3  奇芸師の表演時間《ショータイム》

「……奇芸師てじなしは、実を視るのが職ですから」


 ハオ嫣然えんぜんと微笑を零す。芙蓉フヨウの花のような微笑だ。

 凍てついたような表情で腕を組んでいた采文サイウェンは、如何にも可笑しそうに噴き出した。


 皓が表情を戻す。


「なに笑ってるんですか」


「いや、奇芸師は詐欺師の類いと思っていてね。嘘をつくのが職じゃないかい? 少し考えれば解けるような機関しかけを、人々は魔術まほうだと思う。客は騙されているじゃないか」


 皓は唇を噛む。言い返せない。


 実際、奇芸師は客を騙して、刹那の幻想に溺れさせるのが職なのは、強ち間違っていない。話術と、繊細に張り巡らせ隠した機関しかけを、巧みに用いて脳を誤解させる。


 ゆえに奇芸師に人は魅せられる。


 だが、実を視るというのが本来だ。


「嘘をつくるのは、実のことわりです」


「……なるほど、そういうこと。流石、奇芸が職とだけあって、口は巧いんだね。主上の目に止まれば、まあ、これくらいはお気に召されるかもしれないね」


 と言いつつ、そのこれくらいを示す拇指おやゆび食指ひとさしゆびに、間隔はない。


(こいつも口が巧いなあ。まさに殺戮道化師だなあ)


 なんとも無礼極まりない評である。


 皓は溜息をついて「話聞いてください。首がどっか行かないように頑張りましたからね」と切り出す。


 采文も冷徹な顔に戻る。切り替えが早い。


「犯人は月汐ユェシー嬪の降格を狙っていた模様です」


「へえ……推理を、聞かせてもらおうかな」


「まず、月汐嬪は寵妃のうちの一郭にいます。実家の後ろ盾もあり、文才に秀でている。賢妃様が間もなく退位することを考慮すれば、次の賢妃は彼女で間違いないでしょう」


 四妃の齢は低い順に、徳妃、淑妃、貴妃、賢妃と聞いた。


 熟女好みの者の時代ならば話は違うが、一般に老いた妃は下がり、若い妃が上がる。最年長の賢妃が下がる期、つまり妃としての死期は遠くないはずだ。


 となれば次は、妃嬪のうちに数えられる九嬪の中から選ばれるはずである。


「月汐嬪が賢妃に上がることを妬んだ者が、犯行に及んだ、ってことね」


「しかし、ならば殺せばよい話。何故、小火騒ぎで落ち着いたか。解りますか?」


「血痕が残ることを恐れたからかな」


「私はそうと推理しました」


 上級妃妾ひしょうの殺害は重罪だ。


 それに、刃物や鈍器で殺した場合、月汐嬪の血が散る。凶器は無論のこと、己にも返り血がつく可能性が高い。


 その上、嬪が死のうと下賜かしされようと、寵を賜る機会がなくなるのも、九嬪の位に穴が開くのも変わらない。


風險リスクを取るくらいなら、確実に潰す方が、陰湿ですし怯える必要もない。学のある嬪か、もしくは女官か」


 少なくとも、文字も読めない皓のような下女はあり得ない、と解した。

 それから、火の取り扱いに慣れている。嬪ならあり得ないと思った。


「昇格を狙い、かつ、月汐嬪をよく思っていない嬪に仕える女官、ないしは味方している女官。出身は油舖あぶらやか、香具師こうぐしか」


 遠くから、采文の名を呼ぶ声がした。月汐嬪を訊問していた宦官が、駈けてくる。


「月汐嬪から証言が。薔紗チィァンシャ嬪から、日常的にしたばきを踏まれる、水をかけられるなどの嫌がらせを享けていたそうです」


 とすれば、犯人は薔紗チィァンシャ嬪の周囲の女官か。


「了解。それじゃあ、薔紗チィァンシャ嬪を取り巻く女官を調べてね」


「御意!」


 采文は表向きの無毒な笑顔から一転、戦慄を煽る笑顔へと変貌し、皓に向き直った。桃がぴんと耳を立てる。

 采文のことは余程に嫌いらしい。


(これだと、尿を飛ばす日も近そうだな)


 兎は警戒している人間に尿を飛ばす。

 貴人にかかっては終末のお知らせなので、躾けなければ。身に余る出世は禍根かこんになり得る。


「それじゃあ、約束の御奬賞ごほうびをあげよっか。なにが食べたい?」


「やった。んじゃあ、大鶏排ダージーパイをお願いします」



   *



 皓が連れ込まれたのは、宮……らしき建物だった。


 官吏の一時的な棲家が宮であるはずがないのだが、宮と言われても腑に落ちるようなところに来てしまった。


「はい。どうぞ」


 倚子イスに座らされ、前を見ると、揚げたての大鶏排ダージーパイから湯気が出ていた。


(まさか、本当に出てくるとは……)


 約束事はきちんと守る男でよかった、と思う。有難い。


 迷わずかぶりつくと、さくっとした音と同時に、食欲を刺激する五香粉ウーシャンフンの香りと、鶏肉の旨味豊富な肉汁が口の中に広がる。


 喩えるなら、極楽で食べている気分である。


(う……うんめえ……)


 味気のない食事に舌が慣れていたせいか、風味豊かなこの逸品は、まるで数日ぶりに食らいついた飯のような満足感を伴っていた。


「どうだい? 賜死ししと引き換えに食べる味は」


「食欲失せるので黙ってください」


 采文はくすりと一つ笑いを憶えて下がる。

 皓の襟元からタオがひょっこりと顔を出した。物欲しそうに大鶏排ダージーパイを見つめている。


「欲しい?」


 桃がこくんとうけがう。

 皓は大鶏排ダージーパイの端を千切って、桃の前に置いた。


「ほらよ」


 大鶏排を齧る搭檔なかまの耳を撫ぜる。


 自分の首を落とす人間の金で食うのは癪だが、仕事をすっぽかせる上に旨いものが食べられるなら、それに越したことはない。

 桃を隠す必要もなくて、楽だ。


(まあ、刑に処されるか飯にありつけるか、という走鋼索つなわたりではあるけど)


 しかも馬戯団サーカスの走鋼索よりも命懸けだ。

 富を得るか爆死するかは、自分の行動次第──まるで賭博だ。時々ならいいが、これが毎日あるのは御免である。


(いやあ、散々な目には遭ったが)


「一件落着だ──」


「……奇芸師きげいしの女囚さん。仕事は終わってないよ。今から、薔紗チィァンシャ嬪のところへ行こうか」

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後宮奇芸師の解謎技巧に魅せられる 月兎アリス/月兎愛麗絲@後宮奇芸師 @gj55gjmd

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