8話『勇者と地雷系女子①』
きっとこの街の公務員である地雷系女子を追いかけ始めた私たち勇者パーティー。ピンクの彼女を見失わないように駆け出しましたが、往来を行くNPCの多いこと多いこと。
どこから湧いて出てきたのか、彼らは縦横無尽にあっちへこっちへ歩き回るので、小走りで避けて進むのがやっとです。
中心街の大通りに負けずとも劣らない人口密度。いえ、夜にしては人が多すぎるほどで、先ほどまでとは大違いの賑やかさ。
ですが地雷系女子は慣れているのか何なのか、NPCの隙間をするすると抜けていき、あっという間に離れていきます。
そんな環境下で追い掛けるのは余りにも不利、ですがこちらは女神と勇者。そんじょそこらの一般市民と比較されては困ります。スピードの遅さはあり余る体力でカバーです。
なんて思っていましたが、走り出して十数秒後、勇者はすでに息切れをしていました。
「ちょいちょい!勇者様早すぎない!?」
「ぜえぜえ...ちょま...女神さん……ちょっと……足……いた……」
「運動不足にもほどがあるでしょ!チラシ配りのときの気合はどこいった!?」
「いや、なんか、わかんないけど...急に体力減った感じが...ゼェゼェ」
その間も地雷系女子はまるで風の隙間を縫うみたいに、NPCたちの間をすいすい抜けていきます。
だいぶ遠くなってしまった彼女を追うのに、クソ雑魚勇者様じゃ足手まとい。
ですが、私のような優秀な女神は頭脳だけでなく、体力だって常人以上。オマケに俊足のなんちゃらなんて二つ名がつくくらい足には自信があるんです。
「じゃあ後から付いてきてください!私が追いかけますから!」
私はそういってギアを上げました──、が8秒後。
「も”、も”うむり...」
「女神さんもバテるのはやくない!?」
「こ、こんなはずでは...ぅっぷ...」
おかしい。おかしいです。
私がこんな数メートル走ってすぐに疲れるなんてありえません。
胃から上がってきた何かをどうにか飲み込んで、呼吸を整えます。
「勇者様...これはもしかして、いや確実にデバフをかけられてます。体力低下とかそんなん...」
「確かにそれなら納得いくっすね...。女神さん、デバフ解除みたいなのできないんスか」
「うーん...私に敵意を向けた奴をぶっ殺す魔法ならありますが...」
「物騒すぎるっての!だったらバフかけてバフ!足早くなるやつ!あるッスよねそういうのなら!?」
「言われなくともやりますよ!」
言葉と同時に私は走り出しました。そして呪文を唱えます。
「行きますよ勇者様!──、失楽の子よ、黒き使命を持つ骸を起こして、我の糧となり蹠(あなうら)を這え!」
「本当に速くなるやつかそれ!?」
足元から黒い煙が立ちこめ、赤い光がゆらめく。
勇者様が何かを叫びましたが、呪文の発動音にかき消されました。
足元から黒い煙が立ち込めて、赤い光りが揺らめきます。
「おぉ!確かに走りやすい!女神さんスゲェ!」
「でしょ!」
「スッゲー軽い!...でも速くなった感はあんまり、ん?」
勇者様と私の足にまとわりつく暗雲が晴れると、そこにはぴったりサイズのランニングシューズが姿を現しました。もちろん走るのに最適化された高品質の新品です!
「靴じゃねえか!!」
「速くなるでしょ? 」
「なるけどなんねーよ!結局走ってるの俺じゃん!俺のパワーじゃん!?ただの靴召喚魔法じゃん!?」
「失敬な!靴召喚じゃありませんよ!今の自分に必要なものを近隣から無理やり強奪して所有権を自分に移す魔法ですよ!」
「余計悪質なんだよ!!」
文句を言いつつも駆ける勇者様をNPCは容赦なく妨害してきます。
足が速くなっても、これでは埒があきません。
次なる一手としては、地雷系女子に直接手を下す...。いえ、それでは彼女もただですみません。生きてとらえなければ意味がありませんからねっっっっっ!?
突如、私の視界が真っ黒に染まりました。
同時に美しい顔面への衝撃。
私は後ろに勢いよく倒れ込み、後頭部を強打しました。
「───!?!?いっっっったあああああ!!?」
まさか直接的攻撃!?
向こうがその気ならこちらだって、と攻撃を構えて目を開けると、そこには──。
丸太を持ったNPCがすまし顔で立っていました。
「どんなとこで丸太運んでんだハゲぇぇぇ!」
ブチギレる私を勇者は横目で見て、「大丈夫そうッスね」と、特に気にする様子もなく走り始めます。
「もう少し心配くらいしろやテメェ!!」
「そんだけ話せるなら大丈夫大丈夫〜」
勇者様は余裕綽々駆け出しますが、言い終わる間もなく、NPCが持っていた丸太に顔面を叩きつけました。
「ぶほッ!?」
私と同じように後頭部から綺麗に倒れる勇者様。
それはもう、足先で綺麗に空中で弧を描いて。
「はぁっはっは!ざまぁみろですよ!」
悶絶する彼を横目に、私は「お先〜」と笑いながら走り出しました。
しかし直後──、
「んぬわぁぁぁああ!!?」
なぜか開いていた大穴に滑り落ちたのです。
しかも底には泥水が薄く溜まっていて、私は全身泥まみれ。
「ざまあみろって言う奴がざまあみろなんスよ女神さ〜ん」
こちらを見下ろす勇者様のニヤニヤ笑いに、上から目線も相まってすこぶるムカつきました。
私はムカつくムカつくと呟きながら、まるでアリジゴクに落ちたアリのごとき速度でもがいて穴から抜け出します。
ニヤケ顔の彼は私に対して舌を出しながら挑発、ですが丁度、頭上から降ってきた植木鉢が頭を直撃し再度昏倒したのでした。
やはり、人を呪わば穴二つといったやつで、天は私をきちんと見てくれているようです。
「割れるぅぅうう!?」
「はっはっは!見下すからですよ〜ザマァ──」
穴から這い出た私が腹を抱えて笑いはじめた次の瞬間、どういうわけか後ろからの強い衝撃に体が弾き飛ばされました。宙を回転しながら目線を移したその先には、なぜか暴走し再度こちらに突進ようとする牛が一頭。
「うっそでしょおおおお!!?」
そのまま突進してきた牛の角に私の服が引っかかりビリッと破れてしまいました。
幸い破れたのはオヘソの周りで、変な箇所が露出することはありませんでした。ですが私は結局勢いのまま、再びの空中浮遊をしたのでした。
盛大に地面とキスした私は、牛のヘッドバッドにちょっと吐きかけましたが、なんとかセーフ。いやちょっと出たかも。
回る視界を我慢して、なんとか立ち上がりました。
そんな私を指差して笑っていたクソ勇者ですが、彼なぜか路上でプロレスをしていたNPCにラリアットを食らって、勢いよくこちらへすっ飛んできたのでした。
このままでは、勇者様が私にぶつかるのは必然。
いや今私たちに起きている、謎の不運続きが炸裂したら、もっとまずいことになるかもしれないです。
私の服が破れたことを鑑みてもアンラッキーでラッキーな何かが起こってしまっては女神の名折れ。
一旦、一旦勇者様を受け止めてから私も体勢を立て直す。そう気合を入れました。
直後、勇者の背中が思い切り私の顔面にめり込みました。なんとか耐えようと踏ん張りましたが、体格差には勝てるはずもなく押し出された私の背中は半円を描き、躊躇なく勇者にドラゴンスープレックスを叩き込んだのでした。
「ェ”ん!?」
と、勇者様は変な音を立てて倒れ込み、かく言う私も、ブリッジの衝撃で、腰が砕ける音を聞いたのでした。
「なんですかこれ...不運すぎますよ...。何なんですかあのデバフ魔法...」
「最後のはお前のせいだろクソ女神!」
痛む全身を抑えながら立ち上がった私たちを尻目に、地雷系女子は遥か前方、すでに小さく見える距離。
普段だったら諦めの言葉も出たでしょう。ですが今大切なのは仕事を、契約を全うし、あの魔王の束縛から逃れることです。
一縷の望み、私たちの蜘蛛の糸である、あの地雷系女子を逃すわけにはいかないのです。
そのためにも、ごった返すNPCを避けて、なんとかたどり着くための手段を考えなければならないです。
...ですがそんな妙案は思い浮かびませんでした。
速度バフをかけようと、たとえ女神の加護があろうと、こちらが勇者パーティーだろうと、地雷系女子のデバフは問答無用で襲いかかってくるのですから。
「......NPC全員、今すぐ死なねえかな」
「お前本当に女神か?」
「……マジうっとおしい...。避けろや全員...クソが...死ね...」
「避ける訳ないじゃないっスか。アイツら基本NPCっすよ......。よっぽど何かなけりゃあ避けるも何も...あ、」
私が静かにマジギレしている間に、勇者様はまるで天啓を得たように、その死んだ魚のような半目を開きました。
「そっか。NPCなんすよ女神さん。コイツラ全員NPC。だったらアレでいいじゃないッスか!」
「アレ、ですか...?」
私は何がアレなのか分からずに、目をパチクリとさせました。
この度、女神も悪に落ちまして のりこ @magurogyosennoriko
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