人の生き返る場所

石田空

トリコロールはモノクロにはよく映える

 モノクロシティーは昼と夜の境が曖昧な街だ。

 大通りは子供ひとりが歩いても問題ないほどに治安のいいところだが、一歩路地裏に入った途端にその空気は一変する。

 人身売買。殺人。不可解現象。それらが毎日のように行われている。

 そんな状態だから、基本的に警察はパンク状態で、大規模事件でない限りは取り扱ってもらえない。そんな状態でにっちもさっちもいかない人々が頼りにするのは、結局は口コミだ。


【トリコロール探偵事務所に行け】


 今の探偵事務所はほぼ自警団も兼ねている上に、人の足下を見て金額をつり上げてくる厄介な場所が多過ぎるため、口コミで教えられた場所に行くのが一番確実であった。


****


「ようこそ、トリコロール探偵事務所へ」

「うちは閑古鳥鳴いてるほうが平和って感じがしていいんですけどねえ」

「なに言ってんだ、世の中なんだかんだ言ってやりがいがないと生きてけないんだよ……さて、お客様、今日はどういった相談で?」


 探偵事務所で温かく迎えてくれたのは、黒いスーツの青年……顔はシャープだが、喜怒哀楽があまりにはっきりとしているがために、彼の顔を整っていると思わせないオーラが出ていた。

 一方の少女はこの街だと比較的珍しいパステルカラーのワンピースを着ていた。モノクロシティーは治安が悪過ぎる関係で、大通りに面した場所にいない限りは華美な服は避けられる傾向があった。

 本日の依頼者も、真っ黒なワンピース姿であり、頭にベールをかける様は、どうにも喪服を思わせてしまう出で立ちであった。


「……人を生き返らせることのできる場所があると聞いたんです」

「うん? 都市伝説ですか?」

「私も人づてで聞いただけなので……私は先日主人を亡くしましたが……もし主人に会えるのならば会いたいのです。どうか……人を生き返らせることのできる場所を探していただけないでしょうか?」


 先程からやけに明るかった青年の顔から表情が抜けた。真剣にどうするか考える顔つきであった。一方、隣の少女は「んー……」と小首を傾げて、「よろしければどうぞ」とコーヒーを出す。


「でも、人を生き返らせる場所なんてあったら、この街だと悪用されかねませんが、大丈夫なんですか?」

「私も初めて聞いたときは、馬鹿な話だとあまりちゃんと聞いてなかったんですが……主人が亡くなったときにふと思い出してしまったんです。人恋しくなると駄目ですね。こんな話にもすがりついてしまいますから」

「……仕方がありませんよ。会いたい人に会えると言われたら、誰だって飛び込んでしまいますし。わかりました。ご依頼を受けましょう」

「……まあ、ありがとうございます。ありがとうございます。どうぞよろしくお願いしますね」


 客の名前を預かってから、青年は「ふう……」と息を吐く。


「最近やけに多くないか? 人を生き返らせる場所の捜索依頼。これで五件目だ」

「ずっと探してるのに見つからないもんね……ブルくんは気になる?」

「いや全然。ルージュは引き続き口コミ情報を洗っててくれ。俺はちょっと情報屋が情報掴んできたか確認してくる」

「はいはーい。気を付けて」


 ブルはひとまず黒いコートを羽織ると、そのまま街へと降り立った。

 モノクロの街は陰鬱で、ひとつ路地裏に入ればたちまち治外法権へと化す。警察が手一杯で動けない中、ひったくり、スリなどの小悪党から、薬売り、花売りなどがうろうろしている。その中で情報を買いに行くのもひと苦労だ。

 花売りをしている女性にひとり、ブルは声をかけた。


「あら、いらっしゃい」

「サルビアを一輪」

「ああ……はいはい」


 あからさまにがっかりした顔をしながら、ブルのチップを受け取ると、彼を連れて奥へと連れて行った。

 サルビアの花言葉は【知恵】。花売りの情報を買いに来たの隠喩だった。


「で、情報を掴んだか? 人を生き返ることのできる場所なんて抽象的な情報。念のために病院やら教会やらを回ったが、そんな話はなかった。裏でも情報が出回ってなかったらもう俺だと手に負えないんだが」

「最近多いのよね、人を生き返らせたいからその場所を特定してって依頼。どこから沸いてきたんだろうってところで、客から情報引っこ抜いてきて、やっと一件見つけてきたんだけど」

「おう?」


 サルビアの花と一緒に一枚の名刺を差し出した。

 製薬会社のものだ。


「製薬会社……」

「最近薬売りもやけに羽振りがよくってね。製薬会社が怪しげな商売をしているから、そこから流れてる薬売りにも景気が回ってるんじゃないかって話。さすがにこの手の話は、表通りにはまだ流れてないはずだけど」


 彼女にちらちらと見られて、ブルはチップを追加で渡す。


「ありがと。じゃあ次はその製薬会社のほうに探りを入れてみる」

「はあい。毎度ご贔屓に」


 ひらひらと手を振られながら、ブルは企業にどう潜入するかについて考えあぐねた。


****


 製薬会社と契約している清掃業者に潜り込んだブルは、ちらちらと中を見る。

 清掃業者も掃除している部分はもっぱらトイレや排水溝など、会社の裏側であり、いわゆる社員たちと接点はないが。それでも人の口に戸を立てることができない。


「Aプロジェクトが……」

「ああ、あの被験者が?」

「成果が出たって。でもこれ以上はいろいろとこう、大丈夫なのか?」

「責任を取るのは上だし、俺たちがどうこうできないしなあ」

「だよなあ……」


 会社の節々でこっそりと語られるAプロジェクト。ゴミの回収の際にひっそりとシュレッダーにかけられたゴミを集め、事務所に持ち帰ると当然ながらルージュに嫌な顔をされた。


「これをパズルしろっての?」

「しないと全容がわからないだろ。やけに薬売りの景気がいいから、製薬会社がなにやら大きなプロジェクトをし、それで金が回っている。そのプロジェクトの全容がわからないことには、依頼者たちが納得しない」

「いや、理屈はわかるから。パズルするのが嫌ってだけで」

「仕方ないだろ。やるぞ」

「ヘーイ」


 いやいやながらも、ふたりはテーブルに広げたシュレッダーの中身をパズルしはじめた。最新式のシュレッダーは細かく、本当にひとつ飛んでいったらもうおしまいな中、なんとかパズルできたのは、意外なことにルージュは真っ白なパズルを完成させるのが得意だったからである。


「ここは似てるけど違う……この角はこっち!」

「おお、スゲースゲー。完成まであとひと息だ。頑張れ頑張れ」

「もう! ブルも真面目に手を動かしなさいよ」

「動かしてるって。これで無事に完成……うん」

「……うん。なにこれ?」


 どうにか完成させた文章の概要に、ふたりは顔をしかめた。


【アルケミストプロジェクト】


「アルケミストって……」

「錬金術師だな。現代科学者の元祖だ」

「でも……錬金術はオカルトってことで馬鹿にされたんじゃ」

「そりゃあな。錬金術も大きな流れで、金の生成、不老不死の研究に分かれている。その中で様々な科学が誕生普及されて現代に至るが……金の生成自体は、分子の問題で既に無理だって判明しているが、不老不死の研究に関しては現代でも続いている」

「いや……なんで?」

「金持ってる連中の欲望は、最終的に不老不死に行き着くんだよ。それが皇帝だろうが豪商だろうがマフィアのボスだろうが、全員がそこに行き着く。そいつら相手取ってる商売ってのは金になるんだよ」

「だとしたら人を生き返らせることのできる場所ってのは……」

「情報漏洩したのか、わざとさせたのかは知らないが、ここだろうな」

「どうするの? このことを伝えるの? それとも……」

「……こんなの依頼者にそっくりそのまま伝える訳にはいかない。あの製薬会社のアルケミストプロジェクトとやら……潰しに行かないと」


 ブルのその言葉に、ルージュは「だよねえ」とだけ答えた。


****


 地下排水溝から通り、中へと潜入する。

 ルージュがどうにかハッキングして得た情報は正確で、製薬会社の土地の中であからさまに光学迷彩で隠されている出入り口が存在した。

 そこから侵入し、ブルは走る。

 だんだん、赤い光が満ちた場所へと到着した。


「……これは」


 事前に調べた錬金術の書物によると、命を産み出すには最初に赤い水が存在するのだという。光っていたのは赤い水であり、その中には大量の生き物が浮かんでいた。

 魚のようなトカゲのようなもの。イモリのようなヤモリのようなもの。そして……。

 人と呼ぶにはおこがましいなにかが、赤い水をプカプカと浮かんでいた。


「……なんつうことを。命の冒涜が過ぎる」


 すぐにこの部屋を破壊しなければと、爆弾を並べて起動スイッチを入れようとしたときだった。


「なにをやっている!?」


 そこにはあからさまに製薬会社にそぐわないような物々しい黒い防御服を着た男たちが立ち塞がった。


「なんだ、お前たちは……!」

「見られた以上仕方ない。確保!」


 ブルはたちどころに防御服を着た男たちに取り囲まれると、殴られはじめる。


「イダッどうして……!」

「この部屋の研究は世界を救う可能性があるからですよ」


 そこへやってきた男は、白衣だった。防御服の男たちは彼に傅いている。


「……世界を救う?」

「ええ。命はいずれ尽きるという恐怖に駆られたとき、人は恐慌に駆られる。もうどうでもいいからですね。だから戦争は起こるし諍いは尽きることはない。ならば争いの種になる原因を潰せばいいのですよ。それが永遠の命です。死ねばそれを元に肉体を再生し、魂を移し替えればいい。魂は情報です。魂の情報はいずれ固定化されます。あとは若い肉体に魂を固定化すれば……」

「……それは無理な話だな。そもそも。これを命だなんて言えない」


 ブルは起動スイッチを押す。

 既に下水道に置いてきたものの起動スイッチだ。


「……っ、自分は、なにをやっているかわかっていますか!?」

「肉体が壊れたらどうなる? 臓器がやられたらどうなる? そうなったら、健康な人間を殺して奪われることになる。この赤い水よりも、魂の情報化のほうがよっぽど問題だろうが。そんな実験、続けさせる訳にはいかない」

「あ、あなたになにがわかるという!? 死んだ人間に会えないから会いたいと願う遺族の気持ちがわからないと!?」

「……そんな奴がいるからわかる。死んだ奴を冒涜するような真似、何人たりともさせる訳にはいかねえ」


 ブルの起動スイッチにより、連鎖して爆発が起こる。赤い水はこぼれ、命のなり損ないが次々と倒れて生臭いにおいを漂わせていく。


「なんでこんなことを!?」

「依頼だよ」


 それ以上のことは言わなかった。

 依頼者たちはただ「自分の記憶の中にいる死んでも会いたい人に会いたい」が本来の願いのはずだ。まさか赤い水から生成された人間なのかどうにかわからない生き物を「あなた方の会いたかった人です」なんて言って会わせる訳にはいかない。

 それだけだったのだ。


****


「あの製薬会社、しばらく本社は使用禁止だってさ」

「だろうな」

「ブルくんよかったの? 製薬会社の研究頼まなくって。だってさ、ブランくん」

「言うな。あいつは死んだんだ」


 トリコロール探偵事務所。元は癖も個性も強い三人でつくった事務所だった。

 彼らの中でもひときわ穏やかな少年がいたのだ。もうふたりの記憶にしかいない彼。

 あの赤い水からもし、「ブル」と呼ばれたら。

 あのとき見逃した博士の人相が完全に変わるまで殴っていた未来しか見えなかった。


 モノクロシティー。

 光あるところ影があり。影あるところ光ある。

 表通りこそ平和なものの、路地に入った途端に治安が悪くなる。

 そんな最悪な街で、今日もトリコロール探偵事務所は走っている。


<了>

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人の生き返る場所 石田空 @soraisida

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