「魔王を1時間以内に倒してください」と女神に言われたので、異世界グリッチを使って魔王RTAをキメます。

@iroiro-sukidayo

第1話

気がつくとそこは限りの無い真っ白な部屋だった。


「えぇ、何ここ!?白ッッ!!」


その時、何も無い真っ白な頭上から若い女性の声が聞こえる。


「高羽 ハヤト、高羽ハヤトよ」


「うわっ!びっくりした。人がいるんですか!?ここはどこですか?」


ハヤトはブンブン腕を振ってここにいることを知らせようとする


「あなたは今、天界にいます。」


「は?天界?死んだの俺?なわけないか。ドッキリ?」


「そうです。死んだのです」



「……」


ハヤトは黙る。


「あなたはゲーム中に過労死で死にました。……なかなか居ませんよそんなの」


厳格だった女性の声が少し崩れた。


ゲーム中に死んだ?ははっ。心当たりしかない。



高羽ハヤトは23歳。RTA走者だった。


趣味でyoutubeチャンネルも運営していて、いくつかのゲームで最速記録を持っている、業界内では有名な実況者だった。


ここ数日は年末休みの時期に、新しいゲームの最速記録を打ち立ててやろうと寝る間も惜しんで打ち込んでいた。


そこからの記憶はない。


「まじかぁ……」


ハヤトは空を見上げる


「思ったより冷静ですね」


「いや、動揺してますよ。でも今はあなたがいるし、今後俺が『無になる』みたいなのはないのかなって、ちょっと安心してます」


次の人生が始まるのかな?と少しワクワクする部分もあった。死んでしまったのはしょうがないし。


「そうですね。あなたは今から転生します」


「え!?やっぱり?よかった!」


「あなたの生き様を見ましたが、あなたは別段人生で徳を積んでいませんね」


「え?まぁ……はい」


嫌な予感がする。


「あなたの得ポイントは100未満なので、来世はカタツムリかワカメになります」


「え!?絶対嫌だ!助けて!!」


ハヤトは逃げようと走った。しかしどこまでも続く世界では平衡感覚が狂い、すぐにこけた。


「そこで、です。取引をしませんか?」


「取引?」


「えぇ。わたしが管理する異世界に魔王がいるのですが、少し調整を間違えまして、人類が滅亡しかけて、とても困っています。そこであなたに魔王を殺してもらいたい」


「異世界?魔王?」


聞き覚えはあるが実際に言われると実感がわかない。


「はい。その魔王の存在が最高神にバレると面倒でして……」


「はぁ…」


もしかしてなんだかんだ言って異世界転生できるのでは?


ハヤトは表情には出さないようにしつつ喜んだ


「あなたには1時間以内にその魔王を倒していただきたい」


「は??1時間?無理無理っっ!!」


「倒していただけたら人間に転生させることを約束しますし、一つなんでもお願いを聞いて差し上げましょう。もちろん失敗しても『無になる』ことも無くカタツムリにはなれますのでご心配なく」


魔王がどれだけ強いか知らないが、その世界の人類が滅亡しかける相手を俺が?無理だろ。


その時、脳裏を自分がかたつむりになったイメージがかすめる。


「……やります。でも何か特別なスキルとかあるんですよね?」


「ないですよ」


「……」


「しかし私は細かい調整が不得手でしてね。魔王以外にもう一つだけ、『ミス』があったのです」


「ミス?」


「それも転生者独特のもの……。それでいて唯一あの魔王に対抗しうるもの。だからあなたに声をかけました」


「ぜひ最高神の監査が入るまでによろしくお願いします。あっ…あなたが失敗したら、最高神に怒られたくはないので世界は消します。それではよろしく……」


周りはどんどん暗くなり、女性の声が遠のいていく。


「目が覚めたらまずは『ステータス』を見てみてください……」


薄れていく意識の中、そんな言葉が微かに聞こえた。





気が付くと草原に居た。夜明け前といった感じで、露に濡れた青い草が風になびいている。


周りを見ると広い平原と遠くには川があり、その反対にはアニメでしか見たことのないような、西欧風の禍々しい城があった。


ゆっくりハヤトは立ちあがる。格好は生前のままで、部屋着に腕時計をしていた。


腕時計の時間は合っていないだろうが、制限時間の確認には役立つか?


ハヤトはどうやらいわゆる「異世界」に来たようだ。


何にせよカタツムリは嫌だ、最善を尽くそう。


「ステータスがどうのとか言ってたな。それがヒントか?」


「ステータス!」


何も起こらなかった。


「オープン!」


パッ と眼の前に、長方形で半透明の、黒くて薄い画面が現れた。 


まるでパソコンのウィンドウのようで、学校の机ほどの大きさがあった。


「うおっ……でた」


ステータスウィンドウを読むと、名前や、レベル、持ち物や職業などが書いてあった。


クローズと叫ぶと、ステータスは消える事も分かった。


「ステータスにミスがあるとか言ってたな。レベルがいじれるとかか?」


ハヤトが指でステータスの字をなぞって読んでいると、背後から音が聞こえた。


振り返ると、大蛇がこちらを睨んでいて、舌をチロチロと出していた。


ハヤトは固まる。確実に地球には存在しない大きさだ。太さは車のタイヤほどある。


大蛇はシャーーッと威嚇したかと思うと、ズズズッと身を引きずる音を出しながらは飛びかかってきた。


「うわぁッ!!」


ハヤトは顔の前に手を出す。


その時、



──ゴンッッ!!という音がして、大蛇がひるんだ。


指にくっついたステータスウィンドウに、大蛇の頭がぶつかったのだ。


そのあと何度か大蛇は突っ込んできたが、ステータスウィンドウに当たると弾かれた。しかもハヤトには何の衝撃もない。


「同じところにぶつかってくる……もしかしてこいつにはステータスウィンドウが見えてないのか?」


それに、もしかして……


諦める様子のない大蛇に、ハヤトも覚悟を決める。


大蛇がまだ飛び掛かってくる瞬間、


「クローズ!」


と叫び、しゃがみ込んで大蛇の首の下に手を伸ばす。


「ステータス!」


叫ぶと、瞬時に大蛇の首の下にステータスが展開される。


大蛇の動きは止まり、ゴロンと首が落ちた。


ハヤトは尻もちをつく。


「やっぱりか……」


ハヤトは草原に尻もちをつく。


どうやら「この世界のもう一つのミス」はこれらしい。


ステータスを開くと、空中に展開したまま静止する。


そしてステータスは自分以外のものから干渉を受けない。


展開したままのステータスを靴で蹴ったところ、大蛇と同じようにステータスウィンドウは微動だにしなかった。


そのため、ステータスは自分が生身で触らないと、動かすことはできないらしい。


そしてステータス展開時にそのウィンドウの開くべき場所にあったものは、何であろうと切断される。


そしてステータスは自分から1メートル以内なら出したいところにイメージ通り出せた。


「これは……強いとか弱いとかじゃないな……」


これなら確かに、敵が何であろうと殺しうる。


腕時計を確認すると、既に30分ほど経っていた。


「やべっ!仕様試すのに時間かけすぎた!」


残り30分。


「ピンチだな。でもそう難しい話じゃない。いつも通り、グリッチ使って最速で走れって事だ。初見プレイでやるのはおかしいけどな」


ハヤトは走り出した。


それにあの女、ムチャは言うけどバカじゃないだろ。「ミス」も確かに魔王を倒しうるだろうものだったし。


ていうことは俺を転生させたこの場所は、ちゃんと魔王の近くのはずだ。


「つまりここしかねぇよな?」


ハヤトは最初から見えていた禍々しい城へ向かって駆ける。


高い城で、全体的に黒い。


「どうせ下の階層はザコがいっぱい居んだろ?せっかくグリッチあんだしスキップに限るよなァ!?」


ハヤトは城門の前で跳んだ。


「オープン!」


足元にステータスを出現させた。


「オープン!オープン!オープン!」


一度に1枚しか出せないステータスウィンドウは、既に開いた状態で開こうとすると、新しいステータスが出るのと同時に古いステータスが消える。


それを利用して、ハヤトは足を空中に踏み出すごとにステータスを足元に出し、空中を走っていた。


半透明の床に上空で身を任せるのは恐ろしかったが背に腹は代えられない。残り20分でかたつむりだ。


ハヤトは城の上部に、明らかに魔王が居そうな本丸を見つけると、そこに向かった。


下を見ると様々な魔物が蠢いているのが見えた。


本丸の窓枠にしがみつく。指先にステータスウィンドウを出し、ステータスウィンドウの端をつかんで壁を切るようにして開けた。


まっすぐすぎる断面で切り落とされた壁が内側に落下し、バァンッッ!!ガラガラァと音を立てる。


ハヤトは本丸に侵入する。


その部屋は高い天井に、左右には5メートルほどもある甲冑が何対も並び、装飾の凝った石柱が何本も立っている。


そして中央、最奥には玉座に座った魔王がいた。


3メートルほどある背丈に、紫色の肌、岩の塊ような身体に、紫と白を基調とした立派な服を着ている。


魔王は威圧感のある低い声で言う。


「よく来たな人間よ。」


「お前のことは見ていたぞ……何も無い空中を走ってきていたな……。おい、お前話聞いてるか?」


ハヤトは腕時計を見ている。


「窓から侵入してきたやつは初めてだ……それにお前、武器も持っていない。なかなかおもしろ……おい、聞け、いきなり走ってくんな!」


「ちょっ!聞けって!!まぁいい。私は生まれてこのかた傷を負ったことすらないのだ!!一撃目は喰らってやろう!来いッッ!!」


「うるせえぇえ!!あと2分しかねぇんだよボケぇぇええ!」


ハヤトは手を魔王の首元にかざす。


「オープンッッ!!」


「あっ……」


ゴトッ……


魔王の首が兜ごと落ちた。


そして塵になって消えていく。


「魔王様!!何かありましたか!」


執事のような格好をした紫色の肌の者が入って来る。


「魔王様!?あっ…」


その執事も魔王と同じように塵となって消え始めた。


窓から下を見ると、下で蠢いていた怪物たちが塵となって消えていく。


その時、背後がまばゆく光った。


何事かと振り返ると、本丸の中に、美しい女性が立っていた。


「よくやってくれました。高羽ハヤト。あなたのお陰で最高神に失敗作の魔王を見られることはありませんでした」


その声はあの真っ白な部屋で聞いたものと同じだった。


女神は美しかった。180cmほどの長身に、絹のような髪。腰まである髪は艶めいていて腕にかかるとサラサラと穏やかな小川のように流れる。


長いまつ毛が縁取る瞳は深い藍色で、柔らかそうな頬と穏やかな微笑に、何もかもが見透かされそうだ。


いわゆる古代ギリシャ人のような服、キトンを着ていて、その薄い布は、布を押し上げる上向きで信じられない程豊満な上向きの胸の、その中心の色さえ透けさせてしまいそうだった。


彼女は優しい光に包まれていて、神々しい。まさに女神だ。


女神は左手に自分の身長と同じほど長い杖を持っていた。


ハヤトは比較するものが見当たらないほどの美貌を前に、かつて無いほど心臓が高鳴っていた。


「約束通り、来世でも人間として生まれさせましょう」


「そして、一つだけ願いをかなえて差し上げます。何か願いはありますか?」


「女神様を好きにしたいです」


「……」


「女神様を好きに──」


「──聞こえています。はぁ……」


女神は頭をため息をつく。


「『何でも叶える』などと言った私が愚かでした。やはり私は詰めが甘い」


「確かに爪まで甘そうなほど美しいですね」


「黙りなさい。……分かりました。許しましょう」


ハヤトは息を呑む。


「こんなことは初めてです。経験不足で至らないところもありましょうが、お許しください」


女神が近づいてくる。ハヤトは女神の絹のような髪に、そして腰に手を触れる。


女神は少し屈み、ハヤトの耳元で囁く。


「お手柔らかに、お願いします」




《R18スキップ》




ハヤトはこっちでも最速の男だった。そして何度でもトライして最良のルートを見つける男だった。


「ちょっと……あなたいい加減にッッ!」


「女神様の最速記録を立てるまで終わりませんよ。もうだいぶ弱いところは分かってきましたけどね」


「今後誰もこの結果が破れないぐらい、女神様を最速で『ゴール』させてからじゃないと終われないな」


「そんな……今でももうッッ……こんなに蕩けてしまってるのにぃ……」


魔王城本丸には一定のリズムの打擲音と、濡れた音が響いている。


「まだまだ終わりませんよ。なんせ一度取り組んだら過労死するまで終わらない男ですよ?」


「そんッッ!なぁ……こんなのッッ!知らなィ……」




その後、ハヤトがいつまでも元の世界に転生しようとしないため、2人は異世界で共に行きた。


その後も2人は最速と最良を追求し続けた。何のとは言えないが……

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