第3話 登山



 すでに時刻は十時を回っており、陽は高く上がっている。

 二十分ほど前から来ていた新名は時計とにらめっこをしていた。

 まだか、まだかと遠くに目を凝らし、玲を探す。


 その時だった。

 黒い塗装の車が新名の前に停車する。

 中から降りてきたのは白く透き通った肌とは対称的に、黒髪を光で反射させどこか艶めかしい雰囲気を醸し出している少女だった。


「れ、玲?」

 あまりの美しさに新名は見惚れていた。

 同性であっても、いや恋仲なので当たり前なのだが抜きにしても圧倒的な美を感じ取っていたのだ。


「おはようございます。新名さん」

 そう言って白い帽子を取った玲。

 にこやかな微笑みに新名は絆されかけるが、今から行く場所が心霊スポットだと思い出し、気を引き締めた。


「おはよ、玲」

「ではさっそくですが行きましょう」

「う、うん。ちなみにその道具は?」

 少しながら玲の格好に顔を引き攣らせる新名。

 カバンにはいくつかのぬいぐるみに、何かが入った小瓶、極めつけは人型の小さな紙が玲の首から括り下げられていた。


「言ってませんでしたね、新名さんには。私の実家、けっこう有名な神主の一族なんですよ。だから......まあ、こんな感じです」

「そういうことって!?」

 重要な部分を濁す玲に新名はすかさず突っ込む。

 新名は中学とあわせて三年と少し玲と過ごしてきたが初めて聞いたことだった。


「まあまあ。霊感が人より多いと思ってくれれば大丈夫です。そういえばお弁当を持ってきましたけど、どうします?」

「食べる、食べる!」



 玲が持参した弁当を食べ終え、廃屋がある山の中腹に向かっていた。

 思ったよりも山道は整備されていて、すいすいと二人は進んでいった。


「ねえ、その小瓶?に入ってるの何?」

 新名は登山開始からずっと気になっていたことを吐き出す。

 小瓶に入っている液体は透明ではあるが少し泡立っており、水ではなさそうだ。


「日本酒ですね」

「え、飲むの?」

「いやいや、まさかそんな。こういうスポットに行くときには必須ですね」

 玲が話す内容は新名にとって聞き馴染みのないことだった。

 曰く、お酒にはまじないというか霊避けのような効果があると。

 害をなしてくる霊には対策を講じておかないと危ないらしい。


「へー、というか私は大丈夫なの!?」

「今回は私がついていますし、それに危険はないと思いますよ」

 なぜならば、と玲は続ける。

 今回のスポットには大きな出来事だったり霊障によって被害を受けた方がいないことから、いても浮遊霊だろうと。


「はじめて知ったよー」

「まあ、心霊スポットなんて行かなければいいだけなのですけど......あ、着きましたよ」

 そう言われて顔を上げる新名。

 そこにはいかにもといった風貌の廃屋があった。

 ただぼろぼろといった感じではなく、昔ながらの山小屋に似ている。


「ここが......」

「はい、ここが大垣山の廃屋です」

 そう言ったや否や玲はカメラを構える。

 全体像を撮ろうと少し離れた場所からカメラを連写していた。


「うーん、写真には映らなかったですけど霊は居そうです」

 戻ってきた玲はなんだか浮かない様子であった。

 その様子に新名は一抹の不安を覚える。


「霊は居るって......大丈夫なの?」

「はい、危害を与える霊ではないうえに力もそんなに無いです」

 朗らかな声でそう言った玲。

 ここまで来てしまった新名はついて行くしか無く、覚悟を決めたのだった・


 そしてふたりは歩き出す。

 お互いの手の温もりに触れながら。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百合カップルは心霊探索が御趣味! モロ煮付け @Moronituke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画