四 堕天使との対話
炎上によるドーピング効果は、三日で切れました。
PVの伸びは止まり、ランキングは五十位前後で停滞しています。
このままでは、大賞はおろか、中間選考すら危うい。
私は焦りました。電気代の督促状(赤紙)が、郵便受けの中でカサカサと死神の足音を立てています。
そこで私は、インターネットの深淵で、とある禁断の秘術を見つけました。
「読み合い」。
すなわち、作者同士が互いの作品を読み、星をつけ合う互助会的な行為です。
私は、ツイッター(現X)で、手当たり次第に「#読書好きと繋がりたい」などと呟いている同業者を探しました。
そして、一人の若き作家とマッチングしたのです。
ユーザー名:『漆黒の堕天使†ルシファー†』
プロフィール:中学生。小説家志望。右腕に黒竜を宿しています(設定)。
中学生。十四歳。
眩暈がしました。私が十四歳の頃といえば、まだ自分の自意識を持て余し、悶々と本を読んでいた頃です。それが現代では、全世界に向けて小説を発表しているとは。
彼からのメッセージが届きました。
『俺の小説読んで★3入れてくれたら、アンタのも読んでやるよ(笑)』
……(笑)。
屈辱です。この太宰治に向かって、上から目線とは。
しかし、背に腹は代えられません。私はプライドをドブに捨て、返信しました。
『承知した。貴殿の作品、拝読する』
私は、彼の代表作『最強ドラゴンの俺様、マジ最強』のページを開きました。
第一話。
『俺は目覚めた。なんか強かった。
「ギャオオオン!」
ドラゴンになってた。目の前にスライムがいた。
「雑魚乙w」
俺はブレスを吐いた。ドカーン。スライムは死んだ。
俺は最強だ。』
……。
私は、モニターの前で凍りつきました。
描写がない。情景がない。心理がない。
あるのは、「ドカーン」という擬音と、「最強」という結論だけです。
これは小説ではありません。文字の形をした暴力です。
約束通りなら、私はここで「面白かったです! ★3」と嘘をつき、星を入れなければなりません。
それが大人の対応です。それが社会性です。
しかし。
私の指が、動かないのです。
作家としての業が、嘘を拒絶するのです。
こんな文字の羅列を「面白い」と言ってしまったら、私は私でなくなってしまう。芥川先生に顔向けできない。
「……書けない」
私は頭を抱えました。
嘘をつけない。けれど、星は欲しい。
葛藤の末、私は悪魔に取り憑かれたように、キーボードを叩き始めました。
感想欄ではありません。「レビュー」という名の、添削指導です。
『拝啓、漆黒の堕天使殿。
君の作品を読んだ。
率直に言おう。これはゴミだ。
しかし、磨けば光るかもしれないゴミだ。
まず、「なんか強かった」とは何事か。
その強さを、肉体の感覚として、鱗の一枚一枚のきしみとして描写したまえ。
次に、「ギャオオオン」という咆哮。
それは喜びなのか、悲しみなのか、それとも空腹なのか。
ただ音を並べるな。音に込められた魂の振動を書け。
君は十四歳だそうだな。
恥ずかしがることはない。私も十四歳の頃は、恥ずかしいポエムを書いていた。
だが、君には可能性がある。なぜなら、こんな大人げないオッサンの誘いに乗ってくれたのだから。
書き直したまえ。血を吐く思いで、この一行を百行に膨らませたまえ。
そうしたら、私が改めて読み、本当の星をつけてやろう』
文字数、四千字。
原稿用紙十枚分に及ぶ、ガチのダメ出しです。
私は、送信ボタンを押しました。
終わった。
これで星はもらえない。それどころか、中学生を泣かせ、晒され、私はカクヨムを追放されるでしょう。
私はワンカップを煽り、ふて寝しました。
翌日。
通知が来ていました。
『漆黒の堕天使†ルシファー†からのメッセージ』
罵倒か。通報か。
私は覚悟を決めて開きました。
『オッサン、すげえな。
マジで全部読んだのかよ。国語の先生よりうぜえけど、なんか感動したわ。
書き直してみる。
あと、アンタの小説読んだ。
主人公がキモいけど、文章が綺麗すぎて引いた。
★3入れといてやるよ。感謝しろな』
……。
私は、目頭が熱くなりました。
生意気なガキだ。言葉遣いもなっていない。
けれど、私の言葉は届いたのです。
デジタルの海を超えて、十四歳の少年の心に、私の偏屈な文学論が突き刺さったのです。
★3。
それは、馴れ合いの星ではありませんでした。
世代も価値観も超えた、魂の殴り合いの果てに得た、本物の勲章でした。
次の更新予定
走れカクヨム ある文豪の乱入記 森崇寿乃 @mon-zoo
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