サイバーエンド小説

花森遊梨(はなもりゆうり)

消えたバス停

毎日乗っていたバス停が、ある朝、突然地図から消えた。

そのバス停の名前は「高瀬町二丁目」。小さなベンチと古い街灯、すぐそばには小さな花壇があり、夏は季節外れのひまわりが咲くこともあった。


俺、深見修司は、毎朝そこでバスを待っていた。出勤時間は午前七時四十五分。乗るバスも決まっていた。高校の頃から変わらない日課だった。


しかし今朝、スマホの地図アプリを開くと、そこは無い。正確には、地図のその場所に表示されるものが、ただの空白だった。

「おかしい……」


駅まで歩きながら周囲を見渡す。バス停は……確かに存在している。ベンチも街灯も、俺の足下にある。だが、地図に表示されない。

試しにGoogleマップでも、公共交通のサイトでも検索してみたが、まったく出てこない。乗るべきバスも消えていた。




職場でそのことを同僚に話したが、誰も信じてくれない。

「バス停?そんなの知らないよ。高瀬町二丁目なんて聞いたこともない」


図書館の地図資料や役所の交通課にも問い合わせたが、記録には何も残っていない。

どうして俺だけが、この場所を覚えているのか。


その日の帰り、俺は確かめるためにそのバス停へ向かった。

夏の日差しが傾きかけた街角、ベンチに座り、静かに待つ。風が心地よく吹く。

しかし、バスはやってこない。代わりに、目の前の空間がゆらりと揺れ、まるで世界が少しずつ解けていくような感覚があった。


その瞬間、誰かが背後で声をかけた。


「……やっと来たのね」


振り向くと、見知らぬ老婆が立っていた。

灰色の髪、落ち着いた目元。どこか懐かしい気配がある。


「あなた、この場所を覚えているのね」




老婆は静かに話し始めた。


「このバス停は、選ばれた人だけが見つけられる場所なの。私たちの世界とあなたの世界をつなぐ小さな通路……。でも、もう長くは開いていられない」


「選ばれた人?」


「そう。ここに来る人々の記憶は、少しずつ消えていくの。あなた以外は誰も覚えていない。だから、あなたは気づいたのね」


俺は混乱した。毎日通っていた日常のバス停が、消えることもあるのか。いや、そもそも、消えたのは地図だけなのか。


「どうして俺だけ覚えているんですか?」


老婆は微笑んだ。

「あなたは、この世界の“境界”に目を持っている。だから、変化を察知できるのよ」


目の前の風景が、また揺れる。

街灯の光が柔らかく揺れ、ひまわりの花が微かに瞬いた。

「行きなさい」と老婆は言った。「そして、ここで見たものを忘れないで」




次の日、地図にはやはり何も表示されていなかった。

通勤バスも変わらず運行しているはずだが、俺はもうそちらには乗らなかった。

バス停の前に立つと、空気が違う。微かに甘い匂いがする。まるで、過去と未来の間に立っているようだ。


誰もこの場所を覚えていない。

けれど、俺だけは確かに知っている。


毎朝ここに立つたび、世界の片隅で消えゆく場所を目撃する。

そして俺は、静かに微笑むしかなかった。




ある日、スマホの地図が更新された。

「高瀬町二丁目」は、再び表示されていた。

しかし、アプリを開いても、ストリートビューには何も映っていない。

人々の記憶も戻ってはいなかった。


俺だけが、今日もあのバス停に立つ。

見えないもの、消えたものを覚えている――それが、俺の役目なのだと、そっと思う。

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サイバーエンド小説 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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