灯火のレゾナンス

水底まどろみ

ある配信の書き起こし

 これで大丈夫かな。

 もしもーし、聞こえてたらコメントしてくださーい。


『聞こえてるよ!』


 ああ、良かった。いつも動画投稿ばっかりで配信は久しぶりだから、ちょっとやり方忘れてて。

 前に配信したのって全国ツアーが決まったことを発表した時でしたっけ。もう1年近く前か。

 去年の冬頃に記念配信して、5月から6月にかけて色んな場所を回って、それからもう12月になって……あっという間だなあ。


 改めまして、こんばんは。シンガーソングライターの燈華とうかです。

 こうして顔を出すのはツアー以来になるのかな。


『久しぶりー!』

『新曲出ないから燃え尽きたのかと思ってた』


 あはは、ごめんね待たせちゃって。

 ファンを放置するようなこんな私をずっと待っていてくれて嬉しいです。


『この前の報道って本当なんですか?』


 あー。

 まあ、そりゃ気になりますよね。

 ……うん。

 さっそく本題に入りますか。


 実はずっと前から癌でした。あと余命半年らしいです。

 

 全国ツアーの熱気が収まった頃にひっそりと死んで事務所に公表してもらうのがカッコいいかなとか、お気楽な計画を立ててたんだけどね。

 ちょっと色々あって、事務所からの提案で前もって公表することになりました。


『治らないの?』


 治る段階は過ぎたというか、見過ごしたというか⋯⋯。

 実は、癌を宣告された時には普通に治せるサイズだったんですよね。

 転移してる可能性はあったかもしれないんだけど、少なくとも今よりは長生きできてたはず。

 でもさ、私咽頭がんだったんだ。

 治療するには声帯を切らなきゃいけない、今までのように歌うのは難しいって言われて、考えるよりも先に「だったら治療は要らないです」って言っちゃった。

 先生は猛反対してたな。生きてさえいれば新しい道は見つかるはずだって。

 私を助けることにすごく真剣だった。私がまだ20代の若者だっていうのもあるんだろうけど。とても良いお医者さんで、ちょっと申し訳なくなった。

 でも、歌えなくなった自分を想像したら、抜け殻みたいになってるところしか頭に浮かばなくて。『ダラダラと死人のように生きるくらいなら、私らしい人生を駆け抜けてやる! こんなことで止まるものか!』って気持ちでいっぱいだった。

 たぶん、全国ツアー目前で熱に浮かされていた影響もあったんだろうな。


『夢を追い続けたかった、ってことか』

『燈華ちゃんストイックでカッコいい』


 うーん。ストイック、ストイックか。

 あの時はそうだったかもしれませんね。

 ツアーという大きな目標がある内はアドレナリンがガンガン出ていて、病気のせいで声が出にくくなっても『負けてたまるものか!』って逆に燃えたりして。

 歌うことしか考えていなかったし、そんな自分を誇らしいとすら思っていた。


 でも、ツアーを無事終えたその日の夜に、ふと『これで全部終わりか』と思ってしまって、それまで無視してきた恐怖と後悔が一気に襲い掛かってきたんです。

 死という勝ち目のない相手にたった一人で無謀な戦を挑んだ自分を呪いました。

 眠りについたらもう二度と目が覚めない気がして、気を失うまで意識を保とうとする日々を送っていました。

 今からでも延命治療を受けようかと思ったりもしましたが、歌を手放すのは自分の存在意義が消えてしまう気がして、それはそれで怖かったんです。

 理想に殉じて運命を受け入れるでもなく、輝かしい過去を捨てて新しい道に挑戦するでもなく、ただ中途半端に止まったまま時間を無駄に過ごして来ました。

 こんな風にならないために威勢よく治療を断ったっていうのに、バカみたいですよね、私。


 そんな日がしばらく続いて、腐っていく私を見かねたマネージャーが提案してくれたんです。

『病気のことを公表してみませんか。今まであなたが周りの人々に届けてきた物が、きっとあなたの元に返ってくるだろうから』って。


 それでも色々と悩んだんだけどね。これまでカッコいい路線で売ってきたんだから、弱い私なんてファンは求めていないんじゃないかとか、ネガティブなことばかり頭に浮かんで。

 でもその頃の私は反骨精神とかプライドとかそういったものがズタボロだったので、結局言われるがままに公表することにしました。

 そしたら、あっという間に処理が追いつかないほどのメッセージが届きました。

 半分くらいは私の体のことや今後のことを心配してくれる暖かい言葉で。

 もう半分は私の歌に背中を押された、辛い日々の中でも前を向くことができたって、感謝の声でした。

 中には私に影響されて友達と音楽を始めたっていう子が動画を送ってきたりもしてね。

 月並みな表現だけど、とても嬉しくてボロボロ泣いちゃいました。

 私が私を見失って立ち止まっていた間も、私のやってきたことはみんなの中で生きていたんだって。

 私がこの世からいなくなっても、私がいた証はきっと残り続けるんだって。

 そのことに気付かせてくれたファンのみんなには、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます。


 ……私、みんなの声を聞いて考えたことがあります。

 私たちがどうして人とつながろうとするのか。どうして人に認めてもらいたがるのか。

 それは、死という避けようのない終焉に心まで支配されないようにするための防衛本能なんじゃないかと思いました。

 自分の存在を伝播させ、他人の存在を受け入れる。お互いの心を共鳴させる。そうやって感情の火種を分かち合うんです。

 私みたいにたくさんの人から少しずつ火をもらう場合もあれば、特別な誰か一人とお互いに飛び切りの熱を注ぎ合う場合もある。愛を語らうのでもいいし、時には喧嘩したっていい。

 とにかく、誰かと心を通わせて心に燃え盛る炎を絶やさない。それが時には死すらも覆い隠す大きな光となる。

 もちろん、それで死から逃れられるわけではないんですけど、死に負けないためには人と人が繋がることが大切なんです、きっと。


 そんなメッセージを込めて、新しい曲を作りました。

 たぶんこれが最後の新曲になります。

 ツアーで歌った曲とこの曲の入ったアルバムを出して、アーティスト燈華の活動は終わりになると思います。


『終わりじゃないよ』

『燈華ちゃんの歌はずっと残り続ける』

『あなたから貰った熱を一生抱えて生きていきます』


 ……そっか。そうだよね。

 この歌が、燈華という女の生きた痕跡が、あなたの心を照らす灯火となってくれたのなら。

 生まれてきた甲斐があったなって、そう思います。


 それでは聞いてください。『灯火のレゾナンス』。

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