魔道士アレクの冒険譚
春坂雪翔
魔導士アレクの冒険譚
アレクは魔道士である。
正確には、かつて世界を支配し人々の生活を脅かしていた魔王を倒した伝説の勇者一行のメンバーであった魔道士の末裔である。
アレクという名前もその伝説の勇者の名前であり、勇者の大ファンであった彼の祖父が名付けたという。なのでアレクは幼少の頃から寝物語として祖父から勇者一行の冒険譚をずっと聞いており、勇者様がどれだけ偉大な方かという話を延々と聞かされて育ってきた。
何度も聞かされてアレクも流石に飽きてきたのではと思う人もいるだろうがそうではない。彼もまた祖父の熱量に影響され、気付けば祖父と同じくらいの勇者様の大ファン、いや、勇者オタクになっていた。
「ねえじい様、俺もいつか勇者様と一緒に旅をしたご先祖さまみたいな魔道士になれるかな?」
「それはどうだろうねえ。だがここ最近魔族の生き残りが密かに暗躍してる噂がある故、もしかしたら新たな魔王が誕生するかもしれんと言われておる」
「そしたらまた、ご先祖さま達みたいに家族を失う人達が出るかもしれない。じい様、何とか出来ないの?」
伝承によるとアレクの御先祖さまである魔道士はかつて故郷を魔王によって滅ぼされ、その時家族を失ったと言われている。またご先祖さまみたいに悲しむ人が出るのは嫌だという彼の言葉に祖父は少し目に涙を浮かべながらアレクの頭を撫でた。
「大丈夫だよアレク。もしまた新たな魔王が誕生しても、伝説の勇者様と同じくらい強い勇者様がきっと現れて魔王を倒してくれるだろう」
「ほんと? そしたら俺、勇者様と一緒に魔王を倒す魔道士になりたい!」
アレクの目が先程と打って変わって輝き出した。
魔王が倒されて世界が平和になった後も、アレクのご先祖さま達は魔道士の力を途切れさせぬように魔道のいろはを代々子孫に伝え続けてきた。故にアレクもまだ微力ながらも火の魔法が使えるようになっている。
「雷の魔法と氷の魔法はまだ使えないけど、勇者様と会えるまでに絶対取得して俺もご先祖さまみたいに勇者一行の一員になる!」
「そうかそれは楽しみだなあ。アレクも魔道士の才能がある。きっと勇者様のお役に立てるはずだよ」
「よし! そしたら明日からも魔法の練習頑張るぞ!」
いつか勇者様と一緒に旅をする日を夢見て、アレクはガッツポーズをした。
* * *
そして月日は経ち、世界に新たな魔王が誕生した。
北の大地の三分の一は魔王の支配下に置かれたと言われている。
剣を携えた少年を筆頭に現れたとある集団がアレクの村を訪れた時、アレクは十五歳。彼はそれなりに魔法を使える魔道士になっていた。
火の魔法が使える一族がいると聞いて訪ねてきた少年は、魔王を討伐する旅をしている勇者レオンと名乗った。
アレクは嬉しさのあまり飛び上がりそうになるのを抑え、あくまで冷静に勇者の旅に同行すると自ら名乗り出た。
かくしてアレクは、魔王討伐する勇者一行の魔道士になったのだ。
憧れの勇者様が今目の前にいる。
アレクはそれだけで小躍りしそうな勢いだった。
しかしご先祖さまである伝説の勇者一行のメンバーだった魔道士は、伝承によると寡黙で冷静沈着だったと聞く。勇者様大好きな一面を全面に出すのはアレクにとって勇者一行の魔道士として解釈違いだった。
故郷の村にいた時のアレクは素直で天真爛漫な太陽みたいな性格だったが、それも彼にとっては解釈違いである。
「なあアレク、この森の出口はどの方角が正しいと思うか?」
勇者レオンが自分の少し後ろを歩くアレクの方に振り向いて声をかける。アレクは紅いローブで顔を隠しながらレオンの顔を伺った。
「私は、勇者様の行く道に従います」
「そうか、因みにこの二つの道はどちらが正しいと思う?」
「私は、勇者様の選んだ道が、正しいと思います」
「そ、そうか……」
小声でそれだけ言うアレクにレオンは戸惑いながらもとりあえず右に進もうと言い、一行は次の目的地を目指し進んでいく。
「なあレオン、本当にあいつと一緒に旅をして良いのか? 俺達も初めて来る場所なんだから、どこが正しい道かも分からないのにあの返答は変だと思うんだが?」
「ええ、私もガルム様と同じ意見です。アレク様は何と言うか、自分の意見が無いというか、レオン様の指示に従い過ぎな気がして、何を考えてるかよく分からないのです」
分かれ道を右に行き少し進んだ先で、大きな盾と斧を背に抱えた戦士ガルムと、白いローブに木の杖を両手に持つ僧侶クルルの二人が小声でレオンに耳打ちをする。こちらから声をかけないとずっと無言でただ着いてくるだけのアレクに、二人は若干不信感を持ち始めていたのだ。
レオンは苦笑いしながらまあまあと二人を宥めた。
「でも火の魔法の精度はあの村の中で一番だったし、僕はアレクに来てもらって良かったと思ってるよ。火が使えるとウルフや他の魔物も遠ざけてくれるし」
「まあ確かに役には立ってるとは思うけどよ。俺はあいつがいまいち信用ならねえんだよな」
「私はそこまでは思いませんが、レオン様やガルム様と違って、アレク様は取っ付きにくいと思います」
二人が気難しい顔でチラリと後ろを振り返ると、アレクはただ物静かに何も言わず着いてきていた。
ガルムとクルルは勿論、レオンもアレクが何を考えてるのかよく分からなかった。しかし彼が考えてる事はただ一つ。
(勇者様が、憧れの勇者様が今俺の目の前に……! 俺の前を歩いている……!)
アレクはただ、目の前にいる推し、否、勇者レオンと共に旅をしているという事に喜び悶えてるのを必死で押さえ込んでいただけなのだ。
* * *
日が地平線に完全に姿を消す前に野営出来そうな開けた場所を見つけた一行は、今日はここで野宿しようというレオンの言葉に全員反対意見を言わずに頷いた。
日が完全に隠れ夜空に星が瞬き始める。
遠くでうっすらと月明かりが一行を照らす中、アレクの火の魔法で付けた焚き火を囲い、代わる代わる火の番をしながら休んでいた。
すっかり夜も更けて焚き火がぱちぱちと火の粉が静かに弾けるのを見ながらアレクが火の番をしていた時、少し近くから野太い魔物の咆哮の様な音をアレクの耳が捉えた。
何かが近くにいる。もしかしたら勇者様の敵かもしれない。
アレクは焚き火にくべてある木の枝を一本手に取り、音が聞こえた方へ歩き出した。
暗い闇に溶け込んだ森の中聞こえてくる音を頼りに進んでいくと、開けた場所に広くて大きな湖があった。
そして周りに木がない分月明かりがより一層強く感じるそこに、一匹の巨大なドラゴンがいた。
緑の鱗がびっしりと埋めつくし、分厚く大きな羽が生え、鋭利な牙と爪が月明かりに反射してキラリと光る。
そして同じように月明かりに照らされてぎらりと光った鋭い目がアレクの姿を捉えた時、ドラゴンはアレク目掛けて口から炎を吐き出した。
炎はまっすぐ進みアレクを狙う。アレクは咄嗟に横に転がるようにしてそれを避けるが、彼を追跡するように炎はアレクに襲いかかってくる。
アレクはレオン達がいる場所から極力離れようと湖畔を走り始めると、ドラゴンは大きな足を動かしアレクを追いかけ始めた。
(このドラゴン、多分今の俺より強い……!)
下手したら多分レオンよりも強いかもしれない。このままレオン達を呼びに行けば、勇者一行が全滅するかもしれない。アレクはレオンが危険な目に遭うのは嫌だった。
(勇者様を、何としてでも守らないと……!)
アレクは湖畔の水辺の近くに立ち、手に意識を集中させバチバチと雷を作り出す。
おそらく炎を吐いてきたこのドラゴンは炎属性であり、アレクの十八番である炎の魔法は効かないだろう。
雷の魔法はまだアレクが扱うのは難しかったが、大量の水があるこの湖の近くならば、威力をいつも以上に出せるかもしれない。アレクは一種の賭けに出た。
「勇者様には、指一本触れさせない!」
アレクが手の中で出来た雷をドラゴンの足元目掛けて放つと、湖が一瞬黄色く光り水面を稲妻が走る。
そしてそれがドラゴンを捉え、ドラゴンの身体に電流が走った。
ドラゴンがけたたましい咆哮を上げ苦しみ出す。
思ったより効いてるみたいだとアレクが安堵したその時、ドラゴンは身震いして電流を弾け飛ばした。
そしてまるで何も無かったかのようにアレクを睨みつける。
「嘘だろ……?」
アレクが呆然と呟いた刹那、ドラゴンが大きな口を開けアレクに襲いかかった。
* * *
星空が薄明かりと共に消え始め、日が地平線から顔を出す。月明かりよりも強い陽の光が顔に当たり、レオンは目を覚ました。
すっかり燃え尽きた焚き火のそばではガルムが大きないびきをかき、クルルが小さく丸まって静かな寝息を立てている。しかしそこにはもう一人の仲間であるアレクの姿が無かった。
「アレク……?」
レオンが訝しみながらガルムとクルルの身体を揺すって彼らを起こし始めると、二人は眠い目を擦りながら起き上がった。
「ふぁ〜、なんなんだよレオンこんな朝早くに……」
「う〜ん……どうしたんですかレオン様、もう朝ですか……?」
深い眠りから意図的に起こされ小言を言う二人に、レオンは少し焦った様子で二人に聞く。
「なあ、二人ともアレクを知らないか? ここにいないんだ」
その言葉に二人はパチッと目を覚まし困惑しながらも辺りを見回す。ガルムの次に火の番をしてたはずのアレクの姿がどこにも無かった。
「え、アレク? 確か俺の次に火の番をしてたはずだけど……」
「そういえば私、アレク様の次の火の番だったのに、起こされなかったような……」
突然消えたアレクに二人は困惑する。レオンもかなり焦っていた。このままアレク抜きで先を進むという選択肢は彼には無かった。
しかしアレクを探しに行こうという提案をガルムが反対した。
「レオン、ここでアレクを探しに森の中に居続けたら、いつまで経っても森を抜け出せない。何も手掛かりがない以上、ここはアレク抜きで先に進んだ方が良い」
「それは駄目だ。もしかしたらアレクは今、森の中で一人彷徨ってるかもしれないだろう。アレク一人で放っておけない!」
ガルムの意見にレオンが反対を唱えると、クルルがそれに加わる。難しい顔をしながらも彼女はガルムの意見に合わせた。
「レオン様、私もガルム様と同じ意見です。ここは私達も初めて来た森です。アレク様を探し始めて森の奥深くに入り込んでしまったら、私達も森から出られなくなります」
「けど、」
「なに、どうせすぐ会えるさ。さっさと先に進んでこんな森早く抜け出そうぜ」
二人はレオンの意見を聞かず、先に進むべく身支度を整え始めた。元からアレクに不信感を持っていた二人だ。勇者一行の仲間になってまだ少ししか経ってないアレクにそこまで入れ込んで無かったのか、二人のアレクに対する反応は至極ドライだった。
この一行のリーダーは勇者であるレオンだが、多数決で負けてしまうとやはり立場は弱くなる。レオンは納得がいかなくても二人の意見を飲まざるを得なかった。
「アレク……一体どこに行ったんだ……」
レオンのアレクの無事を願う呟きは、深い森の中へ消えていった。
* * *
アレクが姿を消した森を抜け出して一ヶ月が経った。
レオン達の旅はアレクがいなくなっても尚続いていた。魔王を討伐する為の旅なのだから当たり前である。
アレクがいなくなってもそこまで旅は苦に感じなかった。元々アレク抜きで旅をしていた期間が長かったからかもしれない。
故にガルムとクルルはアレクがいなくてもさほど気にしなくなっていた。しかしレオンは今も尚、アレクの無事を願いながら旅を続けていた。
「ここで一晩泊まりたいって? そうだなあ見た所あんたら強そうだし、一つ頼みを聞いてくれないか?」
とある村の宿屋に泊まろうと店主に相談した時、店主が宿代の代わりにレオン達に頼み事をしてきた。
ここしばらく野宿が続いていて、ようやくありつけた屋根と温かい食事とベッドだ。三人の中に店主の話を聞かないという選択肢は無かった。
「頼みというのは?」
はやる気持ちを抑えてレオンが店主の話を聞くと、店主がおっと身を乗り出してきた。
「ここから少し離れた所に炭鉱があるんだけどよ。そこになんかでかいドラゴンが住み着いちまって炭鉱夫達が仕事に行けなくなっちまったんだ」
「ドラゴン?」
「それはどんな種類とか、特徴は分かりますか?」
「確か緑色の身体にでかい羽根が付いてて、爪と牙もでかかったな。あれにやられたら一溜りもねえだろうな」
三人は顔を見合わせる。聞く限り見た事も聞いたこともないドラゴンのようだ。故に何が弱点かも分からない。
本当ならアレクがいた方が良かったのだがとレオンは思うが、ここにいないアレクの事を考えても仕方ない。
ここの村人に聞いた限り、ここの収入は主に炭鉱で取れる鉱石の様だ。仕事が出来なくては収入も無いであろう。つまり屋根とベッドはあっても温かい食事は出ないかもしれない。
どうせなら温かい食事も欲しい。小声で話し合った結果、三人の意見は一致した。
「分かりました。その依頼僕達で引き受けます」
「おっ! 話の分かる兄ちゃんで嬉しいねえ。炭鉱はこの道を出てまっすぐ行った所にある。なんか必要な物があったら商店で買って行きな。なに薬草ぐらいなら用意出来るさ。あと村の奴らが趣味で作った武器と防具も少しだけなら売ってるぜ」
店主のアドバイスを聞き三人はお礼を言うと、準備をして炭鉱へ向かい始めた。
舗装されてないガタガタした砂利道を進んで行くと、石で囲われた炭鉱の入口が見えてくる。その入口に鎮座しているのは、店主が話していた特徴のドラゴンだった。
「よーし、早いところおっ始めてあのドラゴンを倒そうぜ!」
「ああ、早く村の人達を安心させよう」
「お二人共、無理はしないで下さい」
ガルムが斧をぐるぐると回しながらドラゴンに向かって走り出す。どんなモンスターか前情報が無い時の彼らの戦法は、まずガルムが切り込み隊長になる。
ガルムの戦い方を見て相手の攻撃方法を観察し、ダメージを追えばクルルが回復魔法や援護魔法で援護する。そして弱点を見切った所でレオンとガルムが連携を組んでモンスターを攻撃していくのだ。
ガルムが先手をとりドラゴンに攻撃すると、ドラゴンは獰猛な目でガルムを捉え、彼に目掛けて炎を吐く。
それをクルルがバリアを貼って防いだ所でレオンも己の剣を構えて参戦し、二人の息のあった連携でドラゴンを攻撃していく。
ガルムがドラゴンの腹に斧を振りかざして刃が当たった時、ドラゴンの身体が一瞬だけたじろいだ。
腹が弱点かもしれない。そう思ったレオンはガルムに腹を重点的に攻撃する様に指示を出すとガルムは目を爛々と輝かせながらドラゴンの腹に斧を振り下ろした。
ドラゴンが腹を守りながらガルムに鋭利な爪を振りかざす。それをガルムは自身の盾でいとも簡単に防ぎ、その後ろからレオンがドラゴンに剣を振りかざした。
ドラゴンが身悶えレオンとガルムから距離をとる。
そして苦しみ鈍い呻き声をあげながら口を下に向け何かを吐き出すと力尽きたように倒れた。
ずしんと鈍く地響きの様な衝撃でドラゴンが地面に倒れる。土煙が舞う中三人がドラゴンの吐き出した物を見ると、そこには一か月前自分達の前から姿を消した魔道士アレクがいた。
「アレク!?」
咄嗟にレオンがアレクの元に駆けつける。レオンがアレクを抱き起こすが、アレクは息をしていなかった。
変わり果てたアレクの姿にガルムは息を飲み、クルルは悲鳴をあげた。
ドラゴンの胃液の影響で紅いローブが溶けているが、肉体は何故か溶けていなかった。もしかしたら魔道士の魔力の蓄積が関係しているのかもしれなかったが、真相はレオン達には分かるわけが無かった。
「なんで、どうしてドラゴンの中からアレクが……?」
「レオン様、私、見てみます!」
クルルが深呼吸をしながらアレクに杖を当て低く呪文を唱えると、三人の脳内に映像が流れ出す。
それは、アレクが姿を消したあの夜、彼が一人でドラゴンと戦う姿だった。
『勇者様には、指一本触れさせない!』
ドラゴンに追い詰められたアレクが苦肉の策で雷をドラゴンに浴びせるが、ドラゴンがそれを身震い一つで弾き返し、呆然としてるアレクをドラゴンが大きな口で飲み込んだ所で映像が途絶えた。
あまりにも衝撃的な映像に三人は言葉を失う。
あの日アレクはただ勝手にいなくなった訳ではない。一人でドラゴンと戦い敗れ、食われたのだ。
勇者を、レオン達を守る為に。
「アレク、なんで……なんで一人で戦ったんだ……っ!」
「おいクルル、いつもの蘇生魔法でアレクを生き返らせてくれよ! 村一番の僧侶の弟子だったお前なら出来るだろ!?」
「やってます! やってますけど……、仮死状態の時にかけるこの蘇生魔法は、魂が近くにあるから生き返るんです。おそらくアレク様の魂は、もう……っ!」
クルルが杖をアレクにかざし、必死で呪文を唱えながらありったけの魔力をアレクに注ぎ込む。しかしアレクの身体は依然として冷たいまま、息を吹き返すことは無かった。
遂に魔力を全て使い果たしたクルルが倒れる。地面に身体が叩きつけられる前にガルムがクルルの身体を支えると、クルルは意識朦朧としながらある提案をした。
「一つだけ、アレク様を……助ける方法が、あるかもしれません……」
「なんだよそれ、早く言えよ!」
「ガルム落ち着いてくれ。クルル、ゆっくりで良いから話してくれるか?」
レオンがアレクの身体を抱き抱えながら、静かにクルルを促す。クルルはゆっくりと深呼吸しながら話し出した。
「師匠から聞いた話なのですが……西の地に死者の魂が集まる湖があるそうで……そこにアレク様の魂があれば、蘇生魔法が効くかもしれません……」
「それで具体的な場所はどこなんだ?」
「分かりません……それにあくまで伝え聞いた話なので、本当にあるのかどうか……」
クルルが自信なさそうに俯く。アレクが生き返るかも分からないのに、あるかどうかも分からない湖を探すのは果たしてどれだけの時間がかかるのだろう。その間にも魔王が勢力を伸ばしてレオン達を倒しに来るかもしれない。
だが、あの映像を見たレオンの選択肢は、一つしか無かった。
「一先ずアレクも連れて村に戻ろう。それで村の人達にドラゴンを倒した事を報告して、教会のある町で棺桶を買う。棺桶の中なら腐敗の時間もある程度遅らせられるだろう」
「でも、その湖を探すのにどれだけ時間がかかるんだ? それまでアレクの身体は持つのかよ?」
レオンの提案にガルムが意見するが、彼の腕の中のクルルがゆっくりと身体を起こした。
「私が、アレク様に時間停止魔法をかけ続けます。そうすればアレク様の身体は今の状態を保てます」
「それは駄目だクルル、君の身体が持たないだろう」
「いいえ、私なら出来ます。村一番の僧侶の弟子だった私なら、朝飯前です」
クルルがにこりと微笑む。レオンはクルルの身体にかかる負担が大きいのであまり乗り気では無いが、少なくともアレクの身体を棺桶に入れるまでは彼女の魔法に頼らなければならない。
クルルの提案をレオンは飲み込むと、アレクの身体を背負って立ち上がった。
そしてクルルがアレクに時間停止魔法をかけようとした時、ガルムが彼女の身体を抱えあげた。
突然の事にクルルがぱちぱちと瞬きするが、ガルムは至って普通だった。
「が、ガルム様?」
「歩きながら魔法かけ続けるのは疲れるだろ。その死者の魂が集まる湖ってのが見つかるまで、俺がお前を抱えててやるよ」
ガルムの提案にクルルは困惑しながら顔を赤くする。しかし「殿方と長い時間身体を密着させるのは……」と小さく呟きながらもクルルは杖を構え、アレクに時間停止魔法をかける。
アレクの身体が淡い光に包まれたのを確認し、一行は村へ戻る道を歩き出した。
* * *
日差しが大地を強く照りつけ、その暑さに草木が元気を吸われたのか頭を垂れる様に萎びている。
雨も少ないのか地面もカラカラに乾いていて、風が吹く度に土煙が舞う。
「なあ、本当にこの辺で合ってるのかあ?」
棺桶を鎖で繋ぎ引きずりながら先頭を歩くレオンの背中にガルムが疑問を抱きながら叫ぶ。ガルムに片手で軽々と抱えあげられたクルルが常に気を張りながら棺桶に時間停止魔法をかける中、レオンはガルムの疑問に答えた。
「さっきの街でも聞いただろう。この辺りにオアシスがあるって」
「オアシスは湖とは違うだろ。それにオアシスだったら集落があるはずだ。本当に死者の魂が集まるなら人々に知られてるに決まってる」
「ですがガルム様、こんな乾燥した土地にある湖と言ったら砂漠の中にあるオアシスぐらいしか無いでしょう。この地にしか生息しない毒草が生えてる場所もありますし、まだ人に知られてないオアシスがあっても不思議では無いかと」
クルルが冷静に分析するとガルムはちっと舌打ちをする。クルルの話した西の地は荒れ狂う荒野が広がる人が住むには適さない土地だった。
こんな所に湖が本当にあるのだろうか、一刻も早くアレクを生き返らせたいのにこれはただの寄り道になってないだろうか。ガルムは焦りを感じていたが、それはレオンとクルルも同じだった。
一行が噂のオアシスを探す為荒野を彷徨い始めてから半日が経過し、徐々に日が地平線に隠れていく。こんな水も無い場所で野宿をする訳にはいかない。どこか野営に適した場所は無いかとレオンが辺りを見回したその時、前方に緑豊かな植物が生えてるのを見つけた。
オアシスとまではいかなくても、あそこなら水があるかもしれない。そう考えたレオンは二人にあそこで野営をしようと提案し、一行はそこへ向かって歩き始めた。
荒れ狂う荒野にぽつんとではあるが、そこはジャングルと言っても良いくらいの木や草が生えていた。開けた場所を探し、レオンは布と折りたたみの骨組みを使って天幕を作り始め、魔物を寄り付かせない為に焚き火を作る。
アレクがいればこの焚き火に火を付けるのも苦では無いのだが、今は無理なので火起こしは力自慢のガルムの役目だ。力任せに真っ直ぐに整えた木の枝を手で高速で回している時、クルルは何か食べれる物が無いかと森と言って良いのか分からない草木が茂る中に入って行った。
「食べられる木の実とか、果物があれば良いのですが……」
木の上などを注意深く観察しながら進んで行ったそこで、先程よりも開けた場所に出る。そこに広がってたのは湖の様な場所であり、おそらくここがレオンが街の人達から聞いたオアシスなのではないかとクルルは考える。
そしてクルルがゆっくりと湖畔に近付き水質を観察したその時、水面が不自然にぶくぶくと湧き出し、次第に沸騰でもしてるのかというぐらいぶくぶくと無数の水泡が発生し出した。
これは普通の湖では無い。そう思ったクルルは自身に転送魔法を使い、レオン達の元へ急いで戻った。
クルルがアレクの棺桶を抱えたレオンとガルムと共に湖畔に辿り着いたその時、突如湖の水が盛り上がり人の手の形をつくり出す。そしてそれがアレクがいる棺桶に手を伸ばしたかと思うと、アレクの棺桶が宙に浮いた。レオンは棺桶に繋いだ鎖を持っていたがその勢いに負けて離してしまった。
「あ、アレク様が!?」
クルルが手を伸ばすのも虚しく、その手が空を握った刹那、まるで湖の中に吸い込まれたかのように棺桶ごとアレクが湖の中に入って行き姿を消した。湖の中に入ろうとするクルルをガルムが止め、クルルがガルムに離してと叫ぶ。
その時ぼこぼこと水面が音を立て沸騰したかのような水泡が浮き上がっては消えていく。それがだんだん激しくなって水泡が大きくなり始めたその時、水面の下から何かが這い出てきた。
それは人の形をしてるが人では無い。生気が抜け落ちてるのに生き物のように動いているアンバランスさが見る者に不快感を与える。
骨と皮だけで目の辺りがくり抜いてあり暗い空洞になっているそれが何体も這い出てきてレオン達に襲いかかってきた。
「ゾンビ……!」
レオンとガルムがそれぞれ武器を構え走り出した。
湖畔の水辺でレオンが剣を、ガルムが斧を振る。
前にゾンビと戦った時は確か遺跡の中だったと思うが、おそらくこのゾンビ達はその時戦ったゾンビと同じ戦い方で良いはずだ。
足元が水でもたつき始める前にクルルが二人に素早さを上げる魔法をかける。しかしガルムの機動力が上がりゾンビの攻撃を避けたその時、背後のゾンビがすぐ目の前に迫ってきて硬い顎でガルムに噛み付いてきた。
「な、くそ……!」
「ガルム様、今回復します!」
クルルが杖を構えガルムに回復魔法をかけようとしたその時、別のゾンビがガルムに襲いかかって来たのでガルムはそれを避け後ろに跳躍する。
ガルムにかけようとした回復魔法はその近くにいたゾンビにかかってしまった。
「あっ……!」
クルルがしまったと顔を顰めたその時だった。
突然ゾンビが雄叫びをあげる。日はすっかり落ちた後だというのにまるで日の光で焼け死んだように苦しみ出した。
その光景にクルルが呆然としてる中、レオンは状況を分析しクルルの回復魔法がゾンビには毒である事に気付いた。
「クルル! 回復魔法だ! 全体に回復魔法をかけるんだ!」
レオンの叫びにクルルはハッとして杖を天に掲げて湖畔一面に回復魔法をかけると、ゾンビ達が例外なく苦しみ出し湖の中に消えていった。
「私も、攻撃出来た……?」
「やったじゃねえか! お手柄だったぜクルル!」
湖畔に戻ってきたガルムがクルルの頭を掴んでガシガシと強引に撫でる。クルルが若干迷惑そうにちょっとと言いながらガルムの手を払い除ける中、レオンは未だ湖の水面を見つめていた。
「油断するな、まだ来るぞ!」
レオンが剣を構えながら叫んだ次の瞬間、水面がざばりと跳ね上がり中から死神のような鎌を持った巨大な骸骨が現れた。
ゾンビと戦って疲弊してる今戦うのは難しい。普段だったら逃げて戦闘をしないのだが、湖の中にはアレクがいる。故にここから逃げ出す事はレオンには出来なかった。
こうなったら奥の手のあの技を使うか。
レオンが特殊な構え方で剣を振り上げようとした次の瞬間、湖畔の水面が黄色に染まる。
それは電流となって湖の水面を走っていき、身の危険を感じたレオンが慌てて水辺から離れてガルム達の元へ戻っていく。
湖を走る電流が骸骨を捉えた刹那、ものすごい電流が骸骨の全身に流れ始めた。
夥しい電流が骸骨を容赦なく攻撃していき、骸骨が苦しみ、その姿は焼け焦げていく。そのまま徐々に姿が壊れ始め、骸骨の身体が完全に崩れた時、その背後から現れたのは、アレクだった。
「アレク!?」
レオンははやる気持ちが抑えられず、濡れるのも気にせず湖の中心にいたアレクに向かって走っていく。アレクはどうやってるか分からない浮遊魔法を使ってレオンの元へ行き、レオンに辿り着いた所でばしゃりと足が湖の中に沈んだ。
「アレク!?」
「アレク様!?」
ガルムとクルルもレオンに続きアレクの元へ急ぐ。
そしてアレクに全員が抱きつき、アレクは体制を崩して倒れてしまった。
全員湖の中に身体が浸かってしまいびしょ濡れになるが、アレク以外の三人は気にしてなかった
「勇者様……それにガルム殿、クルル殿、これではお召し物が濡れてしま」
「馬鹿野郎! んなことどーでもいいんだよ!」
「アレク……お前……どうして一人で……っ!」
「あ……あ゙れ゙ぐざま゙ぁ……よがっだあああ……っ!」
アレク以外の三人が顔を涙で濡らし顔をくしゃくしゃにしながらアレクに抱きつく。アレクが仲間になった頃はレオンはまあまあ交友的だったが、ガルムとクルルはそうでは無かったはずだ。
二人の中でアレクに対して心境の変化があったのだろうか。アレクは首を傾げながらもあの時の二人の態度は己の接し方に問題があったという事にアレクは既に気付いていたので、アレクは今度こそきちんと話そうとゆっくり口を開いた。
「夢を見ていました。ここでは無い世界の夢で、そこで私は、己が無理をして魔道士を
「……演じてた?」
「はい。私は、かつて魔王を討伐した伝説の勇者様の話を祖父から聞かされていて、いつか自分も、勇者様と共に旅をする魔道士になりたいと思ってました」
いつしか辺りはすっかり闇に染っていて、アレクがいなくなったあの日の夜みたいに、無数の星と大きな月明かりがアレク達を静かに照らしていた。
「勇者様と魔王討伐の旅に出た時、私はとても嬉しかった。しかしかつて伝説の勇者様と共に旅をした魔道士、私のご先祖さまは、その……とても寡黙で物静かな人だと聞いていて、私は、その……無意識にご先祖さまみたいな魔道士になろうとしていて……」
「馬鹿だなあ」
レオンがアレクをもう一度抱きしめる。
それはとても優しく、かつて祖父に抱きしめられた時の事を思い出すくらい優しい抱擁だった。
「僕もアレクと同じで、伝説の勇者様の事を尊敬している。けど、僕は僕のまま、新しい勇者になって魔王を倒す。アレクもアレクのまま、僕達と共に旅をする魔道士になって欲しい」
レオンの言葉にアレクは胸を打たれ、思わず涙が零れる。自分のまま、新しい魔道士になる。その言葉をアレクは胸の中で数回噛み締めるように唱えた。
「……でも、今度また一人でいなくなるのだけは許さないからな。勇者命令だ。いいな?」
「はい、分かりました勇者様……いや……」
アレクは少し言い淀んだ後少し佇まいを直して、レオンに向き直る。
「……分かったよ。レオン殿」
レオンの事をずっと勇者様と言っていたアレクが、初めてレオンの名を呼ぶ。それを聞いたレオンはくしゃりと笑い、再びアレクに抱きつく。
ガルムとクルルも言葉にならないぐらい泣きながらレオンに続きアレクに抱きつく。
良い仲間を持った俺は果報者だなと、アレクは抱擁を受け止めながら静かに微笑んだ。
「……はっくしゅん!」
湖から出たクルルが耐えきれずくしゃみをする。
昼間とは打って変わって気温がぐっと下がった中で冷たい水の中にいたのだ。寒くないわけが無い。
「このままだと風邪を引いてしまいますね」
「だな、早い所服を着替えて──」
「ああ、それだったら皆、そこに立ってくれないか?」
突然のアレクの指示に従うと、アレクは右手に力を込め炎を作り、もう片方の左手に風を作り出す。
その二つをバランスよく混ぜ合わせて大きな熱風を作り自分達を囲うようにすると、それは暖かく全員の身体を包み込み、髪や服に染み込んだ水が蒸発していく。
熱風が収まる頃には全員の服は完全に乾いていた。
「…………え?」
「ああ、あとはそうだな……クルル殿、皆のマグカップを貸してくれないか?」
「え、ええ……分かりました」
クルルが戸惑いながらも荷物の中からマグカップを三つ取り出しアレクに渡すと、アレクはマグカップの上に手をかざし、そこから白い氷の結晶を作り出してマグカップの中に注ぎ込む。
ある程度溜まった所で焚き火に火を付けマグカップを火に当てると、中の氷が溶けて水になり、次第に温かいお湯になる。
「これを飲めば、おそらく身体の中から温まれると思う。良かったら飲んで」
あっけらかんとしてマグカップを手渡すアレクを、三人が呆然として見る。
アレクはそれがよく分からず首を傾げていると、レオンが驚いたように口を開いた。
「アレク、お前……そんなに魔法が使えたのか?」
「氷の魔法はまだ練習中だって言ってなかったか……?」
「それに風の魔法まで……アレク様、風の魔法の事なんて、一言も仰られて無かったじゃないですか」
僕達が仲間にしたあの時のアレクとは違う。明らかに使える魔法が増えている。三人の驚いた顔にアレクは、ああと納得した後、いたずらが成功した子どものような顔でこう言った。
「練習した成果だよ。夢の中で」
* * *
だだっ広い草原が広がり、草木が生え、小鳥が二話連れ立って飛んでいる。
天気は良く、このまま何も無ければ次の町に着きそうである。
「おーい! 見えてきたぜ!」
先に先頭を走り様子を見に行っていたガルムが三人に向かって叫び、それを聞いたクルルが「待ってくださーい」と言いながら駆け出していく。
「アレク、僕達も早く行こう」
レオンがアレクに手を伸ばす。仲間として、そして多分、友人として。
「……うん、行こう!」
アレクはその手を取り、ガルムとクルルのあとを追い走り出した。
アレクの冒険は、まだ始まったばかり。
彼らが魔王を討伐する未来がいつ来るのか、それはあなた達次第である。
─────────
私物が散らばった部屋の中で、親から譲り受けたテレビ画面がチカチカと光を放っている。
その前でコントローラーを手にした青年がそれを置き、ベッドの脇に置いてあったティッシュケースを取り出し何枚も取り出す。
「アレク……お前良い奴じゃねえか……ごめんなあ俺も正直言ってお前の事よくわかんねえやつだと思ってて……っ」
青年は眼鏡を外しボロボロと泣きながら涙を拭き鼻も一緒にかむ。テレビ画面には黄緑色のドッド絵で描かれた草原に、青いマントを着た少年のドッド絵の立ち絵がその場で足踏みするように止まっていた。
「でもこれはしょうがないって。初見は騙されるって。俺だって最初ガルムとクルルにはげどしてたもん。レオンだけ温度差凄くて感情移入出来なかったもん。なんだよこれレオンが主人公で良いんだよな? 実はアレクが主人公でしたってオチじゃないよな!?」
感情が高まりつい独り言が大きくなってしまう。
それが聞こえたのか自室のドアからコンコンとノックをする音がした。
「お兄ちゃん煩い! あとお母さんがもうすぐご飯出来るから準備手伝ってって」
「……はーい、すぐ行く! ……ったくもう少し感動に浸らせろっての……」
自分より高くて幼い声が青年に声をかける。
それを聞いた青年はぶつくさと文句を言いながらもコントローラーを操作し、メニュー画面からセーブ画面を表示して任意の場所にセーブをする。
また続きはすぐやるからこのままでいいかと画面は消さずに自室を出る。
テレビには、ゲームのタイトル画面のロゴが大きく映し出されていた。
魔道士アレクの冒険譚 春坂雪翔 @harusaka-yukito
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