部屋へやなのかは、かんがえたくもない。かべに、からだをかがめればはいれそうなぐらいのおおきさのとびらが、たてふたつ、ならんで設置せっちされていた。

 とびらおくからは、なにえるおとがする。

 一緒いっしょはいってたガルドが不用意ふよういしたとびらひらいた。てきたのは、けこげた人骨じんこつだった。

 このとう腐臭ふしゅうがしなかったのは、これが理由りゆう

 亡骸なきがらが、やされている。つまりこれは、焼却炉しょうきゃくろ


 アルベラをチラリとたが、かおをしかめるだけでとく問題もんだいはなさそうだった。

 それよりもガルドのほうがショックが大きいようで、部屋へやすみでうずくまってしまった。

 ぼく腐臭ふしゅうがしない時点じてんなんらかの処理しょりがされているとんでいたから、まだ心構こころがまえが出来できていた。

 それにしても…… なんのために亡骸なきがらやしているんだろう。すくなくとも、とむらいのためではなさそうだ。


 ちかくでアルベラが石板せきばんつけた。

 状況じょうきょう状況じょうきょうなだけによろこびはしなかったが、古代語こだいごしるされていることにづきその解読かいどくはじめた。

かすれていてほとんどめないなぁ…… 『再生さいせい』……『はな』……『聖域せいいき』……?」

 ぼくみっつの単語たんごいてくびかしげる。ぼくあたまおもいつくものは、ひとつしかなかった。

「それって、まぼろしの『再生さいせいはな』のことですか? 特定とくてい場所ばしょにしかかないとわれているはなですよね?」

 ぼくがそういかけると、アルベラはくびたてりかけて、また石板せきばんへと目線めせんもどってしまった。

「『はな』のすぐうしろに『セイラ』って固有こゆう名詞めいしかれてるわ。文脈的ぶんみゃくてきはな名前なまえね。もしかしたらここは、再生さいせいはな『セイラ』をそだてる場所ばしょだったのかも」

再生さいせいはなって、あれだろぉ? 不老不死ふろうふしくすり使つかわれるってやつだろぉ? そんなもんを魔女まじょひとめしようとした、っていうのか!」

 回復かいふくしたらしいガルドが会話かいわじってくる。そしてやっぱり、をキラキラとかがやかせている。

「あんなガーディアンが徘徊はいかいしているとうじゃ、再生さいせいはなかえることのできるひとはいないわよね。わたしたちが、まぼろし現実げんじつにしてやりましょ!」

 アルベラの目的もくてきがだんだんとわってきてしまった。でも仕方しかたがないとはおもう。アルベラは研究けんきゅうきだから。ガルドはかねもうけをかんがえているのかもしれないけど、アルベラはきっとはなそのものに興味きょうみがあるんだろうな。

 アルベラとガルドは、部屋へや意気いき揚々ようようとうおくへとすすんでいった。

 ぼくも、不安ふあんしつぶされそうになるこころふるたせて、二人ふたりあとった。


   □ □ □


 とうそとへとつながった。位置的いちてきにはおそらく、とう屋上おくじょう

 くろ金属きんぞくかたまりと、しろいわ構成こうせいされたとう景色けしきからはかんがえられない光景こうけいが、まえひろがっていた。

 かべおおわれた空間くうかんゆか一面いちめんに、ちいさくてあわむらさきはなみだれていた。背丈せたけセンチ程度ていど五枚ごまい花弁かべんはな

 ここだけ異世界いせかいたかのような、視界しかい一杯いっぱいむらさきだった。天国てんごくだよ、とわれたらしんじてしまいそうなぐらいに、うつくしい光景こうけいだった。

 ただひとつ、天国てんごくにはつかわしくないものがいやでも視界しかいはいる。

 それは、かべきざまれた不可解ふかかい文様もんよう

 ここにいてはいけないと本能ほんのうげる――そんな文様もんようえた。


「これが再生さいせいはな『セイラ』ね! はやってかえりましょ!」

 アルベラが魔法まほうとなえる。おそらくこの一面いちめんいているはな魔法まほうるつもりなのだろう。しかしアルベラがゆびはなけても、なにこらなかった。

「……あぁ、このかべ模様もよう吸魔きゅうまじんか! なら仕方しかたがない。れるだけっていきましょ」

「やったぜぃ!」

 アルベラとガルドはいろえてはなる。とはいえこれだけりょうおおいと、さすがにすべてのはなれなさそうだ。それぐらい、ここのはなみついている。


 ぼくもこのセイラのはなひとった。ファイにこの景色けしきせられないけれど、こんなに綺麗きれいはなならばきっとよろこんでくれる。

「おい、坊主ぼうず! そんなちょびっとだけでいいのか? このはなかねになるぞ!」

 ガルドが両腕りょううで大量たいりょうはなかかえながらこえをかけてきた。けれどぼくくびよこる。

「まずは研究けんきゅうさきですよ。アルベラが不老不死ふろうふしくすりつくってから、おかねわるんじゃないんですか?」

 ぼく言葉ことばにガルドがかたまった。そしてかおゆがめながら悪態あくたいをつき、かかえていたはなをそのまま地面じめんてた。それをよこからアルベラが回収かいしゅうしてく。


 そらげた。夕焼ゆうやけでそらあかまりはじめてきたころだ。さすがにそろそろ、とうからたい。

みなさん。そろそろとうましょう。れますよ」

 ぼくがそうこえをかけると、おもいのほか素直すなおうなずいてくれた。アルベラだけはすこ名残なごりしそうだったけれど、パンパンにふくらんだ荷物袋にもつぶくろをチラリとみて、十分じゅうぶんりょう判断はんだんしてくれたようだ。

 ぼくはセイラのはな花弁かべんをそっとでる。

 ファイ。もうすぐかえるよ。


   □ □ □


 まちもどり、じょうちゃんと坊主ぼうずにさっさとわかれをげて、酒場さかばんだ。

「おう、ガルド! ひさしぶりじゃねぇか!」

領主りょうしゅんとこの孫娘まごむすめのおりだろ? たっぷりかせいだんじゃねぇのかあ?」

 さけ仲間なかまおれにたかってきた。さけ一杯いっぱいでもおごれ、っていうんだろう。

 うでかたへとまわされて、さけくさかおちかづいてくる。

「お? おまえはななんかくっつけて、どうしたんだ?」

 おれ背中せなかがわふくっかかっていたらしいはなを、そいつがヒョイとつまみあげる。

 なんでそんなところに、と一瞬いっしゅんあたまをよぎったが…… 面倒めんどうくせぇ。

しいならやるよ。それより、さけ寄越よこせぇ! 今夜こんやむぞぉ!」


   □ □ □


 みなわかれて、ぼくはようやく孤児院こじいんへとかえってきた。

 ただいま、とこえけながらそっととびらける。

「おにいちゃん! おかえり!」

 ぼく姿すがたたファイがいきおいよくびついてきた。そんな可愛かわいいもうとを、ぼくやさしくきとめる。

「ふふ。ただいま。ファイにお土産みやげだよ」

 そういって、セイラのはなをファイにせた。ファイがうれしそうにそのはなる。

「わあ! 綺麗きれいはな♪ おにいちゃん、ありがとう!」

 ファイがうれしそうにると、植木鉢うえきばちがないかとさがした。そのままそとへとしてしまったので、ぼくもそのあといかける。


 ファイがごろな植木鉢うえきばちつけて、せっせと庭先にわさきつちをそのなかれていた。そしてやさしく、セイラのはなれた。

じつはね、おにいちゃんがかえってくるってかってたんだよ」

「そうなの? どうして?」

 ぼくがそうたずねると、ファイはかずのとうゆびさした。そこにはあわむらさきの、はなおないろせんが、おかふもととうつないでいる。

「あのむらさきせんがね、とうからすこしずつびてきたんだよ。しかもね、だんだんふとくなってるの。あぁ、おにいちゃんがかえってくるんだな、っておもったんだ♪」

「……そ、そうなんだ」

 なんだろう。

 むねなか違和感いわかんだけがふくらんでいく。はやく、アルベラにつたえにいかなきゃ。


   □ □ □


 わたし、アルベラ=フェルダニスのけて、絶対ぜったいにこの手記しゅきはななぞかさなくてはならない。

 不老不死ふろうふしくすりなんとしても完成かんせいさせてやろうじゃないの。

 そう宣言せんげんして、お爺様じいさまとお父様とうさまのしつこいいかけを無視むしし、石造いしづくりの研究室けんきゅうしつへときこもった。

 途中とちゅうわたしたずねてきたひとがいたらしいけれど、あらためるようってかえさせた。

 そうして一週間いっしゅうかんが過ぎ、二週間にしゅうかんが過ぎ…… ひとつきぎそうになったころわたしはようやく、この手記しゅき解読かいどくすることができた。




 八月はちがつ一日ついたち

  今日きょうから日記にっきをつけてこうとおもう。

  いたところでなに意味いみがないことはかってる。

  でも、わたしあたらしい友達ともだちができたんだ。

  わたし魔女まじょわれてる。

  金属きんぞくあやつ魔女まじょ

  でも、魔女まじょ異端いたんだからって、

  いえされちゃった。

  友達ともだち魔女まじょなんだって。

  みずつちあやつ魔女まじょ

  されたもの同士どうし仲良なかよくしたいな。


 十月じゅうがつ十二日じゅうににち

  人気ひとけのない場所ばしょで、

  いわってあそんでたら、

  いつのにかみたいないえができちゃった。

  ここを、わたしたちのおうちにしようね。

  あたらしい生活せいかつたのしみだね。


 十二月じゅうにがつ二十四日にじゅうよっか

  ごちそうをつくろう、と頑張がんばったけど、

  パンが黒焦くろこげになっちゃった。

  かまどのつよすぎてあわてたら、

  友達ともだちわたしごとみずをぶっかけてきた。

  ムカついたからかみやしてやった。


 二月にがつ二十三日にじゅうさんにち

  友達ともだちが、綺麗きれいはなつけた。

  ちいさくてあわ紫色むらさきいろはな

  大事だいじそだてたいと友達ともだちってたけど、

  異端いたんであるわたしたちにいやがらせするひとおおい。

  だから、わたしたちのおうち屋上おくじょうに、

  庭園ていえんつくることにした。

  金属きんぞくいわみあがっただけのいえに、

  つちはこれて、

  屋上おくじょうだけは綺麗きれいはなばたけにするの。

  友達ともだちよろこんでくれた。

  にわ中央ちゅうおうに、そのはなえた。

  にわまわりのかべには、保護ほごじんきざんだ。

  このはなれることがありませんように。


 再生さいせいはなはなしが出てきた。かずのとうたあのはなだ。

 わたしおおきく深呼吸しんこきゅうをした。姿勢しせいただし、さらに集中しゅうちゅうしてすすめる。

 しかし、つぎのページをめくって、まえくらになった。


 (日付ひづけし)

  んだ。友達ともだちんだ。

  いやがらせをしてくるひとたちにころされたんだ。


  いても意味いみがないことはわかってる。

  でもかせて。


  最後さいごちからしぼって、

  友達ともだちはなところまでやってきたんだ。

  わたしつけたとき、

  まだかすかにいきはあった。

  レヴィアってんでくれた。

  ありがとう、ってってくれた。

  このはなをよろしくね、ってって、

  はなでて、んでしまった。


  はながおかしい。

  友達ともだちれたところから、

  一気いっきはな芽吹めぶきだした。

  はな友達ともだちからだつつんだ。

  友達ともだちはなべられてしまった。

  さらにはないきおいよくいた。

  わたしはなはらおうとした。

  ダメだった。

  かべ保護ほごじんいてる。

  どんどんはなえてった。

  わたしした。

  それが、ダメだった。


  いえそとたら、

  わたしについていたはなたねこぼちた。

  足元あしもとむらさきはないた。

  どんどんいた。もうまらなかった。

  いてもいても、はなえた。

  はなが、むらおそい、まちおそい、くにおそった。

  すべてが、はなになった。


  わたしちからかぎり、すべてをはらった。

  くにんでしまった。

  だからやしたとしても、問題もんだいはない。

  くにえている。はなえている。

  わたしはすべてをくした。

  でも、わたしいえだけは、どうしてもえない。


  だれはいらないように、このいえまもろう。

  わたしいのちをかけてまもろう。

  いえなかはいったもの抹殺まっさつせよ

  亡骸なきがら焼却しょうきゃくせよ

  そのふたつだけを実行じっこうするガーディアン。

  これがあれば、きっと、もうはなそとない。


  魔力まりょくが、きた。

  いま、そっちにいくね。セイラ。



「…………」

 手記しゅきえたわたしは、茫然ぼうぜんとした。

 大罪人たいざいにんレヴィアは…… はなつつまれた世界せかいすくうために、王国おうこくうみにしたというの……?

 あのガーディアンは、あのとうからはなさないために設置せっちされたもの…… つまり、くにまもっていたということ……?

 あたまいたくなってきた。

 つまり、わたしたちがやったことというのは……


 わたしあわてて研究室けんきゅうしつそとた。

 まえんできた光景こうけいは、一面いちめんあわむらさきかぜれてなみつくちいさな花々はなばな

 青々あおあおとしていたはずのにわも、あたたかかな木造住宅もくぞうじゅうたくも、広大こうだいゆたかなはたけも、にぎやかでひときかう街道かいどうも、すべてがはなおおわれていた。

 きているもの気配けはいかんじない。ときまった場所ばしょあわむらさきはなだけがれている。

 みち所々ところどころがったはなやまがある。ひとがすっぽりとまるぐらいのおおきさ。

 手記しゅき内容ないようおもす。くちなかが、かわく。

 「これは、人間にんげん……?」


 領地りょうちそと山々やまやままであわむらさき

 わたしのせいで、くにがこうなった。

 地続じつづきの隣国りんごくも、うっすらとむらさきがかってえる。

 わたしが、ほろぼした。

 わたしが、みなころした。

 わたしが、すべての元凶げんきょう


「あ……あは…………」


 あぁ、そうか。

 レヴィアもこんな気持きもちだったんだ。


「あは……あははは……」


 レヴィアはこの場所ばしょまもろうとして大罪人たいざいにんになった。

 やさなきゃ。やさなきゃ。はなをすべて、やさなきゃ。

 お爺様じいさま、お父様とうさま、エル、ファイ、ガルド……

 あぁ…… きっとみなすでに……


「……わたしはフェルダニスりょう領主りょうしゅ孫娘まごむすめ。アルベラ=フェルダニス。たとえ大罪人たいざいにんののしられようとも、わたしはこの領地りょうち再生さいせいするわ」


 わたしはそう、たからかに宣言せんげんをした。そして天空てんくうかってゆびきつける。

 こわれてしまった世界せかいは、破壊はかいでしか再生さいせいできない。

 ……そうでもおもわなきゃ、わたしは…… わたしは…………


「『かずのとう』…… わたし知識ちしきをもって、今度こんどこそわたしいてあげる」


 使つかうのは、魔法まほう

 わたしやせないものなど、存在そんざいしないはずだ。

 だってわたしは…… アルベラ=フェルダニスなんだから。


 てんあおぐ。そらあおまでもが、わたし指先ゆびさきつめているがした。

 あの大罪人たいざいにんレヴィアも、このあおたんだろうか。

 わたしおおきくいきいた。

 彼女かのじょおなじように、わたしわたしのできることをやるだけだ。わたしなら、できる。


 そうこころかせて、自分じぶんてるかぎりの魔力まりょくはなった。

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