先日、あなたに祠を壊された者です。

赤色ノ人

『深夜二時の訪問者』

「先日、あなたにほこらを壊された者です」


 深夜の二時。

 丁寧だが、どことなく水底から響くような湿った声。

 そんな声が安アパートの薄いドアを隔てて、聞こえてきた。


「……あのとき、私の祠を壊しましたよね?開けてください」


 まただ。


 十分くらい前か、ずっと無言でドアノブを親の仇のように。

 ガチャガチャガチャガチャ!と回し続けていた狂人がまた来た。


 息を潜めてやり過ごしたと思ったら、今度は話しかけてきやがった。


 ていうか、祠ってなんだ。

 身に覚えがない。

 強いて言えばこの間、実家の裏山でつまづいて変な石積みを崩した気はするけれど。


「……聞こえていますか? お詫びにお体を頂戴したく」


「聞こえてないです。帰ってください」


 ビビりながらも、チェーンロックをかけて即答した。

 すると、外からゴン、ゴン、ゴン、と鈍い音が響いた。


「………………それ、どうやって叩いてるんですか?」


 ドアノブの件といい、執拗すぎる。


「そのドアスコープから覗いてみればいいでしょう」


「いや、怖いから覗けないんですよ! ホラー映画なら絶対目が合うやつじゃん!」


「やれやれ……。お隣の住人の体を借りて、ひたいで叩いてます」


 え、なにそれ、こっわ。

 聞くんじゃなかった。


 お隣さんといえば、黒髪ロングの似合うクールビューティーなお姉さんだ。

 ゴミ出しの時に会釈をする程度だが、まさかそんな人が、深夜に僕の部屋のドアに頭突きをしているのか?


「やめてくださいよ!さっそく周りに被害出してるじゃないですか! 」


「では、招いてもらってもいいですか?」


「では、の意味が分からないし、お茶しませんか感覚でふってこないでください………というかなんですか、招くって。それ、絶対ヤバいやつでしょ」


「招いてもらったら、この女の体から抜けて、そっちの体に取り憑けるので」


 ああ、もう、一々いちいち言ってること怖いなぁ。


「それ聞いた上で、僕が応じると思います?バカなんですか?………え、待って、じゃあそのお姉さんも『招いた』ってこと? どうやって?」


 あんなクールな人が、こんな怪しいやつを招き入れるとは思えない。


「ああ、この人は……『私の中に入れて、すごいの入れて』と一人で喘いでいたので、合意かと思い、勝手に入りました」


「………………」


 とんだとばっちりである。

 シンプルにかわいそう。


「……まさか人生終わるかもしれない状況で、お隣さんの性事情を知らされるとは思いませんでした」


 クールな顔してなんて情熱的な独り言を言っているんだ、あのお隣さん。

 いや、今はそんなことに興奮している場合ではない。


「とにかく! 開けませんし、招きません! 帰ってください!」


「そうですか。では、また出直します」


 意外にも、あっさりと引き下がってくれた。

 でも、また来るのか………来るのは百歩譲るとして………。


 お隣さんの額が無事であることを祈りつつ、最後に釘を刺すことにした。


「普通に悪質なんで、二度とあんなことしないでくださいよ」


「あんなこと、とは?」


「だから、最初にやってたやつですよ。ドアノブをガチャガチャ音立てて回すやつ。心臓止まるかと思いましたよ」


 そう言うと、ドアの向こうに気配を残したまま、怪異は不思議そうに呟いた。


「? 、私は一度もドアノブに触れてませんよ?」


 ……え?


「じゃあ、最初にドアノブをグリグリしてたのは………」


「さぁ?…………なんにせよ、私みたいに律儀に聞いてくるモノは滅多にいませんので、外側からも、お気をつけください」


 ………。


「あ、あのッ!!」


「なんでしょうか?」


「やっぱりお茶だけでもどうですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先日、あなたに祠を壊された者です。 赤色ノ人 @akairo_no_hito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画