第11話 穏やかな夜 ー流視点ー

 神戸の勤めが終わり帰宅した夕暮れ時。

 オレと沖嗣は持て余した風呂までの時間を無意味にテレビとかいう電子機械を眺めて潰していた。


 オレは横目でチラリと沖嗣を見る。

 視線に気づかずテレビに夢中な横顔は産まれたばっかの赤ん坊みてぇな時から比べれば随分とサマになってきてはいる。

 だが、オレからすればまだまだガキでしかない。

 今日もあっちの奴に絆されそうになりやがって。ジジイがいたら怒鳴りつけられてんぞ。


「…なに?」


 漸く視線に気づいたらしい沖嗣はオレを訝しげに見てきた。


「すぐ視線に気付けねぇなんてあっちの奴らの悪意にも鈍い証拠だ」

「…」


 途端に顔を顰めた。

 人間からすると能面みてぇな表情に乏しい顔らしいが、オレからすればコイツはすぐ表情が表に出る。だからあっちの奴らに悟らせんなって毎回忠告してやるのに沖嗣はうざいと言わんばかりの顔であしらいやがって。


「…そこまで鈍くない」

「いいや、鈍い。もっと緊張感もって勤めを遂行しろ。付け込まれんぞ」

「…うるさい」


 眉が僅かにまた寄せられた。

 この表情の時は大体オレに悪態を吐いている最中の顔だ。


「悪態吐くな。お前もオレからのありがたい忠告を素直に聞けねぇ奴だよな。全く手がかかるぜ」


 そう言うと陰湿そうな目が見開かれ、少しばかり瞳に蛍光灯の光が映る。


 どうやら沖嗣はオレが読心術を身に付けてるなんて疑っているようだがそんな力はない。ガキの頃から一緒にいるから自然とわかっちまうだけだ。

 沖嗣といいジジイといい、どうしてこうも神戸の当主はめんどくせぇ奴ばっかなんだろうな。

 そう考えていたオレを沖嗣が雑に撫でてきた。嫌がらせとして。



◇◇◇


「…アイス食べる?」

「お、気がきくじゃねぇか!」

「…なんかその言い方イラッとくる」

「はっ」


 風呂上がりに縁側で休んでいると、沖嗣が氷菓を運んできた。最近じゃあいろんな種類があってオレはこのチョコとやらの味を気に入っている。今はまだ氷菓を食べる時期としてはちっと早え。だから食べ終わって体が冷えたという様子が想像に容易い。

 沖嗣はそこら辺抜けてんだよな。


 沖嗣との小競り合いなんざ日常茶飯事だが、自分が悪いと判断するかオレの意見に一理あると思った時にはこうしてオレの好物を持ってくる。わかりにくいがコイツなりの謝罪とか仲直りとやらの方法だ。


 オレは大人だからな。これでチャラにしてやる。


「…もうすぐ夏だね」

「そうだな。扇風機出しとけよ」

「…掃除手伝ってよ」

「仕方ねぇなぁ」


 沖嗣は横で足を伸ばし、やや雲に隠れている星空を見上げて氷菓を食む。

 目元ギリギリまで伸ばされた鬱陶しい髪は神戸の人間らしく黒にやや青みがかり、安心しているから霊感は凪いでいる。


「…あ。レポート書いてない」

「おい!氷菓食ってる場合じゃねぇ。さっさとやれ!」


 気が弱えのと大学の成績が何とかなればオレの心配事は減るんだがなぁ。


「…食べてから」

「今すぐいけよ!」

「…ふふ」


 沖嗣はオレの言うことを聞かずに控えめに笑う。


 その笑い方をした時の霊感の匂いは限りなくアイツに似るんだよなぁ。

 そりゃ血の繋がりがある同じ神戸の人間なんだ、匂いが似てたっておかしくはねぇ。だが霊感の匂いはそれぞれ異なり誰1人として被ることはないはずだ。

 なのに沖嗣の匂いはまるでアイツの生き写しときた。



 初代当主・大洋が予言した通りに、沖嗣は成長するにつれて近づいていく。



 それが何故なのか、何を意味するのかオレの力を持ってしてもわからねぇ。


 大洋が仕事をしていた時は厄介な奴らが多かった。こっちの奴らを無理やりむこうへ引きずり込める程の力を持った悪意の塊がゴロゴロ存在する時代だった。大洋はそいつらを余裕で凌ぐほどの力をもっていたから心配したことなんてなかったが、沖嗣ならばそうはいかないだろう。


 オレらしくない考え過ぎだと思いたいがあの時代が再来する予兆のような気がしてならねぇんだ。



「…流、アイス溶けるよ。…どうかした?」


 ほんの僅かな、数秒程度の物思いに耽っただけだったが沖嗣は異変に気付いて問うてきた。

 こういう時だけは察しがいいんだよな。


「いや、今食ってんだろ」

「…僕体冷えたから先戻るね」


 ほら、やっぱりな。思わず笑いが溢れる。


「おう。課題やってこい」

「…」


 やりたくないと語る後ろ姿を口の端を上げて見送る。

 アイツはパソコン開いただけで寝てる時あるからな、オレもさっさと戻って監視してやらねぇと。



「流。神戸に縛られるお前を俺は憐んでいたことがあったな。いつか解き放ってやると言ったこともあった。しかし、もしもその時が来たとしても、どうか沖嗣が独り立ちするまでは側にいてやってくれ」


 ふと、ジジイの晩年の言葉が脳裏に語りかけられる。


 両親に捨てられ、しかも力の弱い沖嗣をジジイは見てるこっちがやかましいくらいに心配していた。孤独にさせてはいけないとか息子みてぇに死なせはしないとか言って。

 過保護過ぎんだろと思っていたが、オレも人のことは言えないと最近痛感している。癪だがな!


「ジジイ。オレはオレの意思でオマエら神戸と共にいるんだ、勘違いすんじゃねぇよ。それと沖嗣は危なっかしいからな、オレがいてやらねぇといけねぇんだ」


 聞こえているかどうかは気にせず、言うだけ言ってオレは満足したから溶けかけたアイスを再び食べ進め始めた。


 遠くから聞こえるさざなみの音が、夏の始まりをこの街全体に告げているのを耳に入れながら。

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ヒサメノマチの神戸家当主ー時代から切り離されたこの街で、今日も地縛霊候補と会話するー 戀森 泊 @koimori

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