自己申告のアバンチュール

たーたん

自己申告のアバンチュール

 今日、俺たちは新たな門出を迎える。

 彼女と二人。力を合わせてここまできた。

 喧嘩もたくさんしたけど、それ以上の笑いが俺たちにはあった。

 

 彼女の顔を見ると、俺の顔を見ていたのか目が合う。

 自然と口元が緩む。交わす言葉はなかったがお互い同時に頷いた。

 呼ばれると、二人同時に右足を揃えて一歩前に蹴り出した。


 俺たちは足並みを揃えてステージへと向かった――



「どーもー!」

「アーヴァンチュールです! 宜しくお願いします!」


 マイクに顔を近づけて挨拶。俺はマイクの位置を彼女に合わせるように下げた。


「ねえねえ、梶くん梶くん」

「はいはい、白井さん」


 彼女、白井さんの澄んだようなアニメ声は、どんな会場でも一瞬で黙らせるほどのインパクトがある。彼女の見た目もあって、そっち目当ての男性客が多いのは否めないが、白井さんが「これも武器や、うまいこと使わな」と言うので納得している。


「悪役ってめっちゃええよな」

「悪役?」

「うん。正義があれば必ず出てくるやん。そもそも正義は悪役がいないと存在すらしないと思うねん」

「いきなり深いこと言いますね」

「それにかんっっぺきな悪役であるほど正義が際立つやろ。つまり、悪の匙加減で正義の大きさが決まんねん」

「バットマンとジョーカーとか、スパイダーマンとヴェノムとか、トムに対してのジェリーとか、そういう感じですね」

「猫とネズミは知らんけどまあそういうこと。だからうち、理想の悪を考えてきた。こうだって言うから、梶くんは悪かどうか判定していって」

「悪か悪じゃないか言えばいいわけですね、わかりました。やってみましょう」


 俺は軽く右手を上げて一拍おくタイミングをつくる。


「親のカードを使って課金する」


 白井さんが左手を軽く上げて自信満々の笑みを浮かべる。

 

「完全に悪ですよ」

「それがバレてアカウント消されてへこむ昨日の梶くん」


 その手がくるりと俺に向いた。


「それは最悪。って、いきなり暴露しないでください! でも悪いことしたんですから当然です。反省してます」


 ここからテンポを上げていく。


「毎月風邪ひいたり転んだり。怪我と病気が絶えない」

「それは……厄、ですね」

「今年25歳らしいしな」

「もろそれ僕です。明日祓いにいきます」


「ネタ全部AI」

「楽……じゃなくて悪です。ここはAI生成禁止のステージですから当然です!」

「え、待って。AIが悪? ネタ出しのとき、いたるところにアスタリスクとかダブルクォーテーションとか残したまま出してくる梶くんに言う権利ないわ」

「次回からタグつけて提出します」

「もちろんこのネタはAI不使用やで」

「毎回言わなくちゃいけないんですかね」


「難病を抱える息子の治療費のために強盗する」

「……ええと、悪」

「明日までに入金せんと手術の機会がなくなる」

「なら……仕方……なくない。強盗は悪です。うん」

「じゃあ息子の梶くんはどないすんねん? かわいそうやろ!」

「待って待って白井さん、急に興奮しないで。悪について議論するんでしょう。悪かどうかのジャッジ。それに僕、病気でも親が強盗でもないですから」

「ある意味、親から盗んでたやろ」

「それは言わないでもろて」


「気づいたけど悪は悪でもその背景によって情状の余地があんねんな。同じ悪いことでもバックボーンで印象が変わる。裁きは平等に訪れなあかんけどな」

「急にまた深いこと言い出しましたね」


「そや。裏にある何かを出してたら完全な悪にはなれへんとちゃう? つまり理想の悪役っちゅうのは背景なしでただ悪いことだけするやつか、背景もド悪党に染まってなきゃあかんちゅうわけや」

「何やら一人で盛り上がっておりますけれど、もう少し聞いてあげましょう」


「背景も悪そのものでドロドロにすれば最高の梶く、悪役になるんちゃう?」

「なにか大事なことを言いかけました? たとえばなんでしょう」


「市場を独占し不法投棄する産廃処理屋」

「おお……悪ですねぇ」

「――の少女」

「ううーん! 少女でなんだか相殺される! 気のせいですかねこれ」


「限定ものを買い漁って流す転売屋」

「悪! これはまごうことなき悪ですよ!」

「――の少女」

「ううーん! なら仕方な……じゃなくて! 転売行為に酌量の余地を与えちゃだめです!」

「難病を抱える妹の治療費のために転売してんねん」

「……ええと、それでも悪ですよ」

「明日までに転売せんと手術の機会がなくなるのに?」

「どういった状況ですかね」


「それにしても少女が好きとか、家から出ないでもらえるかな?」

「はい私が悪です、じゃなくて! そう誘導したのは白井さんでしょう!」

「なんでもかんでも少女をつければ可愛いと思ってるやろ。大概にせえよ!」

「今まさに白井さんが作り出してたんですけどね!」

「少女ってオブラートに包んだだけや。ぜんぶ梶くんに変換しとけ」

「とんでもない暴露をされましたけれども」


「誰が漫才の天才少女やねん」

「言ってませんけどね」


「浮気」

「悪です。絶対にだめです!」

「どこからが浮気なん?」

「二人きりでご飯食べたり、手を繋いだとか、人によって違いますよね」

「梶くんにとってはどこからが浮気かって聞いてんねん」

「もちろん目が合ったときからですよ」

「は? 今こうして目が合ってるけどもう浮気なん?」

「仕事は別です」

「ほんまキモイんやな」


「理想の悪を考えるって言って、全く考えてない白井さんも相当ですけどね。ぜんぜん話が進んでないじゃないですか。そもそもどうして悪役に憧れてるんですか」

「梶くんを完璧でクソな悪役にしたい。そうしたらうちが正義で、でっかく見えるやろ」


 胸を張り、何度か背伸びして自分の大きさをアピールする白井さん。


「今日でやめさせてもらいます」

「でも梶くんがいなきゃうちも存在してないんやけどなー」


 小首を傾げて、にこっと笑い見上げる白井さん。

 

「明日もつづけましょう」


「どうもありがとうございました!」


 声を揃えて挨拶し、駆け足でステージを後にする。

 たった数分の出番だったが俺も彼女も汗だくで、興奮しきった顔は焼けるように熱い。白井さんの顔はいつにもなく晴れやかだ。

 手ごたえを感じたのか何度も小さくガッツポーズを繰り返している。


 楽屋に戻ると興奮冷めやらぬ白井さんは、汗を拭うのも忘れたままテーブルの上にノートパソコンを広げた。


「へへー、今日は先週よりウケたやんな?」

「うん、まあそうですね」


 俺は手書きの文字だけで埋め尽くされたネタ帳を開く。

 そこには先週スベるにスベった俺が考えたネタがある。

 ページの隙間に今日の反省点や、次のネタのヒントを残すと白井さんを見た。


「結局バレへんのやったら好きなように使えばええんや」


 そう言って白井さんは俺に見えるようにチャット欄に「漫才のネタ」と書きエンターを押す。ネタが次々と画面の中に生成されていく。


「……」


 一日中考えて何度も何度も書き直してできた数分のネタがスベってボツになる。

 AIはそれ以上のネタを瞬時に、それも大量に生成し提供してくれる。

 もしかして俺はセンスがないんじゃないかって思ってしまう。

 自分では面白いと思っていても相手には通じない。

 でも、パッと出てきたAIのネタが俺のネタをあっさり凌駕していった。

 観客の声が証明してしまった。俺はそれを味わってしまった。


 白井さんの言う通りだと思った。


 俺は何かの境界線を越えてしまったような気がしたが、気付かなかったことにしてネタ帳を丸めて乱暴に鞄にしまう。足をパタパタさせている上機嫌な白井さんの隣に座って画面を見る。黒いバックスクリーンには二人の笑う顔が映っていた。

 

「わっるい顔してますけれども」

「悪いのは世の中やろ」


 ネタのAI生成禁止の大会でこのネタは好評だった。

 何週も勝ち残り――比例するように俺たちの知名度も上がっていく。



 ――その後、白井さんのパソコンを盗み見た同期に申告され、俺たちは本当の悪になるのだが、その時が訪れたとき白井さんは不敵な笑みを浮かべこう言い放つのだった。


「うちらは目立った。その時点で勝ちや」


 使う使わない。まるかばつか。さんかくを訴える人も多くいる。

 しかし、こと界隈においては白と黒しかない。グレーも黒なのだ。


 どちらかに振り切るしかないのかもしれない。

 だとするなら、俺はどっちなのだろう。


 俺は無意識に鞄の奥からくたびれたネタ帳を取り出して開いていた。

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