「臨時」
ナカメグミ
「臨時」
11月。秋から冬へ。天気は不安定。心も引きずられる。強い誘惑に朝から襲われた。今日はまずい。これからは、まずい。白い粒をひとつ、口に含む。
携帯用のスリッパをトートバッグにいれる。水筒を持つ。マスクを持つ。鍵をかける。坂を下る。子どもの小学校に向かう。
数日前に招集がかかった。平常心、のふり。自分に言い聞かせる。
* * *
小学校の多目的ホール。通常の教室では収まらない授業で使う。昼休みは子供たちが遊ぶ。棚にはオセロやかるたなどの玩具がある。
いつもは壁際に畳まれているパイプ椅子が、100席ほど並ぶ。
あちらこちらで、母親たちの密かやな声。1番後ろの列は、既にふさがっている。左端の中ほどの席に座る。
前方の右。校長と教頭が既に座る。中央にスタンドマイクが1本。前方の左。学年主任や他学年のベテラン教師。4人。
午後3時30分。臨時の学年集会が始まった。
* * *
子どもから、話は聞いていた。
クラスの授業が、たびたび中断する。初めて担任を持つ若い男性教師。その指示に従わない子どもが、教室を飛び出す。たまに隣りのクラスの教室に飛びこむ。
教師が追いかける。授業が中断する。
隣りのクラスの担任も、経験が浅い女性教師。こちらも既に、荒れ気味だった。
結果、2クラスの授業が進まない。学習進度が遅れる。コントロールを失った2つのクラス内で、荒れが波及した。
保護者たちから不満が出ていた。それを受けた臨時の学年集会だ。
ここは教育熱心な土地。学級崩壊的な事案は少ない。
でも数年に1度は起こる。子どもはさまざま。学校という制度になじまない子どももいる。良い悪いではない。そこに、経験の浅い教師、高学年の不安定な感情。要因がいくつか重なったとき、数年に1度は起こる現象。どの学校でも起こり得る。
教頭が開会を告げた。続いて校長が挨拶。突然の開催にもかかわらず、集まったことへの謝意。事態の説明。そして謝罪。
学年主任が、より詳しい2クラスの現状を説明した。信頼が厚い、男性のベテラン教師。母親たちは聞き入る。
マイクの前に、若い教師2人が並んだ。過程の説明、謝罪の言葉を述べる。
男性教師は紺のスーツにネクタイ。女性教師も紺。上はジャケット。下は裾が大きく広がったフレアスカート。臨時集会にはどうか。意地悪な思考がよぎる。
今日のテーマ。学校側と保護者で、事態を改善する対策をともに考えるという。
おそらくここからが、長い。質疑応答に入った。
* * *
1人の母親が口火を切った。自らも別の小学校の教師。なぜ臨時集会を開くまでに状況がこじれたのか。早く対策は打てなかったのか。
納得だ。需要のある質問だ。教頭が説明する。教頭や手の空いたベテラン教師らが、かわるがわる指導に入ったが、おさえられなかったこと。歯切れが悪い。
当然だ。前方の席に、教室を飛び出していたという子どもの両親が座っている。
子どもの父親が、ハンドマイクを持った。子どもにも否があったとした上で、担任の男性教師が心を傷つける指導をした。子どもはストレスのあまり、自宅で叫び、登校を渋っている、と。男性教師が謝罪した。
思う。おそらく真相は藪の中。
穏やかそうに見える男性教師が、授業を毎日のように乱す子どもと向き合った時、浅い経験の中、どのような言動をしたのか。
子どもの家での様子と気持ちは、親のフィルターを通したとおりのものなのか。
ここにいる他の保護者に、わかるはずがない。わかりようがない。
あとは学校側が対策を示して、保護者がその機能を見守るしかない。
でもこの集会が、それで終わらないことも、経験上、知っている。
* * *
1人の母親が手を上げた。4人の子どもを育てる、この地域の中心的存在。学校への要望を語りだすうちに泣き出した。思う。なんの涙か。学校で1番苦しむのは、子どもたち。長い演説を、頭の中で要約する。
「子どもが安心して通える学校にしてほしい」。
別の母親にマイクが渡る。こちらも涙声。自分の子どもも荒れた時期があった。悩んだ末、思い切ってスクールカウンセラーに相談した。アドバイスをもらって劇的に改善した。要約。
「悩んだら、週に1度来る、スクールカウンセラーへ」。
予定の1時間半を大きく超えた。10分間の休憩。母親たちはスマホを取り出す。子どもたちに帰宅が遅くなる旨を連絡。息苦しい。1度トイレへ。
席に戻るとき、1人の母親が声をかけてきた。
「これって、ポートフォリオにまとめた方が、早くないですか?」。
ですよね。ポートフォリオ。過程を記録し、成果をまとめて共有するもの。
彼女の胸には、抱っこひもの中で乳児が眠る。抱っこひもに慣れた乳児は、母親が座ると泣く。彼女はずっと後ろで、立ちっぱなしだ。
そう。ポートフォリオにまとめれば、あっという間の話。
でもここは、そのような論理では動いていない。
* * *
ガス抜きは続いた。ハンドマイクがあちこちを巡る。
「うちの子どもも私も、このような状況になったことに、とても心を痛めている」。おそらく、臨時にもかかわらずに集まった、ここのみんながそうです。
日記にでも書いていただきたい。
「授業が成り立っていないことは、異常事態。学習に穴がないか、心配している」。
あなたの子どもは、中学受験対策で有名な塾に連日通っている。みんな知っている。本当に勉強を心配すべきは、塾のフォローがない子どものはず。
今のあなたの言葉は本心か?。
時間とともに、あふれる悪態。左端の口元に浮かぶ笑み。左端に座って正解。
11月。日は短くなった。外は暗い。みんな今日の夕飯は、どうするのか。
多目的ホールのドアが開く。子どもたちの声がした。図書室で待っていた他学年のきょうだいたちだ。1人の母親が言う。
「お母さんたち、今、大切な話をしているから」。
ホントか?
午後6時を過ぎた。教頭がしめに入った。今日のさまざまな意見を取り入れ、来年度には友人関係に配慮してクラス替えを行い、ベテラン教師を配置すると。
早く言ってほしかった。それ。
* * *
午後6時半。解散。外は真っ暗。パイプ椅子を片付けても、グループで話す母親たち。高揚感が漂う。数人が真っ先に玄関に向かう。私も急ぐ。あの乳児を胸に抱く母親も。長くいるに値する場だとは、思えない。
まっすぐ帰る気になれない。夫は夜勤。子どもたちは習い事。歩いてカフェに向かう。ノンカフェインのコーヒーを頼む。サツマイモのスイーツの看板が店頭を飾る。季節など、もういい。得体のしれない不安感。本日2つ目。白い錠剤を口に含む。
昨年度、交通安全のPTA役員を務めた。集団下校に付き添い、交通安全運動のたびに旗を持って車道に並ぶ。自ら立候補して委員長を務めてくれた母親がいた。3人の子の母親。5月に就任。7月にガンが見つかり、明けた1月に亡くなった。活動に無駄な時間と手間をかけない、見事な仕切り。賢い人だった。今はいない。
* * *
歩いて帰る。5分で自宅。コンビニの横を、細い川が流れる。昨晩中、雷を伴って激しい雨が降った。暗闇の中、川音が激しい。ガードレールは乗り越えられる。奥の鉄パイプの柵も、かたちだけ。誘惑の向こう側に行くのは、たやすい。死への誘惑。
集団下校でも、ここは心配な箇所だった。向こう側へ行けば、柵が強化されて安全が増すのでは。いや、心霊スポットになって迷惑か。まとまらない思考。
1年前の11月。負けかけた。医師と白い錠剤に救われた。でも副作用も伴う。
1年経っても繰り返す激しい揺り戻し。もう46歳。私に未来などあるのか。
川の音を聴く。
やめた。帰ろう。彼らを残してはいけない。
セント・バーナード犬。柴犬。キジトラ猫。サバトラ猫。待っている。
呼吸をしない、やわらかな体の、あたたかい毛の彼ら。4匹のぬいぐるみ。
私と対極。究極の無垢。とりあえず彼らのために。
人間は醜い。私が1番、醜い。
(了)
「臨時」 ナカメグミ @megu1113
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