悪い魔女と「しのせんこく」

@chest01

第1話

 町の、ある屋敷の一室。

 ベッドには苦しそうな荒い息づかいで眠る少女。

 そばには沈痛な面持ちの両親と魔法治療師がいた。


「すみません。もう医療でも治癒魔法でも、娘さんには手の施しようが」

「ああ、アンナ! 産まれつき病弱で、10歳まで生きられないと言われていたが」

「この子はまだ7歳なのよ! それなのに自由に外遊びもできず、友達も作れずに、こんなことって」


 そのとき突然、部屋が一瞬だけ暗くなり、黒いローブに白髪の女性が現れた。


「お、お前は、北の山の魔女!?」

 治療師が恐れおののいた。


 人里離れた山奥に住む、謎多き存在。

 いくつもの秘術を身に付けており、その外見は数百年以上、20代ほどで変わらぬままだという。

 強大な魔力の持ち主で今のように神出鬼没。

 いつからか出会った者は呪われ、不幸になると噂され、周りから忌避感きひかんと強い畏怖の念を抱かれていた。


「魔女だって!? 魔女がなぜここに」


「死にかけている娘がいると、風に聞いて」


「あ、ああ⋯⋯あなたはたくさんの秘術を知ると聞きます。その術で娘を元気に、なんとか生き長らえさせることはできませんか!?」

 母親が藁にもすがる思いで頼み込むと、


「私の回復の術をもってしても、この娘を死の淵から救うことは不可能。でも、方法がないわけではない」

「そ、それは?」


「死の術を試してみるとしよう」

「死の術!?」

 魔女が手のひらを向けて、何やら呪文を唱える。

 すると宙に大きなドクロが浮かび上がり、それが黒いもやとなってアンナの体に入り込んでいく。

 苦しんでいた彼女の、胸の上下がおさまった。


「娘になにをしたんだ!?」


「冥界魔術、死の宣告。冥府の神の力により、不可逆のカウントダウンののち、この娘に死が約束された」


「し、死が、約束」


「今すぐには死なない。けれど、目に見えないカウントダウンが9から進んでいく。冥府の神との契約により、カウント中は肉体の健全と生命は保証される。が⋯⋯0を迎えたとき、その体は弱って朽ち、命は尽きる」


「魔法治療師として許せない、幼子になんと禍々しい術を!」

「何の手立てもなく、死を待つだけだったのでしょう。これで母親の希望通り、最期までの時間は延びた」


「うう、だからといって⋯⋯娘に、そんなあまりにも恐ろしげな術を使うなんて」

「私のできることはしてやった。もし術が失敗して明日にでもその娘が死ぬようなことがあれば、葬儀で花の一輪も手向けると約束しよう」

 先ほどと同様に暗くなると、彼女は姿を消した。




 それから魔女にとっていくらかの時が経ち──




 ある快晴の日、墓地で葬儀が執り行われていた。


「天に召されるアンナの魂に、安らぎがあらんことを」

 聖職者が祈ると、大勢の参列者が棺に花を入れていく。


 その様子を、離れた木陰から眺める黒いローブ。

「あの」

 そこに数本の花を持った少女が歩み寄ってきた。


「葬儀に来てくれた人ですよね? ぜひお花を捧げてあげてください」

「それはできない。葬儀に出たら、彼女の両親にした約束を破ることになるから」

「彼女の、両親⋯⋯?」


「⋯⋯ああ⋯⋯ところで、君は?」

「私はハンナといいます。葬儀に出るために、お父さんとお母さんと遠くの町から来ました」


「アンナの親戚かな?」


「はい。私は、曾孫ひまごです」


「どうりで。よく似ている」

「アンナおばあちゃんの子供の頃を描いた絵と見比べて、よくみんなも似てるねって。⋯⋯なんだかお姉さん、昔からおばあちゃんを知っているような」


 黒いローブはその疑問には答えない。

 ただ遠い目をして、花でいっぱいになっていく棺を見ている。


「おばあちゃん、病弱だった小さい頃、悪い魔女に「9つ数え終わったら死ぬ」っていう呪いをかけられたんですって。それから急に元気になって、いつ死んでも後悔がないようになんにでも精いっぱい取り組んで。きっとその気持ちが呪いなんて吹き飛ばしちゃったの。だからほら、あんなに多くの家族と友達に囲まれて⋯⋯お葬式なのに、どこか和やかな雰囲気でしょう?」


「アンナはいくつで?」

「97歳、すごい長生きでしょ? 魔女の呪いなんて全然効かなかったのよ」


「呪い⋯⋯いえ、死の術はたしかに効いていたの。回復術で生命力を吹き込んでも助けられない以上、魔女は「死ぬまでは生が保証される」、死の宣告の特性を逆手に取るしかなかった」

「回復術? 死の術?」


「死へのカウントダウンも、少し前に最後の0に到達した。だから、彼女は亡くなったのよ」

「? アンナおばあちゃんが」


「魔女は幼い彼女を9秒で死なせることも、9日や9か月で旅立たせることもできた。あれは1カウントに必要な時間を任意に決められる術だから。でも、誰かが嘆き悲しむ姿を見たくない魔女は、全力を出して限界まで時間を延ばしたの」

「⋯⋯お姉さん?」


「ハンナ、君はいくつ? ここのつ? とお?」

「10歳です」

「そう。ちょうど君が赤ん坊から今の歳になるくらいの年月でカウントが1つ減る。そういうふうにしたと両親に説明したかったけれど、それを伝えてはならないのがあの術の、冥府の王と契約する条件だから」

「お姉さん、お姉さんって、もしかして」


 突然、強い風が吹き抜けた。

 ハンナの持っていた花が、その風にさらわれてしまったかのようにふわりと大きく飛ぶと、棺の中へ音もなくおさまった。


 それを目で追っていた彼女が顔を戻すと、そこにはもう黒いローブの姿はなかった。


「悪い魔女なんて、いなかったのね」

 ハンナの言葉が青空にとけていった。

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