空からラッパの音が聞こえる
ケンプファー
.
その日だ。
皆が待ち望んだ日だ。
13月31日
朝、目を覚ます。
いつになく軽く、瞼が離れる。
微笑みを浮かべ、走り出す。
私の献身が届く場所へ。
皆の熱い想いが一番よく見える場所へ。
何が見えるだろう。
何が変わっているだろうか?
窓を開けて、世界を知ろう。
ビル群の中で。
淘汰された矮星さえ歌い、オパールのように数多の光が見え。
深紅を謳歌し、星々の心中を慰める多色の空。
その空の深紅色は、
時節に合わせて落ちる赤色の落葉のように、深さを知ることができない。
雲という時間の影さえ許さないまま。
数えきれない無限の星と、
美しい深紅の色だけが、
天空を覆っている。
ああ、これほど美しい光景が再び来るだろうか。
全身に鳥肌が立ちそうだ。
宇宙の歴史を繰り返したとしても、
この姿態を見せてくれる日は二度と来ないだろう。
あれを見ろ!
いつでも、いついかなる時でも、
健気に空の中で明るく輝いていた太陽も。
今日ばかりは永遠に続くと思われた自身の色を失い。
力を尽くして無残に晒される灰色の体躯は、
この恍惚とした雰囲気とは対照的に、
孤独に、風化していた。
降り注ぐ。降り注ぐ。
虹色の尾を付けて、降り注ぐ。
降り注ぐ。降り注ぐ。
空の無限の光が近づいてくる。
降り注ぐ。降り注ぐ。
自身の居場所を離れ、
無生物が自由を追求する姿は。
こんなにも感動的な事だったのか。
整理の時間が来た。
我々に与えられた、短い時間の沈黙が。
以前の姿はどこに行ったのだろうか。
きらびやかだった世界は、
何もなかったかのように静まり返る。
世界が暗くなっている。
生命活動を停止する有機物のように。
いかなる動きも見られない。
今私が、我々が動いたなら。
微細な震えさえも、池に落ちる木の葉のように。
大きな波紋を広げるだろう。
ああ、我々の最後の待ち望みだ。
以前の行いを振り返り。
後悔に侵食され、淘汰されないことを。
ただ、最後の静寂が終わることを。
切に願うだけだ。
時が来た。
「ブウウ─────」
ああ、始まりのラッパの音だ。
天が我々を導きたもう。
このラッパの響きは、生存を切望する者たちを欺く音。
彼らの導きを大人しく待ち、歓喜を感じよう。
柱なき者たちの末路を迎え、愉悦を感じよう。
「ブウウ─────」
落ちる。落ちる。
深紅の空から落ちる。
落ちる。落ちる。
零度のルビーたちが落ちる。
あの方がお降ろしになる宝石たちが落ちる。
あの方が創造された存在の固有の液体が形を成し、落ちる。
「ブウウ─────」
神秘の領域である空の色を映し出そうと努めるエメラルド色の海が、波打つ。
切実な海の願いが叶ったのだろうか。
美しい中低音のラッパの音が聞こえるほど、変わっていく。
空と地が接するかのような果てしない水平線を見て。
海の生命も皆、ラッパの音を聞いている。
海の色も空の色を模倣しているのだろうか。
垂直に伸びた、出会うことのできない二つの存在も。
同じ姿を醸し出している。
「ブウウ─────」
ああ、温かい愛が、世の中の何よりも神聖な炎が。
世界を満たしている。
原罪で汚された世界を燃やしている。
その恍惚とした光景を見ている同胞たちが。
自身の卑しい肉体を浄化するために、
最後を神聖な灰となるために、
炎の中へ歩いていく。
「ブウウ─────」
炎は飲み込む、生命たちを飲み込む。
あの方の感動を感じる真の者と。
世界の姿を否定し、自我を失ってしまった人々。
受け入れることのできない罪で汚された人々も分け隔てなく。
聖なる姿で浄化する。
「ブウウ─────」
星一つが足跡を残しに来る。
松明のように燃え盛る足跡を残しに来る。
あの方が送られた終わりの星が我々を訪問する。
過ちなく、真っ直ぐな軌道で来る。
ああ、我々は訪問客を極めて丁重にもてなそう。
どうか、お降りくださいませ。
同胞たちを、人々を、この惑星の生命の三割をそこへとお送りくださいませ。
「ブウウ─────」
ああ、我々を明るく照らしてくれた炎はどこへ行ったのだろうか。
世界が暗くなっている。
空の中で多采に輝いていた無数の星々も。
空を敬っていたその星々が。
自身の専念を邁進し終え。
これ以上、明るく輝くことを止めてしまった。
世界の光源たちが色褪せた存在になるために身を投げた。
「ブウウ─────」
世界のあちこちで何かが現れていないか?
確かに美しかったが、今や暗くなっていく空を飛び回るものたちが。
いや、「あの方々」が。
目。
目。
目。
目?
目。
目。
目。
瞳。
瞳?。
瞳。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
手。
足。
足。
足。
足。
足。
皮膚。羽毛。翼。頭。頭?。頭?。頭?。頭?。頭?。目。瞳。手。指。指。指。皺。皺。皺?。皺?。
脚。
脚。
脚。
脚。
ああ、あまりにも美しい。
これほどまでに美しい姿をされた方々だなんて。
あなた方の姿を見た後、
私の目はもう満足することができません。
もう、私の目には美の基準が溶け落ちてしまいました。
もはや、役に立たなくなってしまいました。
そのような姿で、世の中に現れるなら。
我々はどのような姿でお迎えするのが良いのか。
我々自身があまりにも醜悪であることに気づいてしまいます。
こんなに醜悪な姿をして美の基準を定めようとしていたという事実が、
あまりにも恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしくてたまりません。
私の姿を、変えてください。
私の姿を、あなた方と同じにしてください。
私を、かき乱してください。
私の肉体を思う存分かき乱してください──────────
「ブウウ─────」
彼らは去った。
自身に与えられた使命を果たすために。
彼らが通り過ぎた道には。
美しくかき乱された人々の肉体だけが散らばっているだけ。
「ブウウ─────」
水が全て深紅色の液体になる。
鉄の匂いが充満する液体になるのだ。
川。
湖。
我々が使う地下水さえ。
全て、
全て、
我々が持っている深紅色の液体に。
変わっていくのだ。
「ブウウ─────」
ああ、世界が干上がっていく。
次第に無生物的に、冷たくなっていく世界の色。
その灰色は、
火の消えた、我々の姿を表しているのだろう。
しかし、
しかしだ?
たとえ我々が灰色の色を帯びていても、
我々の心は、
我々の心象世界は、
永遠に金色だろう。
「ブウウ─────」
最後らしい。
空から鐘の音が聞こえる。
重々しくもありながら、
澄んだ、妙な鐘の音。
「ゴーン」
「ゴーン」
「ゴーン」
一定の間隔を置いて、
連続して聞こえる鐘の音は、
終わりを意味するのだろう。
目を閉じよう。
今や、君の周りで身元不明の存在が現れようと、
君の周りの人々の姿が奇怪に変異しようと、
溶け落ちようと、
それに執着せず、
それを祝福せず、
それに恐れを感じることなく、
受け入れる時間なのだ。
間もなく、空から
今まで一度も聞いたことがない、
世界で最も貴い声が聞こえるだろう。
「ブウウ─────」
最後のラッパの音だ。
我々の魂が深淵を彷徨おうとも、
その声が傍らに降りてきて我々を裁かれるだろうから。
どうしてその配慮を拒絶できようか。
さあ、
これは、
私が、我々が、
君を、君たちを、人類を、
一段階高い、
高位の存在へと昇天させるための、
最後の計画。
終末であろう──────────────────────────────
空からラッパの音が聞こえる ケンプファー @kampfer08
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