◆実話怪談詰め合わせ◆〔邂逅編〕

茶房の幽霊店主

第1話 怪異との邂逅

地域のスーパーマーケット・図書館・観光地。

怪異は意外と近くにいるのかもしれません。


眠れぬ夜の枕元にそっと、香炉がわりにどうぞ。




【おどる翁】

◇◇◇◇◇


※(店主の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)

   

※※※※※

 

  

元は個人で商店を営んでいた商売人たちが所場としていた市場。


何者かの放火で焼け落ち、各個人が資金を出し合って2階建てのスーパーマーケットとして再スタートした頃の話です。毎日営業ではなく、毎週木曜日が定休日でした。


その日、図書館へ本を返却するために自転車でスーパーの前を通ったとき、自動ドアの向こうは照明が落とされて非常灯のみでした。


しかし、店内の自動ドア付近に白い翁面を着けた3人が軽やかに舞っていたのです。


内1人は片手に小さめの金色の獅子頭(ししがしら)を持って、少し奥で踊っています。

全員の頭に手ぬぐいが巻かれていて頭髪は見えませんでした。


3人の服装は麻袋に穴を開けて被り、腰を荒縄で縛った非常にシンプルな格好です。足元は藁草履。よく見ると4人目がいて、三味線を掻き鳴らしているのも見えました。


その時は「何か出し物の練習をしているのかな」ぐらいにしか思っていませんでした。

 

関西でも正月に「門付け(かどつけ)」が来ることがあり、人家の門口で音曲や芸を披露して金品を受け取る「門付け屋」の存在は知っていました。


「祝言人」(ほがいびと)を源流とした、神が祝福に訪れるという民俗信仰です。


それにしても、わざわざ定休日のスーパーマーケットで芸事の練習をするとは……。


首をかしげるしかなかったのですが、図書館へ本の返却をしなければなりません。思わずペダルを漕ぐのを止めていた自転車を再び動かし、速度を上げて立ち去りました。


従業員が出し物の練習をしていたのだろう。勝手にそう思っていました。


よく考えれば、定休日の店内、外から辛うじて見える薄暗いスペースで踊りの練習をするのはやりにくくはないのか。2階の事務所の上には内側へ返しが付いた高いフェンスに守られた屋上もあり、そこの方がよほど広々としているはずです。


それに、素人芸とは思えない、引き込まれるような風雅(ふうが)な舞いはやはり「門付け」とも思えましたが、防犯上、物品の並んだ店内へ関係者以外が侵入することはできないはずです。

 

当時、出入口にシャッター設置はなく自動ドアのロックのみ。侵入を知らせる人感センサーに反応があれば、非常ベルが鳴り響き、近所に住んでいるスーパーの従業員が警察に知らせるような体制でした。


では、あの翁たちは何者だったのか。

不気味というよりは摩訶不思議な光景でした。


未だに思い出すこともあるのですが、正体は不明のままです。


 


【BLおじさん】

◇◇◇◇◇


※(友人の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)

 

 ※※※※※

 

 

中学生の頃、よく一緒に勉強していた友人の体験談です。


彼女は県でも有名なミッションスクールへ進学するため、熱心に勉強をしていました。男子生徒がいない女子校へ行くことを強く望んでいたのです。


彼女がよく勉強に使っていた場所の一つが図書館なのですが、誰でも勉強用に使用できるものではなく、解放されている机には限りがあるため、事前申請と人数制限が設けられていました。


人数を超える場合は抽選となり、これに外れると勉強するスペースを獲得できず、家に帰るか他を当たるしかありません。


たまに机の抽選に付き合って勉強していましたが、この大きな市立図書館は自宅から遠く、私はこぢんまりとした近所の図書館を使うのが日常でした。

 

※※※※※

 

その日、友人がひとりで訪れた市立図書館は、小雨が降っていたせいか楽に勉強用の机を得られました。


この図書館の本棚は大型のスチールラックで、本が前後から収納されているため、本棚の向こう側が並んだ本の隙間から見える仕様でした。


蛍光灯が照らす少し薄暗い通路を進み、タッチパネル式の検索機で目的の本がこの図書館にあるのを確認して、表示されていた本棚までたどり着いたときです。


『BL探してるのか?』


急に男の声が聞こえてきました。声の大きさからしてすぐ近くです。


『ここ、BLがあるんだよ。BL探しに来たのか?』


声の主を探して一瞬で硬直しました。男の顔が本棚の向こう側、本と本の間から覗いていたのです。年齢は30歳ぐらい、日に焼けて浅黒い肌は雨に濡れたのか妙にぬめって見えます。


額や頬には工業用油なのか、煤(すす)なのか、黒く汚れていて口の上に薄っすら無精ヒゲのようなものも生やしていました。

 

女子中学生から見たら、30歳前後の男性は「立派なおじさん」です。


しかも、顔しか見えませんが、清潔感もなく言っていることも意味不明で「気持ち悪い」としか思えませんでした。


『BL探してるんだろう?』


BL?ボーイズ・ラブのことか?

 

私はGL、百合の方が好みだ。このオッサン、何勝手に決めつけて話しかけてきてるんだよ。マジでキモメンじゃん。


『俺もBL探してここに来たんだ』


沈黙している間、本棚の向こうから男は一方的に話し続けます。


関係者に通報して警備員に来てもらおう。


その場から足早に遠ざかり、図書館の中央受付に先ほどいた男の話をしました。


受付にいた職員は警備員と連携して、男を見た通路へ行きましたが、すでにその場からいなくなっていました。


「館内に女子学生に声をかける不審者らしき男がいる」と数名で手分けして、それらしき人物を探したのですが、結局、伝えた特徴の男は見つかりませんでした。


『たまに現れるんですよ、その男。通報も何度かありまして、顔の特徴が似ているので同一人物だと思いますが……。女子中学生ばかりに話しかける不審者として図書館側でも注意しています』


出入口や非常口を厳重に見張っていても、男の姿、全身や服装を見た者はおらず「顔の特徴」だけが図書館・関係者内で浸透しているようでした。


『BLを探しているとか、BLがこの図書館にあるとか。そんな内容を話すそうですが、今後も同じようなことがあったら、すぐに職員に声をかけてください』


図書館に現れる妖怪のような男。


男の言う【BL】は、ボーイズ・ラブなのか、ブラック・リストなのか。


数年にわたり同じような目撃情報が何件もあったようですが、友人が見たのはその1回きりでした。


その後、男が捕まったという話を聞くことはありませんでした。





【海 豹】

◇◇◇◇◇


※(店主と伯母の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)

 

  

※※※※※

 

母方の伯母は熱病で右目の視力を失っていましたが、左目は裸眼でもよく見えていて、日常生活は片目だけで過ごしていました。


左目だけで見ているので、顔の左側を前に向けて視界を確保していました。


ある年の夏、自〇の名所と言われている岩場近くまで行くというツアーに親戚で参加していた際、伯母も同じ場所にいました。観光地でもあるので、海鮮丼の店があったり、イカの姿焼きなどの露店も出ています。


私は「海洋恐怖症」なので、波しぶきが飛んでくる所までわざわざ行くのが本当に苦痛でした。


他のツアー客は観光案内を聞きながらキャーキャー騒いで楽しそうです。


伯母は私のすぐ横にいましたが、若い頃、海辺で働いていた時期もあり、「別に珍しくもない」といった風で、二人とも冷めた表情で足元の岩場を踏み外さないよう気を付けているだけでした。

 

海風がきつくて目を細め、眼下の風景をチラ見しながら、頬や肩、足が冷えてきたので身を縮めていると、崖の遥か下に海面があり、狭いところは波が合わさって白くなっています。

 

その波を切り裂いて飛ぶように通過する白っぽい流線形の何かが見えました。


一瞬『アザラシかな?』と思いましたが、本州以南の温暖な地にアザラシがいるはずがないのです。


仰向いた顔のような部分は一部が鮮紅色で、腰より下の部分は半透明になって海に溶けています。少しだけ海面へ出ている上半身がアザラシに見えたのだと思います。


そのまま『アザラシのような女性(?)』は気持ちよさそうに群青色の海原へ流れ去って消えました。


『……アレ、なに?』『しっ!静かに!』『あざらし?』『違う』


思わず伯母に見たものを確認しようとすると、伯母は左右に首を振って私の口元を手のひらでそっと押さえました。


『自〇の名所だもの。海流に沈められて長い間見つけてもらえず、陸に上がることもなく海でいたらあんな姿になる』


「へー、そうなんだねー」


私は温かな伯母の手の下でぼそぼそ呟いていました。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

◆実話怪談詰め合わせ◆〔邂逅編〕 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ