第2話 露草を視る

 ――時は流れて見学当日の木曜日の日暮れの頃。訪れた部室は驚くほど質素だった。どうせ何かの仮面とか、変色とかしてるようなお札とか、そういう色々なもので溢れていると思っていたのに、目を引くのは本来ならもっと薄いものがあるはずの場所で外界と室内を隔てる、視聴覚室にあるような分厚いカーテンだけだった。ヤツリが「なんかこう、コックリさんの紙とか心霊写真とか床に山程転がってるかと思ってた」とか言ってたのは無視された。


「ようこそ、『霊障実験倶楽部』へ! 私は四年の賛寺たたじヤシロ、ここの代表をしているよ。そこの黒髪の……片義原君だよね? 彼から事情は聞いてるよ、とにかく今日はよろしくね!」

「「よろしくお願いします」」


 陰気な見た目に反しそこそこ陽気で話のできる人間だったサークル長と挨拶して、早く終わるものでありますようにと考えつつコトブキが活動内容を聞く。そうするとヤシロからは聞き覚えのない言葉が解答として飛び出た。


「君たちは『百物語』って知ってるかい? 今日はそれをやる予定なんだけど……」

「知らないです」「何すかソレ?」


 意味とタイミングだけがピッタリ被った二人の言葉を受けて、「そっかぁ知らないかぁ、最近の子案外そういう知識ないんだね」とぼやいたヤシロは続けて口を開く。


「本当にさっくり言えば鎌倉とか江戸時代をピークに流行った霊絡みの娯楽みたいなものだね。これから手順とか目的とか教えたげるよ」


 そう言いつつこの後使うのであろう蝋燭を手に取りながら、こう簡単に説明してくれた――百物語は風のない新月の夜に百本の蝋燭に一本ずつ火を灯し、交代で一人ずつ怪談をして蝋燭を吹き消すというのを百回繰り返す遊び兼度胸試し(そして呪術のようなもの)であり、朝が来る前に最後の蝋燭を吹き消してしまうと物怪がさまざまな影響を及ぼすとされている。また、『青行燈』と呼ばれているこの物怪は正体がお歯黒をした鬼女だとか蜘蛛の妖怪だとか色々言われているため、これから倶楽部でその正体を探り突き止めるために実践検証をするのだと。本来は鏡がいるとか部屋がもっと広くないといけないとか色々あるが、余裕がないから今回は蝋燭と暗闇だけ揃えて簡易的に済ませるという余談まで。

 ドキドキソワソワ緊張しているヤツリと対照的にコトブキは活動が長くなるのが確定して既に帰りたくなっていた。幼馴染にあとでネチネチ怒られたら面倒なのと、入部に真面目な活動参加が要るので抜けられないが。


「なぁコト、本物の霊見れっかな!?」

「蜘蛛とか出たらその瞬間神社寄って帰ってやるからな、一人で」

「津吊君待って???」

「コイツ平然と友人見捨てんじゃん……」


 ――後日のヤシロ曰く、この日は開始前から既に胃が痛かったという……


―――――


「……で、そしたら風呂の換気扇のフィルターに髪の毛引っ付いてんの発見したんだけど、そもそもうち家族全員金髪だから黒い髪とかあるわけないんだよ。親に話したら顔真っ青にして換気扇に塩ぶん投げて洗剤も撒いてて、ソレ以来一応我が家で黒髪は見てないって話」

「お前そのエピソードあってなんでまだリアリスト貫けてんの?! 天井から知らん髪の毛はガチホラーだろ!!」

「いやあれ結局正体は虫だったからなぁ……」


 なんだかんだで一夜のうちに話者もその口も回りに回り、大トリを務めたコトブキの洒落にならん話ある種のガチホラーで百話目を終える。あとは最後の蝋燭を、一思いに消してしまうだけ。――早く終わらせてしまおう。どうせ歯の黒い鬼も、大きな蜘蛛も、青白い手も何も、現れるわけがないのだから。


 息を吸って、思い切り吹きつけて、最後の赤色を消す。暗闇の中でやけに目立つ薄墨色と特徴的なワックスの香りが混ざり合う。……しかし、火が消えても静かな部屋に物怪も霊も出てこなかった。蝋燭を凝視していたヤツリは隣のコトブキと目を合わせ、首を傾げていた。


「……何も起きてねーよな?」

「やっぱハッタリだったんじゃね」

「えー、んだよつまんねー……」


 二人の会話にヤシロや他のメンバーも緊張がほぐれていく。姿勢を崩し、気を楽にする者の割合が増える。そのうち「妖怪どうこうって嘘だったのかな」なんて言葉も飛ぶようになっていた。結局やっぱり鬼なんぞまやかしで、あんなものは真偽不明の現象でしかなかったのだなんて。そんな事実を残念がってか、それとも時間を無駄にした自分への呆れなのか、とにかく揃った二つのため息が内心を顕著に表していて。誰も彼もが気持ちを割り切り、なぜか煙のずっと絶えない蝋燭に伸びる手が見えた瞬間。


 を怨むような、低い声が荘厳に響いた。


『黙って聞いておれば、現代の人の子は随分尊大に育つのだなぁ? 吾輩にまるで大風呂敷の上で威張っておるだけと思うような言い様などしおって。』


 ――ゾッとする程、冷たい音が耳から頭にのしかかる。体が凍えて指先まで固まって、全てに刺さる視線がその場の万物を這い回る。確かな存在感が大きくなって神経までギュッと締め付ける。ソレが合図になったかの如く露草色に化けた煙が渦巻いて、部室の中央で爆ぜるように晴れて人間達に吹きかかって――


 ……露草色の空気のあった場所に、は静かに佇んでいた。


―――――


「……ホントに、妖怪……なのか?」


 ヤツリが沈黙を打ち破る。決してアシンメトリーな一対の角やふよふよ浮いているのを人間のドッキリとでも疑っているわけではなかったが、それでも本当に鬼が出たのが信じ難かったのか聞かずにはいられなかったのだろう。望みも虚しく鬼は笑ってソレを肯定した。


「貴様らのに呼応した存在を疑うのか? 逢いたかったのであろう、『あやかし』にな」


なんて、あっけらかんと。

 こう言われてしまえばもう目の前で手持ちサイズの行燈を揺らす男を信じるしかなくて、その焦燥からなのか何なのか体はより大きく目を見開くことしかできなかった。再び訪れた冷や汗が生者達の温度を微かに、でも確実に、そして無差別に奪っていく。……ただ一対の、視線の主を除いて。


「――コト?」


 ただ一人、コトブキだけは汗の一つも肌を伝った様子がなかったのだ。視線は鬼から離れないが、如何せんヤツリ達のように怖がっているとは思えない顔をしている。むしろ彼のほんのり染まった頬は、釘付けと言っても過言ではない凝視のしようは、まるで……


「なんだ、そこの菜の花のような頭のは他の奴らと多少は違うようだな。動けぬ時点で貧弱であるようにしか見えはしなかったが……」

「……なぁ、妖怪さん!!オレ、コトブキって名前なんだ!!」

「は……?何を、いきなり名乗って――」


「一目惚れしたッ、オレの心臓貰ってくれ!!」


「「……はぁ??!」」


 ――この場の誰も(特に鬼と幼馴染)が、唐突な爆弾発言に揃って耳を疑った。それこそ当然のこと、まさか誰も思わないだろう。


 ……ただサークル見学に来てただけの男が人外に一目惚れして、あまつさえとんでもない告白するだなんて……

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吹き消した百本目に後悔はない 告天子ロロン @artistic-25

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