第10話 天国とはなにか

 あの後お腹が空いたと主張してくる友人たちに丸め込まれてトーストと目玉焼きを作ってやったらオール電化かつ自動料理しか知らない八雲にコンロとトースターを大層驚かれた。

 その後は徹底的にこの家を調べたいと言って聞かない小野寺に押されて、一般人に言える範囲で案内を務めた。


 そして現在。僕のおやつとして確保しておいた1週間遅刻なしだった自分へのご褒美の上生菓子をみんなで囲んでいる。


「…なんでこんなことに…そして、なんでまだいんの?」

「まあまあいいじゃん〜。和室で食べる和菓子うまい〜!やっぱり和菓子は和風な家で食べるのが1番だ〜」


 頬を落とさないように片手を添えて幸せそうにしている。本当はその撫子の練り切りは僕のおやつとなるはずだったのに。


「上生菓子久しぶりに食べたな。これって弥川菓子店のだろ?」

「…そうだよ。昨日買ってきた」

「しばらくの間うちでも取り寄せようかな」

「お、出たぞ。八雲の高級菓子をいつでも買えるんだぞ発言」


 他の人ならば妬みや嫌味となること間違いなしのこの発言だが、林が言うとちょっとした茶化しにしかならないのはどうしてなのだろう。

 僕ならこうはいかないので尊敬する。


「3時のおやつは必要だろ」


 そして金持ちの点を謙遜するでも否定するでもない八雲の態度は謎に威厳があるなぁ、なんて考えながら手に取ったクチナシの練り切りを口に運んだ。

 3人が会話に花を咲かせているのを見計らって三分の一を手で分けて机の下で静かにしている流に渡してやる。

 怪しまれるといけないので目線は下げない。

 すぐに手にフワッとした感覚、次いで和菓子の重さがなくなったので咥えて満足そうに食べていることだろう。


「沖嗣って一人暮らしなんだよな?」


 唐突に林が聞いてきて、タイミングも相まってびくりと肩を上げてしまった。

 …流にあげたのバレた?


「…そうだよ」

「そうだよな!なんか急にどうだったかなって気になった」

「どうしたの急に〜。林がボケるの珍しい〜」

「ははっ」

「腕の良い病院知ってるけど紹介しようか?」


 どんな意図で聞いてきたのか気にはなるが会話が進んでしまって追求はできなかった。ただうっかりで聞いてきたとは思えないけど割とはっきり物言いをすることが多い林だから本当に忘れてただけかもしれない。


 まさか代々訳わかんない仕事をする人間が住む家だから何かの影響があるなんてことないよね?友人を呼んでは行けないなんて言われたことないし、大丈夫なはず。


 悶々と考えている僕に気づくことなく3人の会話は進んでいくが、僕の焦燥感は止まらない。


「霊感のある人間が住み着いてる家に人間呼んだからってどうこうなりはしねぇよ。心配すんな」


 ローテーブルの下からの声には少しの気遣いが込められているようだった。

 一先ず影響はないとわかり安心したのと同時に、正確に僕の不安をドンピシャで当ててきたことに若干引いてしまう。

 脳内を覗いているのだとしたら個人情報漏えいで訴えてやる。


「沖嗣はどう思う?」


 いきなり会話を振られて、全く聞いていなかった僕は慌てて聞き返した。


「…なんの話だっけ?」

「もう〜ぼんやりするの好きだね〜。人は死んだらどこに行くのかって話だよ〜。」


 さっきからタイミングどうなってるの?


「俺は天国に行くと信じてる。天国が創作の物語によく出てくるのはやっぱり実在するからだと思うんだ」

「…林ってそういうの信じないタイプだと思ってた。ロマンチストなとこあるんだね」

「ザ・リアリストならオカルトサークルに入ってないだろ」


 いつものように軽快に笑う林を八雲が呆れを含んだ瞳で見る。


「死んだらそこで終わりに決まってるだろ」


 八雲がざっくりと切り捨てた。流石は一般常識の模範解答をする現実主義者。


「それで〜?神戸はどう思う〜?」


 また僕に話が回ってきた。


「…人は死んだらあの世に向かうんだと思う」


 これは神戸の常識である。小さな頃からそう教えられ続けてきた。


「なにそれ詳しく〜」


 案の定というか、他から見れば珍しいであろう僕の観点に小野寺は食いつく。


「…肉体を捨てて魂のみになった人たちにしか行けない、行くべき何処かがあってそこは穏やかで幸せな場所なんだと思う。…生きてる人には知ることのできないある意味特別なこっちとは別の世、みたいな」


 今まで数えきれないほど仕事をしてきて色んなあちらの人に会ってきたが、目の前であの世へ向かっていったあちらの人は殆どが嬉しそうにしていたように感じる。

 僕はあの世をこちらの人が考える天国とはまた違う世界だと考えているけど暗く寂しい場所ではないのではないだろうか。

 …だからと言ってこの勤めを誇ることもやりがいを感じた事もないのだけど。


 僕が発言し終えたのに、誰も何も発さない。無言の時間が痛い。なんでみんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔してるんだよ。


「なんか、深いな」

「どうやったらそこまで妄想膨らませられんだよ、こわ」


 林は自分と似て、しかし少し違う意見に関心を向け、八雲はあり得ないといった表情でテレビに目を向けた。


「本当にそんなところがあったらいいな〜」


 切な願いが込められているような小野寺の小さな呟き。それは隣に座る僕にしか聞こえていなかったようで、他の2人はテレビに夢中になっていた。

 常に明るい小野寺のらしくない言葉が気になってテーブルから視線を上げて。


 僕は今まで見たことのないその表情に息を呑む。


 …なんで。なんでそんな悲痛そうな顔してんの?


 伏せられた瞳は心なしか夜に水面が寂しいと揺らめくようだった。


「…おので…」

「この家ってゲームとかあんの?」


 僕の声は八雲の質問によりかき消されて小野寺には届かない。


「…向こうの棚にあるよ」

「俺取ってくるわ」

「罰ゲームありにしようよ〜」


 そう言った小野寺は既にいつものオカルトマニアの顔に戻っていた。


 なんとなく、胸騒ぎがする。そんな気がした。

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