第9話 家凸泥棒

青葉の生い茂る季節。紫陽花が咲き誇り雨を待つ、カタツムリがコンクリートにへばりついて殻にこもっている時期。



 ドンドンドンドン



 何かを叩く音に夢の中だった意識がぼんやりと浮上する。

 湿気を纏わせた空気がこもって不快感が漂う家の天井を視界に入れると、どうやらまだ起床するには些か早そうな暗さだった。


 …また流がキッチンでおやつでも漁っているのだろう。せっかくいい夢見ていたのに。内容は覚えてないけど優しい夢だったのに。


「…うるさい」



ドンドンドンドン



「…流、五月蝿いって」


 布団に潜って不機嫌さを隠さず文句をつければ、案外すぐ横から返事が返ってきた。


「どう考えても家の中にいるオレが玄関の扉を外から叩けるわけねえだろ。宅配かなんだか知らねえがさっさと出てこい。オレは寝る」


 動く気のないぶっきらぼうさに舌打ちしそうになって寸前で思い止まり、渋々のそりと布団から這い上がる。

 スマホで時間を確認するとなんと午前4時44分。こんな早朝に宅配が来るわけがない、新聞も契約していない。

 となると導き出されるのは。


「…泥棒?」


 思い至った瞬間一気に頭が覚醒した。頭上にある専用ベッドで丸まっていた流にも聞こえていたようで片目をあけてピリッとした空気を纏い丸い耳をピンと立てて警戒体制に入っていた。

 万が一の時の護身のため居間の和室に飾られた大じいちゃんの刀を手に取ってから物音を立てないよう細心の注意を払って玄関へ移動する。


ドンドンドンドン


 一定の間をあけて繰り返される音。更に

 近づいていけば数人の人影がすりガラスの戸から確認することができた。


 …複数人に対してこちらは1人。厳密には1人と1匹だが、流が戦力になるとは思っていないのでノーカウント。あちらの人ならば話は別だがこっちの人間にはまず敵わないだろう。

 どうする、先に警察に連絡する?いや、そうしているうちに割って侵入されるかもしれない。やっぱり刀振り回して撃退するしかないか。


「…ふぅ」


 一度息を吐いて。

 意を決して一息にすりガラスの扉を横にスライドさせた。


「うわぁぁぁっ」

「お、沖嗣。はよ」

「どう〜驚いた〜?」


 見知った顔が三つ。満面の笑みと爽やかな顔と僕の行動に驚いて腰を抜かし今にも泣きそうな顔。


「…は?」


 僕の口からは心からのは?が出た。こんなにはっきり言ったの何年ぶりだろう。

 寝起きの頭が理解を拒むよくわからない状況。

 どうか夢ならば醒めてほしい。



◇◇◇


「…で、なんなの」

「先週漢気ジャンケンしただろ?それで負けた沖嗣の家に凸ろうって話になった」

「…いつそんな会話してたのさ」

「沖嗣が赤点とって呼び出されてた時。ちなみに首謀者はベルナだ」


 ベルナとは小野寺のファーストネームの愛称だ。当の本人は神戸家の構造に興味津々でこちらの話は全く聞いていない。


「…ていうかなんでうちの住所わかったの。教えたことないよね?」

「前に坂の下で古い変わった家って話してたから。ならこの家だろって」

「…なにその探偵みたいな突き止め方」


 しかも当ててしまってるし。怖いよ。近いうちにオカルトサークルから探偵サークルに変わるかもしれない。


「ねぇ〜この刀の刀身見ていい〜?」

「…本物だから怪我するよ」

「え〜!ホンモノの刀初めて見た〜!」

「…はぁ」


 反省の色を見せない友人たちに知らずため息が口から溢れる。

 唯一大人しい八雲は体育座りで仔犬のように震えているが2人は全く気にしていない。八雲のメンタルケアも丸投げかよ。もういいや、どうにでもなれ。


「…お茶と水とお酒どれがいい?」


 いきなり凸ってきた友人たちだがお客人に変わりはない。何も出さないのは失礼だ、と脳内の大じいちゃんが指摘するから嫌々冷蔵庫を開けると居間から返答が返ってきた。


「俺はお茶」

「自分ワイン〜」

「…ワインないから日本酒でいい?」

「いいよ〜。八雲は返事できる心理状態じゃないみたいだからお茶でいいよ〜」

「…僕が悪いみたいな言い方やめてよ」


 希望の通りの飲み物をそれぞれ取り出して持っていくとメガネの奥の青い瞳をキラキラ輝かせて身を乗り出してくる小野寺。


「…なに」

「この家って変わった造形してるよね〜。どんな理由があるの〜?」


 この質問モードに入った小野寺は止められない。家のことを話すと神戸の勤めがバレるのではないかと危惧して話したことはなかったから余計に興味をそそられるのだろう。


「…西洋の文化が入ってきた時代にこの家にも洋室を造りたくなって増築したらしいよ」


 この木造建の神戸家は先ほど林が言っていたように坂の下に位置している。どの時代に建てられたのかは開かずの間状態の押し入れから家系図を引っ張り出さないとわからないくらい古い家なのだ。


 外装だけ見ればレトロといった言葉がよく似合う昔の造りなのだが、純和風を重んじつつ時代に合わせて先代たちが改装していった結果、家の半分は畳に障子、もう半分はアンティークな机と家具が置かれた道路沿いは和風、後ろ半分は洋館の奇抜な家が出来上がった。


「そうなんだ〜」


 すごいすごいと感心して電子メモ帳にタッチペンを走らせている。

 そういえば小野寺、どっからその筆記具とりだしたの?見えなかったんだけど。


「沖嗣の家って結構古くからあるんだな。もしかして昔は将軍とか武士の家系なのか?」


 家をぐるりと見回して林が興味深そうにしてくる。


「…まさか。ただのだよ」

「ここまで壮大な造りで普通の家って無理じゃないか?」

「絶対繁栄してたでしょ〜」


 日本酒を嗜む小野寺も賛同してきた。


「…普通の家だってば」


 そりゃあ幽霊だ妖怪だのと騒がれ、その類による被害が甚大だったとされる時代は神戸の勤めにも理解があったから、朝廷や政府直々に褒賞を与えられ潤っていたみたいだけど決して貴族ではない。

 神戸の勤めがある以外は至って普通の家系なんだけど、一向に信じてくれない。


 どうしたものか。

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