三 炎上するは我にあり

 翌朝。

 私は、冷え切った布団の中で、恐る恐るスマホを確認しました。

 PV:38

 ……少ない。あまりにも少ない。

 昨今の異世界ものは、第一話で数千PVいくと聞きましたが、やはりタイトルが長すぎたのでしょうか。それとも、私の文体から滲み出る「死の臭い」を、読者は敏感に嗅ぎ取ったのでしょうか。

 しかし、通知マークが赤く点灯しています。

「応援コメント」がついたのです。

 私は飛び起きました。読者様! 神様! 仏様!

 震える指でタップします。

『ユーザー名:暗黒の騎士

 タイトル詐欺乙。チートどこ? 主人公がウジウジしてて不快。一話でブラウザバックしました。★1』

 私の喉から、ヒュッという音が漏れました。

 不快。

 ブラウザバック。

 ★1。

 目の前が真っ暗になりました。

 私は畳の上を転げ回りました。

「痛い! 痛い! 腹が、心が痛い!」

 見ず知らずの他人に、ここまで明確な悪意を向けられたのは久しぶりです。

 いや、文壇の批評家たちも大概でしたが、彼らはまだ「先生」と呼んでくれました。文体を論じ、思想を論じてくれました。

 しかし、このネットの住人は、私を「乙」と呼び捨てにし、「不快」の一言で私の魂を切り捨てるのです。

 怒りが、恥辱を上回りました。

 許さん。暗黒の騎士とやら、許さんぞ。

 貴様に文学が分かるのか。人間の悲しみが分かるのか。

 私はPCを開き、猛然とキーボードを叩きました。

 返信? いいえ、「近況ノート(ブログ機能)」です。

 一対一のレスバトルなど、私のプライドが許しません。私は、全読者に向けて、演説を打つのです。

近況ノート:『不快だと言った君へ』

『拝啓。

 ある読者から、主人公が不快だという指摘を受けた。

 大いに結構。私は君を不快にさせるために書いている。

 君は、鏡を見たことがあるか? そこに映る自分は、常に美しく、強く、輝いているか?

 違うだろう。君もまた、ウジウジと悩み、他人の評価を気にし、夜中に枕を濡らす弱い人間のはずだ。

 私の小説は、鏡だ。

 君が不快を感じたのは、そこに君自身の「見たくない弱さ」が描かれていたからだ。

 逃げるな。ブラウザバックするな。

 この泥沼のような物語を、最後まで直視しろ。それが、生きるということだ。

 追伸:★1でもいい。星は星だ。数を稼げればそれでいいのだ。頼むから消さないでくれ』

 投稿しました。

 やってしまいました。

 ウェブ作家として、絶対にやってはいけない「読者への説教」と「逆ギレ」です。K君が見たら、卒倒して救急車を呼ぶレベルの暴挙です。

 しかし、事態は奇妙な方向へ転がりました。

 この近況ノートが、SNSで拡散されたのです。

『カクヨムにやべー作者がいる』

『文章力が無駄に高いメンヘラおじさん』

『「星は星だ」の開き直りで草』

 その日の夜、PVが爆発しました。

 千、二千、五千。

 私の作品は、ランキングの「異世界ファンタジー」ではなく、「現代ドラマ(その他)」の枠で急上昇していました。

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