3 奇芸師の表演時間《ショータイム》
「……
凍てついたような表情で腕を組んでいた
皓が表情を戻す。
「なに笑ってるんですか」
「いや、奇芸師は詐欺師の類いと思っていてね。嘘をつくのが職じゃないかい? 少し考えれば解けるような
皓は唇を噛む。言い返せない。
実際、奇芸師は客を騙して、刹那の幻想に溺れさせるのが職なのは、強ち間違っていない。話術と、繊細に張り巡らせ隠した
ゆえに奇芸師に人は魅せられる。
だが、実を視るというのが本来だ。
「嘘をつくるのは、実の
「……なるほど、そういうこと。流石、奇芸が職とだけあって、口は巧いんだね。主上の目に止まれば、まあ、これくらいはお気に召されるかもしれないね」
と言いつつ、そのこれくらいを示す
(こいつも口が巧いなあ。まさに殺戮道化師だなあ)
なんとも無礼極まりない評である。
皓は溜息をついて「話聞いてください。首がどっか行かないように頑張りましたからね」と切り出す。
采文も冷徹な顔に戻る。切り替えが早い。
「犯人は
「へえ……推理を、聞かせてもらおうかな」
「まず、月汐嬪は寵妃のうちの一郭にいます。実家の後ろ盾もあり、文才に秀でている。賢妃様が間もなく退位することを考慮すれば、次の賢妃は彼女で間違いないでしょう」
四妃の齢は低い順に、徳妃、淑妃、貴妃、賢妃と聞いた。
熟女好みの者の時代ならば話は違うが、一般に老いた妃は下がり、若い妃が上がる。最年長の賢妃が下がる期、つまり妃としての死期は遠くないはずだ。
となれば次は、妃嬪のうちに数えられる九嬪の中から選ばれるはずである。
「月汐嬪が賢妃に上がることを妬んだ者が、犯行に及んだ、ってことね」
「しかし、ならば殺せばよい話。何故、小火騒ぎで落ち着いたか。解りますか?」
「血痕が残ることを恐れたからかな」
「私はそうと推理しました」
上級
それに、刃物や鈍器で殺した場合、月汐嬪の血が散る。凶器は無論のこと、己にも返り血がつく可能性が高い。
その上、嬪が死のうと
「
少なくとも、文字も読めない皓のような下女はあり得ない、と解した。
それから、火の取り扱いに慣れている。嬪ならあり得ないと思った。
「昇格を狙い、かつ、月汐嬪をよく思っていない嬪に仕える女官、ないしは味方している女官。出身は
遠くから、采文の名を呼ぶ声がした。月汐嬪を訊問していた宦官が、駈けてくる。
「月汐嬪から証言が。
とすれば、犯人は
「了解。それじゃあ、
「御意!」
采文は表向きの無毒な笑顔から一転、戦慄を煽る笑顔へと変貌し、皓に向き直った。桃がぴんと耳を立てる。
采文のことは余程に嫌いらしい。
(これだと、尿を飛ばす日も近そうだな)
兎は警戒している人間に尿を飛ばす。
貴人にかかっては終末のお知らせなので、躾けなければ。身に余る出世は
「それじゃあ、約束の
「やった。んじゃあ、
*
皓が連れ込まれたのは、宮……らしき建物だった。
官吏の一時的な棲家が宮であるはずがないのだが、宮と言われても腑に落ちるようなところに来てしまった。
「はい。どうぞ」
(まさか、本当に出てくるとは……)
約束事はきちんと守る男でよかった、と思う。有難い。
迷わずかぶりつくと、さくっとした音と同時に、食欲を刺激する
喩えるなら、極楽で食べている気分である。
(う……うんめえ……)
味気のない食事に舌が慣れていたせいか、風味豊かなこの逸品は、まるで数日ぶりに食らいついた飯のような満足感を伴っていた。
「どうだい?
「食欲失せるので黙ってください」
采文はくすりと一つ笑いを憶えて下がる。
皓の襟元から
「欲しい?」
桃がこくんと
皓は
「ほらよ」
大鶏排を齧る
自分の首を落とす人間の金で食うのは癪だが、仕事をすっぽかせる上に旨いものが食べられるなら、それに越したことはない。
桃を隠す必要もなくて、楽だ。
(まあ、刑に処されるか飯にありつけるか、という
しかも
富を得るか爆死するかは、自分の行動次第──まるで賭博だ。時々ならいいが、これが毎日あるのは御免である。
(いやあ、散々な目には遭ったが)
「一件落着だ──」
「……
後宮奇芸師の解謎技巧に魅せられる 月兎アリス/月兎愛麗絲@後宮奇芸師 @gj55gjmd
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