ホワイトファンタジー
平 遊
第1話 忘れられない思い出
12月24日。
隣を歩く彼女の、更にその脇を子供たちの集団が走り抜ける。
「サンタなんかいないよ!」
「サンタはいるってば! 絶対に!」
胸に懐かしさがこみ上げ、繋いでいた彼女の手を握る手に、思わず力が入ってしまったらしい。
「ん? どうしたの?」
色素薄めの彼女の髪は、陽の光に当たると金色にも見える。その、金色に見える髪がサラリと傾いた。髪の隙間から見える首筋は、やはり色素が薄いせいか、透けるように白い。
日が照って暖かいからと、マフラーはバッグにしまっているのだという。つないでいる手は、かなり冷たいのだけれど。
「いや、懐かしいなと思って」
「なにが?」
「サンタクロース論争だよ」
「いるか、いないか、っていう論争?」
「うん」
「私に言うかな、それ」
「あははっ」
彼女、
俺は一瞬で真白の笑顔に心を掴まれた気がした。俗に言う、一目惚れ、というやつなのかもしれない。
これまで自分から女子など誘ったこともないのに、真白からケーキを買った俺は、その時大胆にも彼女を誘ったのだ。『俺と、このケーキを一緒に食べてくれませんか』と。
最初は驚いて目を丸くしていた真白だったが、一人暮らしのくせにホールケーキを買った俺に同情してくれたのか、俺の熱意が伝わったのか、店が閉まった後の店内でだったら、とOKしてくれた。残念ながら彼女と2人きりのイブではなく、他のアルバイトも一緒の思いがけないクリスマスパーティーになった訳だが、その日をきっかけに彼女との距離が縮まり今に至ってる。
「真白は俺にとって可愛いサンタクロースだよ」
「どうせ偽物ですよー!」
ベーと赤い舌を出す彼女は、もちろん怒ってなどいないし拗ねてもいない。満面の笑みを俺に向けてくれている。
「それで、
「うん?」
「サンタ。信じてる? 信じてない?」
「信じてるよ。会ったからね、本物に」
「本物?!」
まん丸に見開いた彼女の瞳も、やはり色素が薄いせいか金色に見える。いや、金色というよりも、どこまでも澄んでいて、透明にすら見えてしまう。
本物のサンタに会ったということは、今まで誰にも話したことはなかった。話したって信じてもらえるはずがない。自分自身、どうかしてると未だに信じられないくらいの出来事だったのだから。けれども、彼女ならきっと笑わずに聞いてくれるに違いない。
今日はちょうどクリスマスイブだ。話すにはもってこいの日だろう。
そう思った俺は、すぐ近くの公園に目を向けた。いい塩梅に、日が当たる場所のベンチが空いている。
「肉まんとあんまん、どっちがいい?」
「えっ?」
「そこのコンビニで買ってくるから、あの公園のベンチで食べようよ」
「あ、うん。え~、でもどうしよう」
「なにが?」
「選べない、どっちも食べたい」
困り顔の彼女もまた、可愛いんだよな。なんてことを思いながら、俺は彼女の背を押した。公園に向かって。
「じゃあ、どっちも買ってくる。半分こしよ。先にベンチに座ってて」
「俺はね、サンタもそうだけど、ファンタジーとかオカルトとか、一切信じない子供だったんだ」
ハフハフと、熱々の肉まんを美味しそうに頬張る彼女に、話しかける。
「うん。なんか分かる気がする。私はメチャクチャ信じる派だけど」
「うん、知ってる。俺との出会いも、運命の出会いだ、とか言ってたもんな。あ、そろそろ取り換えよっか?」
半分ほど食べ進んだあんまんを、彼女に差し出す。彼女も半分ほど食べ進んだ肉まんを俺に差し出す。
「あんまんも、美味しいね! で? 陽君はいつ、どんな風に本物のサンタに会ったの?」
「長くなるけど、いいか?」
「もちろん! 聞かせて」
興味深々の彼女は、まるで子供のように目をキラキラと輝かせている。その目は、昔出会った忘れられない少女の目を思い起こさせた。
「小学校3年の時の話だ。俺、スキー場で死にかけた事があったんだ。サンタを信じてなかったせいで」
ずっと胸の中に閉じ込めていた思い出。俺は初めて、その思い出の扉に手を掛けた。
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ホワイトファンタジー 平 遊 @taira_yuu
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