魔石デフレ追放
ハロイオ
魔石デフレ追放
1章
「もうそれやめろよ!何度も言ったろ!」
魔石が貴金属の代わりの通貨になる国。
通貨の材料として、貴金属が使われた時代もあったが、それを劣化させる魔物が現れたために、現代は魔石が代わりになっている。
また、それ自体に価値のない不換紙幣を使う時代もあったらしいが、僕は詳しく知らない。
僕達魔物ハンターは、ダンジョンで魔物を狩り、魔石を取り出して売るのが主な仕事だ。
不景気が続きみんな給料が上がらない中、僕、パーティーの荷物持ちのフリードは収入源として、魔物の皮や骨や筋を拾うのを提案していた。
というのも、それをある人間の協力で精錬すれば、魔石と同じ成分が取り出せるからだ。まだルールは定まっていないが、違反ではない。
それを説明したのに、リーダーのケインはいまだに嫌がっている。
「いい加減にしろよ!匂いもきついし、そんなの拾って恥ずかしいんだよ!」
収入にはなるにもかかわらず、恥や匂いで嫌がっているのだ。確かに消すのは大変だが、収入には見合っているはずだ。
「こっちこそ何度も言ったろ?取り出す分け前もルール通りだし、パーティーにも良いことなんだよ」
「もう良い!それやめないんなら、お前ここ抜けろよ!」
「え?」
「どうしてもやりたいなら他のパーティーと組むんだな。どこも嫌がるだろうけど。あと、貸した魔力、10日以内にこの利子で返せよな」
僕は魔物と直接戦えないので荷物持ちをしていたが、ケインから魔力を借りて、重量と体積を10分の1にまで減らす運搬魔法を使っていた。小柄な僕でも運搬魔法を使えば運べるのだ。
魔石だけなら3分の1の運搬魔法を使っていたが、皮や骨や筋も加えると、10分の1の魔法が必要になる。
ケインはルールぎりぎりの高利率で貸すので、他の借り手にも不評だったが、魔物と戦う技量も他の指導力も高いので、僕は渋々従っていた。今までその高利率でも、返せてはいたのだが、今日は困った。
10日以内では、僕の集めた皮や骨や筋の、僕の取り分の魔石の精錬は間に合わない。「貯金」としての魔石を崩すしかない。
ケインはそれを分かっていて、この日にあえて持ちかけたようだ。
仕方がなく僕は辞めることにした。
魔石の金融機関で貯金を崩した帰り道、ギルマスに相談しようか迷ったがそれはあきらめた。
あのギルマスは優秀だと評判の経営者だが、外国の戦争帰りで政治的にも強硬で保守的な思想を持ち、厳しいと評判だったからだ。うわさによれば、「人を駒のように扱う人権侵害」に当たる魔法を持っているらしい。僕の味方はしてくれないだろう。
ギルマスの顔の傷、戦争のときのものらしいが、いつも怖い。怒鳴られたらどれほど心臓に悪いだろう。
ケインもギルマスも優秀ではあるから、僕はほとんど逆らえない。
ギルマスへの恐怖を思い出して体が震えるだけでなく、咳も出た。最近多い。
2章
「それで、これから私のところで手伝うの?」
精錬職人のマーシーに頼み込んだ。
元々彼女は魔物の皮や骨や筋を精錬出来る珍しい魔法を研究していたのだが、その実験材料を持ち込む僕を認めてくれていた。
彼女は精錬技術に熱心に取り組み、その温度調整や遠心分離の能力の高さは群を抜いていたのだが、「そんなものの精錬に使うのは宝の持ち腐れだ」と言われていた。
空気から肥料を作る魔法などにも高温高圧が必要らしいが、マーシーはそれをさらに超える技術を持つ。
「全く、匂いがどうとか外聞ばかり気にして、挙げ句10日以内に魔力まで返せとか、ルールぎりぎりまで意地悪いわね!」
僕のために怒ってくれるのも嬉しいが、マーシーのような美人はそういう表情も様になってしまう。言ったらセクハラだから気を付けなければならないが。
そう言えばマーシーは見合い話が多数来ているらしいが、魔石精錬の仕事にこだわるのを知られると評判が下がるらしい。
いまだにこの国は、女性の労働や学問に厳しい思想がある。
「とりあえず僕は魔物と直接戦えないから、他のパーティーが残した亡骸を拾うことにするよ。それはルール違反じゃないしね」
「でも運べるの?」
「貯金をもう少し崩して、小規模な運搬魔法で少しずつ運んで魔石の精錬を繰り返そう。君となら出来るよ」
そうしてフリードとマーシーは少しずつ「実績」を重ねた。
皮や骨や筋の「残余魔石」を少しずつ拾うのに専念して、精錬や研究に時間をかけるようになった結果、ケインのパーティーで「ついで」に集めていたものより純度の高い魔石を精製出来るようになった。
また、その外見や形状に、既存の魔石にない鑑賞価値もあると評価され、評判が上がったのだ。
他のパーティーも皮や骨や筋を集めてマーシーに渡して精錬してもらう仕事を始め、新しい流行となった。
そうして魔石の流通量が増えて、ギルド全体の利益が上がったのだ。
周りが真似するようになり、恥や外聞を気にする必要がなくなった頃にケインはマーシーと取引しようとしたが、フリードの件を知る彼女に断られた。
「もう遅い」と。
魔物狩り自体には影響せず、誰かの命にかかわるわけでもなく、ただケイン達の稼ぎが減るだけだろうから、そう言ってかまわないと判断した。
3章
「追放」は何から始まり、どこへ向かうのだろう?ギルマスは考えた。
「ここまでは良い話のつもりなのか?」
ケインがマーシーに断られた帰り道、フリードと同じく咳き込むのを遠目に見ながら、陰でギルマスは考えていた。
このフリードとマーシーの始めた残余魔石精錬は、マクロ経済からすれば、あの「追放」の根源の問題の「焼け石に水」にしかならないと。
この「追放」の根源にあるのは、低賃金を引き起こした魔石デフレ不況だろう。
まず、通貨制度からマクロ経済についてギルマスは振り返った。
通貨にはそれ自体に価値のある貴金属や魔石などの貨幣と、価値のない紙切れの不換紙幣などの貨幣がある。
前者の貨幣は材料が限られるので流通量が増えにくく、少なくなると希少価値が上がり、それに対する物価が下がり続けるデフレになりやすいが、使用価値があるので逆のハイパーインフレにはなりにくい。
後者の紙幣はデフレのときに量を増やせるので解決しやすいが、信用価値が落ちてハイパーインフレになりやすいとされる。
かつてある国で、政治不安などから不換紙幣のハイパーインフレが起きたために、貴金属の貨幣に変えて、今度は貴金属を劣化させる魔物の出現により、魔石に置き換えた。しかし魔石は流通量が限られるのでデフレ不況になりやすい。
そこまでは一般的な経済学として解説されるが、この国は特に魔石流通を減らし過ぎている。
現代では魔石通貨を扱うほとんどの国が、採掘量を増やして適度なインフレは達成しているにもかかわらず、この国だけ20年もデフレが続いているのだ。それは政府がかつてのインフレを恐れて、魔石の採掘や魔物の狩りを制限し過ぎなのだ。
あつものにこりてなますをふくと言える。
そのデフレの状況では、通貨の価値が上がるので国民が利己的に、というより合理的に貯蓄して、消費活動を減らして不況を悪化させ、さらなるデフレのスパイラルを招く。
そうしてこの国の賃金は上がらなかった。
近頃、他のギルドの人間が集まる酒場で、「俺の働きが評価されていない」、「搾り取られているんだ」、「どこかに良い職場はないか」という愚痴を聞くが、その顔ぶれをよく見ると、「俺」を評価していない人物も別のときに同じ愚痴をこぼすことさえあった。
デフレの状況で限られた富を奪い合う中で、多くの国民は目の前の人間のせいにしてしまうのだろう。
しかし一方でこの国は、失業率は国際的に低いとされる。低賃金でも働き続ける「ワーキング・プア」も多いらしい。
そして「どこかに転職したい」ものの「どこか分からないし怖い」心理が、「追放されて新天地で楽しく働きたいし、リスクや責任は追放した側に押し付けたい」という論理を生むのではないか?
フリードとケインの件は、その象徴なのではないか?
今の残余魔石精錬の「成功」にフリードは喜んでいるようだが、政府全体が魔石の流通を過剰に制限するこの国の現状でそれは「焼け石に水」の「小手先」でしかない。マーシーしか精錬出来ない現状で、ギルドの多数の人間が頼んで、その利益が集中しているために、少人数が儲かっているに過ぎない。
結局のところ、「追放」された先の新天地など、デフレ不況ではごく限られており、ミクロでのひとにぎりの人物しか成功出来ないのだ。
いずれこの「成功」は破綻する。マクロでの解決を考えない限り...
そこまで考えたところで、ギルマスは何故それを言わないか、その理由を思い出した。
デフレを解決するためには、通貨の流通量を増やすなどの「積極財政」が必要だとされるが、ギルマスにはそれを言いづらい理由があった。
「積極財政」に関連した観点から、ケインにも本来注意すべきところがあったのをしなかった。
かつて経験した戦争、顔の傷、そして、「あの魔法」を会得した自分の経験が、経済学の説明を阻んでいるのだ。
言うべきか、言わざるべきか、ケインやフリードやマーシーをどう指導すべきか、ギルマスは迷っていた。
ギルマスも咳き込んだ。この咳すら部下に怖がられることがあると自覚していた。
咳の原因も魔石デフレだ。
魔石が不足すると、体内の魔力すら減り、抵抗力が落ちてしまう。現場のケインもフリードも咳き込んでいたのをギルマスは知っていた。
魔石不足で、富を奪い合うケインもフリードも互いに苦しんでいたのだ。本質的に悪いのはどちらでもなく、この魔石デフレだ。
今は国の経済全体が風邪をひいているようなものだ。
フリードだけでなく、年を重ねたギルマスにもすでに魔物と戦う体力はない。彼に出来るのは...
4章
この「追放」は、大きな逆転を引き起こした。
ある日、ケインとフリードはそれぞれ別にダンジョンで仕事をしていた。
ケインは従来の魔物狩りを、フリードは他のパーティーに皮や骨や筋の集め方を教える仕事を行っていた。
しかし突然、多数の魔物がダンジョンを破壊する勢いで発生した。
ケインの戦闘能力でもとうていかなわず、ダンジョン中のハンターが一斉に逃げ出した。
フリードは背中を負傷し、出血を止める間もなく必死に走った。
みなが全力で出口に向かい、殺到した。
フリードは背中の傷口に他の人間の持ち物が当たり、痛みで気絶しそうになった。ケインは武器を置いて逃げているのが見えたが、それどころではなかった。
殺到して出口が詰まってしまう。このままでは間に合わない。
数え切れないほどの魔物が追いかけて来る。
(嫌だ、嫌だ、何でこんなことに...)
フリードもケインも焦っていた。そのとき、突然手足が勝手に動き出した。
後方でまだ殺到しておらずまばらだった人の集まりが足の動きを減速させた。そうして全員5列に並び出した。しかし表情は、みな明らかに自分の動きに驚いている。
どうやらその場の人間達が、みな自分の意思に反する手足の動きをしているらしい。
「みんな落ち着け!5列に並んで出るんだ!その方が早い!全員助かるぞ!」
出口の外から、ギルマスの叫び声が聞こえた。
音からして、フリードやケインの知らない魔法を使っているらしい。
(あれ、ギルマスってこんな怒鳴り声だったんだ...)
フリードもケインも、ギルマスが怒鳴るのを初めて聞いた。そんなことを考えている場合ではないとは思ったが、何故か気になってしまった。
出口はちょうど人が5列に並べる幅だった。そこから5人ずつ脱出して、殺到を防げた。そうして、ぎりぎりで魔物から逃げ出し、出口をギルマスが魔法で封じた。
全員その場で命は助かった。
しかしフリードは傷から発熱し、半年も意識不明のままになった。
ギルマスも発熱したが、これは魔法の使い過ぎだった。
5章
フリードが意識不明のときに判明した魔物の暴走の原因は、マーシーにとってあまりに辛いものだった。フリードの残余魔石精錬のための、亡骸の回収だったのだ。
それまでフリードが1人で集めていた分には問題にならなかった皮や骨や筋の匂いが、ギルドのハンター達が多数真似したことでダンジョンの出口まで濃く残り、それを魔物がたどってしまったのが1つだ。
さらに、皮や骨や筋には魔石の成分だけでなく、本来自然の土に還るはずだった元素も含まれており、それを持ち出して物質循環が狂い生態系を破壊してしまったのが2つだ。
「追放」の先の新技術による「成功」が、未知の環境破壊を引き起こしていたのだ。
しかしそれはギルマスもケインもマーシーもフリードも予想していなかった。
「みんな、フリードとマーシーを責めないでくれ」
ギルマスは発熱に耐えながら、ギルドのハンター達に説明した。
「フリードに悪意はなかった。ただ新しい技術を試しただけだった。その責任は私が取る」
「そうだ!フリードだけのせいにしちゃいけないんだ!」
ケインが叫んだ。
ケインがフリードの、魔物の亡骸を集めるのに反対していた件を他のハンターが指摘すると、ケインは返した。
「確かに匂いが嫌だって言ったけど、こんな状況を予想したわけじゃないし、俺もフリードの新しい仕事に乗っかろうとした。俺もあと少しで同罪になるところだったんだ。先見の明なんて俺にはなかったし、フリードはがんばっただけだ!」
「あなたもがんばっていなかったわけじゃない」
マーシーはケインに声をかけた。
ギルマスはマーシーに、書類を見せて話した。
「君の精錬技術は、確かに魔物の亡骸の精錬を大量に行うのには危険だと判明したが、高温精錬の技術は今後も使える。破壊されたダンジョンの修復や補強に必要な素材を精錬してくれ。また、皮や骨や筋の匂いもおびき寄せる罠には使える」
かつて、人口の増加に食糧生産が追い付かないと予想した経済学者がいたが、空気中の元素を高温高圧で加工し、ある種の肥料を生み出す魔法で解決した歴史があった。しかしその元素を元の空気に返すのが難しく、現代ではその環境破壊も問題になっている。
また、魔物の亡骸の精錬は、魔石以外の元素を加熱せざるを得ず、どうしても自然に分解出来ない状態にしてしまうので、精錬したあとその元素だけダンジョンに戻しても意味がない。
まるで必要な元素を「追放」したかのようだとマーシーは感じた。元素は新天地で喜んでなどいないだろうが。
匂いも魔物の嗅覚をごまかすほどには消せないものだった。
フリードとマーシーも経済問題解決のために、新技術を開発したのが環境破壊になってしまっただけで、悪意ある失敗ではないとギルマスは話した。
これからどうなるのだろう、と、ギルドのハンター達は不安に駆られた。
6章
しかし、さらなる逆転にもなった。
ダンジョンの破壊で、化石としての魔石の鉱脈も見つかり、政府が災害対応の予算のために「仕方なく」採掘制限を緩和したところ、残余魔石とは比べものにならない流通で、国全体のインフレ率が上昇して、景気が上向いたのだ。
この国の経済学者の一部が恐れるようなハイパーインフレではなく、他の国でも起きている、需要増加による程良いディマンドプル・インフレが発生した。
災害がきっかけの皮肉な経済成長が始まった。
そうして、半年後にフリードが目を覚ましたときには、この国はデフレ不況を抜け出しつつあった。ただし、フリードの貯金の価値がインフレで少しずつ落ちていた。だからこそ少しずつ消費を促す効果も、緩やかなインフレにはあるとされる。
周りの彼への評価は微妙ではあった。
新技術の開発と、その逆転の環境破壊、さらに逆転した経済への貢献...
フリード自身もどうみなすべきか分からなくなった。
「合成の誤謬というものがある」
ギルマスがフリードを含むハンター達に説明した。
「デフレのときに企業が値下げすると、自分だけ値下げしないと売れずに損をするからとみな一斉に下げる。すると全体でさらに景気が落ち込む。そのようにミクロで個々が合理的に行動するとかえってマクロで非合理的な結果を生むのが合成の誤謬だ。昔の経済学では、民間の売り買いの利己的かつ合理的な行動の集まりで需要と供給が調整されて全体が上手く行くという見えざる手の理論もあったが、現代経済学では、これを合成の誤謬で否定することもある。そして経済以外でも、あの災害の出口の殺到のように、それぞれが合理的に全力で逃げることがかえって逃げにくくなる現象がある。魔石デフレでそれぞれが希少な魔力や富を貯め込むのも、ミクロでは合理的でマクロでは非合理的な結果を生むというわけだ」
「ならどうすれば良かったんです?」
マーシーが尋ねた。
「小説などではここで、一斉にみなが利他的になったり、経済構造を根本的に変えたりするのかもしれないが、合成の誤謬の解決に必要なのは政府などの経済政策だ。デフレの解決に必要なのは減税や公共事業などの積極財政で、出口の殺到の解決には少しずつ脱出させる指揮が必要だ」
ギルマスが使ったのは、手足の動きを強制的に変える操作魔法だった。意識を洗脳するわけではなく、動きだけを変える。
「私が使った操作魔法のような指揮を、合成の誤謬の解決のために政府もすべきだったというわけだ」
また、貨幣のデフレのときにはなるべく貸し借りの利率を下げて、「返しやすく借りやすく」すべきだとされる。
ケインのようなルールぎりぎりの高利魔力貸しも、デフレを悪化させていた一因だとギルマスは説明した。
「ケイン。君にしてみれば、借りたからには必ず返せという理屈だったかもしれないが、デフレのときにはなるべく低利で貸して、なおかつ借り手に優しくすべきだった。そうでないと景気がさらに落ち込み、やがて貸し手自身も困る合成の誤謬に近い状況になる」
「...なら、何故今までそうおっしゃらなかったんです?」
フリードは尋ねた。
ギルマスは苦しそうな顔だった。すでに発熱は収まっていたが、傷も相まって「苦しそう」だった。
(今までギルマスの悩みなんて考えたことがあったか?)
ケインもフリードも、マーシーも振り返った。
「私はデフレのときに積極財政が必要だと20年前から考えていたが、何故かこの国でそう主張する政治家や政党は、強硬派や保守派が多い」
ギルマスが挙げた政治家や政党の名前は、確かにそうだった。特に、外国人の人権や女性の働く権利に否定的な政党も多いのをマーシーは知っていた。
「私も彼らの経済理論には賛同していたが、思想には付いていけなくなった。外国で戦争に巻き込まれて負傷したのもあるが、私はそういった強硬的な思想の運動に一時期触れて、離脱したのだ。魔物を狩った武器を次の日に人に使う戦争に、私は恐怖して、そういった思想と離れていった。あの手足の操作魔法も、穏健派からは、たとえ助けるためでも人権侵害だと言われることがある。私も使うべきか迷っていたのだ。それで経済理論を説明出来なかった。すまなかった」
ハンター達全体を見て、ギルマスは話した。
「私は今回の残余魔石による魔物暴走災害や、脱出のための操作魔法の責任を取り辞職する。君達に責任がかからないようにしたから、あとは頼む。それぞれの力を使ってやり直してほしい」
「はい!」
泣きそうな顔で、フリードもマーシーもケインも一斉に頭を下げた。
フリードは思い返した。考えてみれば、ギルマスはあの出口のとき以外一度も怒鳴らなかった。過去には強硬思想を持っていたのかもしれないが、今は本当は顔が怖いだけの経営者だったのかもしれない。
ギルマスは、合成の誤謬を防ぐためには善意で導くパターナリズムが必要だと考えていた。それが政治家や役人自身の給料を上げるとは限らなくても、国民のために国民に指図するパターナリズムも必要だと。
しかし、経済の市場原理でもなく、魔法の操作でもなく、人間の罪悪感や感謝の心がもたらす団結が、ギルマスは嬉しかった。やり直すのに、まだ遅くはない。元々ルールは守っていたのが、少しずつ事態を悪化させていただけだったのだから。
「追放」は何から始まり、どこへ向かうのだろう?ギルマスは考えた。
それがマクロの合成の誤謬から始まり、「新天地」がミクロの例外的な救いでしかないとすれば、誰かが全体を導くしかない。不完全でも、過去に学んだ人間が、社会を変えるのだと、ギルマスは結論付けた。
参考文献
井上純一/著,飯田泰之/監修,2018,『キミのお金はどこに消えるのか』,KADOKAWA
井上純一/著,アル・シャード/企画協力,2019,『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』,KADOKAWA
井上純一/著,飯田泰之/監修,2021,『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』,KADOKAWA
井上純一,2023,『逆資本論』,星海社
家森信善,2007,『基礎からわかるマクロ経済学 第2版』,中央経済社
滝川好夫,2010,『ケインズ経済学』,ナツメ社
飯田泰之ほか,2020,『教養のための経済学超ブックガイド88』,亜紀書房
平井健介ほか,2021,『ハンドブック日本経済史ー徳川期から安定成長期まで』,ミネルヴァ書房
岩田規久男,2001,『デフレの経済学』,東洋経済新報社
衣川恵,2015,『日本のデフレ』,日本経済評論社
魔石デフレ追放 ハロイオ @elng7171
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