第53話 振り返るな

「ふざけんな!!!」

 そう俺を怒鳴りつけるのは、木渡さんだ。


 黙って引っ越そうと思っていたのだが、準備中に自宅の玄関を蹴り破った木渡さんと遭遇してしまったのだ。

 彼女は俺が有川さんの葬儀に来なかったことをひとしきり罵った。

 弁明の余地は無い。

 葬儀とは、故人を送り出す大切な儀式だ。それに出ないとなればそのヒトの死を軽んじていると思われても仕方がない


 でも、どうしても怖かったのだ。

 有川さんの叔母さんとお会いするのが。

 

 俺も、木渡さんから葬儀についてのLINEがきた時はその文章を熟読した。

 そこには、既に母も父も姉もこの世にいない彼女の葬儀を誰が進めたのかも書いてあった。 

 有川さんの叔母に当たる人物らしい。


 有川さんから叔母さんの話は聞いたことが無かったが、葬儀の運営という重労働を引き受けてくれたということは、少なくとも叔母さん側は有川さんのことを憎からずに想っているのだろう。


 そんな素敵なヒトの前に、俺が現れて良いわけがない。

 何故なら、守れなかったということは、俺が殺したとも言えるのだから。神聖な儀式に俺みたいなクズが行くとせっかく安らかに逝けるはずだった有川さんの魂に悪い影響を与えかねない。


 だから、行かなかった。

 行けなかった。


 そんな情けない男が、これからは1人で復讐をすると発言したことで、木渡さんの怒りも最大限に高まった。

 

「有川ちゃんの葬儀に来ないと思ったら、これからは自分1人で調査する!? ヒトを舐めるのも大概にしろよ!!」

 そう言って、俺の右頬を殴りつける。


 痛い。

 おそらく、この痛みは物理的なものより精神的なものが大きいのだろう。


 重ね重ね、情けない。

 バケモノになると決めたのだから、こんなことくらいで痛がっていてどうする。

 弱さから早く脱するために、この優しいヒトから距離を置かなくては。


「どうせ、自分と関わったら私達の命も危ないとか今更なこと気にしてんだろ! そんな心配はいらない! 私は死なない! 有川ちゃんの仇を討つまでは!」

 このバイタリティ溢れたヒトに対して平和的に説得するのは無理だ。

 だから、新崎から得た、まだ本人には言っていないことを話そう。


 本当はこんなことを言いたくない。

 しかし、これもバケモノになるために必要なトレーニングだ。


 言え。


 できる限り木渡さんが傷つくような表現で、現実を突きつけろ。


「……新崎からの情報で、まだ話してないことがある」


「……え?」

 よし。聞く体勢をとったな。

 こうなれば、こっちのもんだ。


「翼さんの仇のイジメっ子、お前が殺したとはいえないらしいんだ」


「は?」

 木渡さんの表情を感知するな。顔を見ても良いが生き物として見てはいけない。

 自分には関係ない。何を言ったとしても心が痛まない無機物だと捉えろ。


 お前は、秋山慎二はそういうことが巧かっただろう?


「新崎と笛吹き男の呪いによっての自殺なんだってよ。木渡さんがしたのは、放っておいても死んでいたヒトにちょっかいをかけただけ。お前はヒト殺しでも何でもない。イジメをしている連中の脅威になった気でいたんだろうけど、ヒトのふんどしを巻いて相撲をとって悦に浸っていたピエロだ。あぁ。相撲とピエロが同じ例えに出てきて分かりにくかったか。じゃあ、シンプルに馬鹿だと言っておこう」

 よし。その調子だ。

 そのまま、嫌われ続けろ。


「翼さんも、実は気づいていたんじゃないか? お前が勘違い馬鹿だって。それなのに自分で勝手に追い詰められて、俺のカウンセリング室まできた。あの時の相談に再度答えよう。お前は部外者だから気にすることは何一つないよ」


「……」

 俺のためを思って感情をぶつけてくれた木渡さんに、この良いよう。中々のクズっぷりだ。


 これまでの薄い信頼関係も、これで崩れただろう。硬いと思っていた絆も簡単に壊すことができる。それが言葉だ。


「……」

 無言か。

 やっと、ここから去ることができそうだ。

 さすがの木渡さんも、こんな奴にはもう関わりを持ちたくないだろう。


 背を向けて歩き出す。

 玄関を出て、階段を降りている途中で金切り声が聞こえた。


「私は、お前が大嫌いだ!!!」

 この世界中に秋山慎二という男の醜さを伝えようとするかの如く、声を張り上げる。


「似合いもしないのに悪ぶって!!! 全部自分で背負いこんで!!! これからバケモノになるつもりなんだろうけど、そんなの無駄だぞ!!! お前は誰よりも人間味溢れる男だ!!!」

 聞こえない。

 木渡さんが何を叫んでいるのか、聞こえない。

 高い声は聞こえづらいんだ。仕方がない。


「本当は有川ちゃんの葬儀も行きたかったくせに!!! あの子の死を見届けたかったくせに!!! どうせ、守ることのできなかった自分には参列する資格が無いとでも思ったんだろ!!! 普通にあるわボケ!!!」

 音をシャットダウンしろ。

 そして振り向くな。

 振り向いたら最後、俺は自分の弱さを思い知らされる。


「誰よりも優しいくせに!!! 誰よりも有川ちゃんのことが好きだったくせに!!! それをみっともなく隠すお前が、私は大嫌いだ!!!」

 その音圧を受けながら、俺は歩き続ける。

 あの頃の強さを取り戻すために。


 木渡さんとの別れは辛い。でも、まだ足りない。

もっとだ。


 もっと不幸を。もっと惨劇を。もっとトラウマを。


 でないと俺は、この先、生き残れない。

 








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ヒトとバケモノ ガビ @adatitosimamura

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