第3話 天の川銀河連合富士山麓会議
会議の数分前、取材陣が固唾を飲んで見守る中、基地上空に停泊中の宇宙船下腹から、淡いオレンジの光が地上に伸びた。
その中を宇宙人三名がゆっくり舞い降りて来る。
まるで映画で見たような一場面だった。
彼らが地上に降り立つと、オレンジの光が消え、そこにはごく普通の人間にしか見えない男女が立っていた。
ジープが迎えに走り、三人を乗せ、すぐに建物の入り口に付ける。
隊員は一応簡易防護服を着ているが、宇宙人側は一般的なスーツ姿だ。
これではどっちが宇宙人なのか分からない。
会場には既に地球側の代表団が集まっていた。
その片隅で、外務大臣の日野は、考えこんでいた。
この会議は、『天の川銀河連合富士山麓会議』と記録されるのだろうか。暴走族の集会名のようだ。
そんな馬鹿な事でも考えていないと、心臓が家出しそうな気分だった。
日野は人類初の、宇宙人との交渉役となった。
国連レベルどころでは無い。
しかも相手は地球のずっと先を行くテクノロジーの持ち主。
丁度、宇宙人たちが、オレンジの光の中を降りて来る様子が、モニターに映されている。周囲から、オオ、と感嘆の声が上がる。
「神々しい!」
これは荷が重いなんてものじゃないと、こめかみと胃の辺りを揉んでいると、米軍の大佐が声をかけて来た。
「顔色が良くないが大丈夫か? 体調が悪いなら代わってあげよう」
親切面の後ろに、功名心やら何やらが透けている。
おかげで日野はすっかり開き直ることが出来た。
(余計なお世話だ、すでにまな板の鯉だ)
「お心遣い、実に感謝いたします。大丈夫です。少し緊張しているだけですから」
そこに米軍宇宙開発局の局長が加わった。
「素人にはさぞ荷が重いことでしょう。私がイニシアティブをとって、あなたをサポートしましょう」
「真にありがたい申し出です。だが私がこの交渉団の団長だと、向こうは承知しているのです。今さらの変更は地球側の不利になるかもしれません」
なんとか一番前に出ようとする奴らと、攻防をしているうちに、宇宙人たちが案内されてきた。
一気に会場がざわつく。
そこにはスーツ姿の四十代位の男と女、二十代位の女の三人が立っていた。
日野は、ぎくしゃくと議長席に向かい、その椅子に座った。
三人は日野の方に歩いてくると、スーツのポケットから名刺入れを取り出し、サッと名刺を差し出してきた。
かなり堂に入っている。
先頭の四十代女性が、交渉団の特使のマナと名乗り、男が副官のビーンと名乗り、一番若い女がサポート役のニルと名乗った。
全員地球人とかなり似た姿をしていて、髪がオレンジ色なのが物珍しいだけだ。
しばし呆然とした後、名刺入れを取り出し、名刺を渡して、日野は着席した。
「名刺交換から始まるファーストコンタクト?」
ぼそっと呟いた。
思いもよらない展開に頭が混乱している。
映画などで刻み込まれた、宇宙人との出会いのシーンが頭をよぎる。
(何というか……違わないか?)
現場の中継を見ている地球人達も口々につぶやいた。
「こんな、だったかな?」
もちろん山田太郎も、テレビ画面を見つめて首を捻っていた。
名刺交換ができないため、場違いな感じになった首相は、挨拶だけ述べてWEBを退席した。
全員が椅子に座り、かろうじて気を取り直した官僚が、場を仕切り始めた。
「では、地球側メンバーの紹介を行いますので、その後、そちらの紹介をお願いします」
会議はよくある感じで淡々と進んでいった。
紹介後、日野が第一声を発した。
「私は日本の外務大臣、日野俊彰と申します。本日は日本及び地球の代表として、この会議に臨みます。よろしくお願いします」
まだ会場内も、撮影クルーも緊張でガチガチだ。
日野は場を和ませようとした。
「本日は天候も良く、日本の誇る富士山を十分にお楽しみいただけたことと思います」
これは日本で会議をするときの日野の鉄板フレーズだ。以前はマウントフジ、ニンジャにスシだったが、最近はラーメン、ギョウザも強い。
古くてダサいがゆえに、肩の力が抜けるらしく、喜んでもらえる。
相手は宇宙人。何をどう感じて、何を喜ぶのかまるでわからないので、今日は富士山を選んだ。
「綺麗で、コントラストが楽しい山です。毎日楽しみに見ています」
幸い、マナが富士山の話題に、嬉しそうに乗ってくれた。
それで、周囲の緊張が、ほんの少し和らいだ。
日野は素直な気持ちを、地球を代表して告げた。
「あなた方の来訪に、我々は非常に驚きました」
「はい。我々も、この島からやって来た船に非常に驚きました。意味合いは違うと思いますが。我々は、その異質さに驚きました」
その、来訪した船、というのが地球の船ではないと相手に認めさせるのが、日野の役目の一つだ。
日野はフッと息を吐いて、腹に力を貯めた。
「そちらは、地球に天の川銀河連合への加盟を勧めにやって来た。それで間違いないでしょうか」
有能なビジネスマンのような雰囲気のマナが、我が意を得たりというように、首を縦に振った。
「そのとおりです。ぜひ加盟願いたい」
「地球としては、それを前向きに検討したいと思います」
「ありがとうございます。その際には、三年前に天の川とアンドロメダの間に、突然現れた船の船長を、そちらの特使としてください」
日野は返答に詰まり、一拍置き、ごくりとつばを飲んだ。
「そこで辻褄が合わなくなるのです。地球のテクノロジーでは無理です。我々の推測ですが、地球に来ていた他星人ではないでしょうか」
残念ながら、どう頑張っても、そんなことが出来る国は地球上にはない。
日野に、ビーンが反論した。
「あの飛行軌跡のパターンは、登録されていません。つまり連合内のものではないのです。未知の銀河系から地球に来たなら、その時に監視しシステムに引っかかるはずです」
「でも、地球のものでもありません。それは疑う余地なしです」
「地球で星間飛行が一般化されていないことは分かっています。そこに矛盾があるのですが、我々は、この惑星のオリジナルな能力かと考えました。あまりに異質で、推進力の特定すらできていないのです」
「ほおー。そういう事ですか」
だいぶ期待されていることは分かった。
だが、何かの間違いの可能性が高い。
その場合、この話はどうなるのだろうか、と日野は考えた。
地球のテクノロジーが、天の川銀河の中心に辿り着けるまで、延期かもしれないが、それも悪くない。宇宙人がいて、銀河連合があることが証明されたのだ。
落ち着いてきた日野は、その未確認飛行物体に付いて、詳しく話してもらえないだろうかと提案した。
それを受けて、ビーンが日時や場所、飛行経路等について説明を始めた。
「船は完全なステルス状態でその場まで飛んできました。だが、停止した場で莫大なエネルギーを放出したので、それを宇宙局の監視レーダーが捕捉しました」
「どこかで極秘開発されたものでは無いですか?」
地球上では、そういった大がかりな動きは察知される。だけど広い宇宙なら、隠れて実験ができそうだ。
「それは出来ません。監視システムがありますし、あれほどの新規技術の開発や実験は、必ず他所に漏れます」
やっぱり地球上も宇宙も同じことか、と一瞬感慨に浸った。
今まで通り、ここで話は行き止まりになる。
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ラブコールは銀河から――僕が地球代表だそうです ユーカリ @momoiyukari
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