2 小火騒ぎ
中央に皇后の宮が浮かび、その東西南北には
無論、最下級の皓に大した称号があるわけもなく、単に「下女」と呼ばれる。
どの
事件があったのは徳妃の宮だった。
極彩色の繚乱とした花園を望む、後宮で最も華やかな宮で、事件は起きた。
小火騒ぎだ。
建物の大多数が木で出来ている後宮では、火の禍が問題視される。ひとたび燃え上がれば、歯止めの効かぬほど拡がるからだ。
殺戮道化師は
事件の捜査、犯人の逮捕、裁判、刑罰の執行を
皓くらいの下女になら、取り敢えず首斬り、ということをしても罪には問われない。
今からの行動次第では、逝ってしまうこともあるだろう。というか、ある。
「
徳妃の宮の一郭にある倉庫は、例の小火騒ぎの現場だ。
月汐嬪も
何故ならもう一人の嫌疑人が、替えのきく
皓と采文が着いたときには、別の宦官が、月汐嬪に訊問していた。
「月汐嬪は、そのときなにをなさっていましたか」
「
月汐嬪は想い出すように、目線を脳に向ける。瞳孔が寄りやすいのだろう、やや左だった。
「……そこの下女はどうだ」
「君はやらなくていいよ。この
宦官は怪訝そうに首を
(月汐嬪も嫌疑人だから、一挙手一投足まで目配せしろと言っているのか。いやあ、湾曲に物を言うのが巧い
倉庫の中はいたく油臭かった。
証拠が焼失していないかと想ったが、小火騒ぎ程度ではそんなこともないだろう。
「君は何故、近くにいたんだい?」
「ここが、その日の
皓は火元に目をやる。
「紙が焦げてますね」
「へえ、解るんだね。凄い」
皓にとってはなんてことない。
紙を燃やす、派手な
「燃えたのは油ですね」
「灯籠に使われるあれか。けれど、随分と高価なものを使うね」
油は採れるまで時間がかかり、かつ用途が広いので、後宮でも高値で取引されていた。
皓のような下女に至っては、寝床に灯籠などない。陽が落ちれば、そこは際限のない常闇だ。
砂を踏むような感触がした。
灰が散っている。
「燃え殻ですかね」
不意に見上げれば、倉庫は三方の棚に囲まれ手狭だ。
この中にどれだけの物を詰め込んでいるのか。
(左がだいぶ狭いよな)
*
皓が総てを終えて倉庫から出ると、南天に上の弓張が浮かんでいた。
殺戮道化師……もとい、采文が現れたと思えば、月は叢雲に消されていた。
「お疲れ。解けたかい?」
「これで私がお手上げです、なんて言ったら、今すぐにでも
采文は剣を佩していた。
帝族でもない彼が帯剣していることには驚きだったが、彼はよく考えれば警護が仕事だ。万が一の嚇しのためにでも、腰に携えているのだろう。
皓は一つ欠伸をする。
「死ぬ覚悟が整っているようだね」
「ええ。なにせ、解けましたから。
雲が晴れ、皓々とした光が降り注いだ。
「……
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