武器の名は『信頼』 ~DEMハンターズ~

藍条森也

武器の名は『信頼』

 麒麟きりんが吹いている。

 えぐられた道路が、

 打ち倒されたビルが、

 踏みつぶされた家屋が、

 日に焼かれてもろくなり、

 雨に打たれて細かく崩れ、

 風に吹かれて細かな塵芥ちりあくたへと姿をかえる。

 その塵芥ちりあくたが、乾ききった熱風に乗って世界を巡る。

 行く手にあるすべてのものにぶつかり、表面を削り、細かな穴を穿ち、粉々に砕いていく。

 この時代――。

 風は世界のすべてを削って砂へとかえるヤスリとなった。

 その風こそが麒麟きりん

 いにしえの妖怪の名を冠せられた乾いた熱風。

 これほどに『いま』の時代を象徴するにふさわしい存在はいない。

 デモン・エクス・マキナ。

 通称DEM。

 突如として地球上に表われたいくつものワームホール。そのなかから出現した機械の悪魔。

 その機械の悪魔たちによって文明が崩壊してから幾年月。生き残った人間たちは残された戦力をかき集めて軍隊を組織し、ワームホール周辺に配置することで、かろうじてさらなる侵略を阻んでいた。


 ここにもひとつ。

 禍々しい輝きを放つ未知の穴――ワームホールがあった。

 その前に並び立つ数十人の兵士たち。

 ヘルメットをかぶり、ゴーグルをかけ、口もとにはガスマスク。防護服に身を包み、手には分厚い手袋。足に履くのは丈夫さそだけが取り柄の無骨な軍靴。

 脇にはXM7アサルトライフルを抱え、防護服の上にはM67破片手榴弾がブドウの実のようにビッシリと貼りつけられている。

 「そろそろ、表われる頃だな」

 兵士のひとりがポツリと呟いた。

 ヘルメットに仕込まれた無線機を通じてその声をひろった他の兵士が答えた。

 「長年の研究の甲斐あって、DEMが表われる予兆だけはつかめるようになったからな。出現に合わせて準備できるようになったのは大きいな」

 「どうせなら、さっさとワームホールを消す方法を開発してほしいもんだ」

 「そう思うなら、せっせとお祈りするんだな」

 「『助けてください!』って、神さまにか?」

 「『ワームホールのすべてを解析してくれ!』って、人間の科学者にだよ」

 その答えが合図になったかのようだった。

 突然、見た目にはなんの変化もないままにワームホールの表面に『ソレ』は出現した。

 メタリックに輝く金属のボディ。

 機械の悪魔。

 DEM。

 細長い四角形の頭部から表われ、それにつづくは極度に細長い首。そのさらに、あとからは四角い胴体が表われる。その胴体の下についてるものは細長い四本の脚。

 その姿。

 まさに、機械の麒麟。

 胴体の長さはおよそ三メートル。極度に長い首の上にある頭部までの高さは一〇メートル。

 「なんだ。とんだ小物だな」

 「まったくだな」

 そう。まったくの小物。あの日、あの時、突如として地球上に表われ、人類文明のすべてを破壊した体長、数十メートルの『本物』に比べれば。

 「攻撃開始!」

 指揮官の命令が飛ぶ。

 すべてを砂へとかえるヤスリと化した風のなか、戦闘ヘリのローター音が鳴りひびき、戦車のキャタピラの駆動音が地面を揺らす。

 戦闘ヘリはAH-64Dアパッチ。

 かつて『世界最強』と言われた戦闘ヘリ。

 戦車はM1E3。

 まさに、DEM襲来の前夜、実戦配備されたばかりの最新鋭戦車。

 旧時代の遺物。

 DEMによりすべてを奪われた人類に残された、最後の力。

 その最後の力が、機械の雄叫びをあげて一斉に機械の麒麟に襲いかかる。

 AH-64DアパッチのM230 30mmチェーンガンが斉射され、AGM-113ヘルファイヤ対戦車ミサイルが放たれる。さらに、外側パイロンに装着されたM261ロケット弾ポッドから総計一九発に及ぶ2,75inロケット弾が放たれる。

 地上からはM1E3戦車の主砲がその胴体めがけて放たれる。

 砲弾が、

 ミサイルが、

 機銃の弾が、

 次々と機械の麒麟に着弾し、爆発音を鳴りひびかせる。

 その程度で倒れるような機械の悪魔ではない。人類文明を崩壊させた実績は伊達ではないのだ。

 人類の残された力のすべてを振りしぼった必死の攻撃をものともせずに、その顔をあげる。

 小うるさい敵を確認する。

 地球生物ならば目のあるその場所。

 そこに仕込まれた荷電粒子砲が小うるさく周囲を舞うカトンボたちを撃ち落さんと照準を向ける。その寸前、

 「させるかよ!」

 歩兵たちの群れが飛びだした。脇にXM7アサルトライフルを抱え、防護服の上にビッシリとM67破片手榴弾を貼りつけた格好で。

 声の限りに奇声をあげ、XM7を撃ちまくりながら機械の麒麟に突撃する。

 機械の麒麟の反応は迅速だった。歩兵たちの突撃に気がつくや即座に照準をかえ、自分めがけて地上を走ってくるこびとたちに視線を向ける。

 機械の麒麟の目が輝き、荷電粒子砲が放たれた。凄まじい熱量をもつ光の束が歩兵たちを一瞬で消滅させる。

 すべては覚悟の上。

 これこそが、歩兵たちの役割。

 人間はたしかに貴重。

 しかし、文明を破壊され、工業生産力を奪われたいまの時代、残された兵器はもっと貴重。その貴重なDEMと戦うための力を失わないために、人間たちが突撃し、囮となる。

 それが、

 それだけが、

 いまの時代、人類がDEMに対抗できる唯一の戦い方。

 仲間の死を乗り越え、歩兵たちは走る、はしる。

 ――自分がDEMの注意を引けばその間に戦闘ヘリが、戦車が、それらの兵器を操る同胞たちがきっと、DEMを倒してくれる。残された人間たちを守ってくれる。

 無垢と言うには残酷に過ぎるその信頼。

 赤ん坊のような絶対の信頼だけを武器として、兵士たちはDEMに向かって走りつづける。

 DEMの荷電粒子砲が兵士たちを掃討するなか、AH-64Dアパッチが、M1E3が、機械の麒麟相手に必死の攻撃を仕掛けている。その攻撃に巻き込まれて兵士たちも吹き飛ばされていく。

 それもまた、覚悟の上。いまの人類がDEMと戦うためにはこれしかない。そのことを、この場にいる誰もが知っている。骨身に染みて思い知らされている。

 ――あとは任せる!

 ――必ず報いる!

 その信頼、その覚悟を掲げて、人間たちは戦いつづける。

 歩兵のひとりがついに、機械の麒麟の足元にたどり着いた。胴体の下に潜り込んでしまえばもう、荷電粒子砲に狙われることはない。

 その事実に、思わずホッと一息ついていた。

 それが、命取りだった。

 機械の麒麟がいきなり竿立ち、後ろ足だけで直立した。前足が高々と掲げられた。その前足が天からの雷霆と化して兵士の上に降りかかった。

 ほんの一瞬でも気を抜いてしまった兵士にはその動きに反応することはできない。機械の麒麟の脚が兵士の身を踏みつぶした。胴体を踏みつぶし、その身を分断していた。だが――。

 「……捕まえた」

 兵士はゴーグルとガスマスクの奥でニヤリと笑って見せた。分断された上半身だけで機械の麒麟の脚にしがみついた。

 「人間を踏みつけにして楽しいか? だがな、人類はお前たちのドアマットじゃない。人間一人ひとりを踏みつぶすことはできても、人類という種を踏みつぶすことはできない。いつか必ずお前たちを追い払い、地球を人類の手に取り戻す。我々の子たちが、その子たちが、さらにその子たちが、いつかきっと、やり遂げてくれる。必ずだ!」

 あとにつづくを信ず!

 その思いと共に兵士は奥歯を強く噛みしめる。

 奥歯に仕込まれた起爆スイッチ。それが起動し、体内に仕込まれた爆弾が爆発する。防護服の上に貼りつけられた手榴弾が連鎖爆発を起こし、機械の麒麟の足元は凄まじい爆炎に覆われた。

 その爆発が破壊したもの。

 それは、機械の麒麟の脚か、それとも――。

 人類の未来だったろうか。

                  完

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